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第25話


「しゅうちゃんって、あの子に気があるんだろうねー」

「だべなー」


 ばっちりメイクも決まった美雪が番台に近づいてきた。

 このあと早めの晩ご飯を食べたら、出勤である。


 さすがに私は行ったことがないけど、彼女を目当てにくるお客さんも多いとか。

 いわゆるナンバーワンホステスってやつだ。


 美人だしスタイルも良いし、気遣いもできるし気風も良いんだから、そりゃモテるよねえ。

 天は二物も三物を与えちゃった。


「あのちびすけが色気づくようになったかー、うちらが年を取るわけだよ」

「……私の記憶がたしかなら、あんたと愁也は三つくらいしか違わんと思うがのう」

「おまえもなー」


 そりゃそうだ。

 私と美雪は同級生だもの。


 でもまあ、中学高校の三歳差ってのはものすごーく大きいけど、社会人になっちゃうとそーでもない。

 夫婦になるとき、むしろそのくらいの年齢差って普通だ。


 男女どっちが年上でもね。

 だからって、愁也と美雪が結ばれるなんて未来を、私は想定していなかった。

 もちろん美雪もそうだろう。


 親友の弟なんて、そうそう滅多に恋愛対象になんぞならないから。

 小学生の頃から知ってるんだから、なおのことだ。


「麻姑ってのは美人で有名な仙女らしいし、見る目あんじゃん」

「面食いなだけじゃね? 美雪といい麻姑といい、美人にふらふらっといくんだから」


 携帯端末で麻姑の情報を調べた美雪と笑い合う。


「仙と結ばれても不幸になるだけにゃ。さくは反対だにゃ」


 ふんすと鼻息を荒げるのはさくら姐さんだ。

 弟分が取られて悔しいのかしら。


「ゆりはドライすぎるにゃ」

「姉弟なんてそんなもんだって」


 妹萌えとかお兄ちゃん大好きとか、現実はほとんどないのである。

 もちろん憎しみ合ってるわけじゃないけどね。


「けど、仙と人間が恋愛関係になると、だいたい不幸になるってのは事実にゃよ」


 そもそも、降る刻の長さが違う。

 麻姑の場合は降臨ではなく人間に転生しているから寿命は人間と同じだけど、多くの仙術を使いこなす上級の仙女だって事実は変わらない。

 さくらなどよりずっと偉いのだ。


 今後も仙やあやかし、あるいは神さまとだって関係が出てくる。

 ただの人間の愁也がそんなのに耐えられるかって話だ。


「そこは大丈夫なんじゃね? 私も平気なんだし」


 ただの人間が水妖のミントゥチや幻想種族のドワーフと、一緒に働いてますよー。

 仙狸と同じベッドで寝てますよー。


「ゆりはただの人間じゃないにゃ。かなり図太い人間にゃ」

「うむうむ」


 さくらと美雪が頷き合う。

 そいつぁどういう意味か、ちょいと責任のある解答をもらおうじゃないか。


「さて。うちはそろそろいくかね」


 しゅたっと右手をあげて、美雪が逃げてゆく。


「いってらー。今日はこっちに帰ってくる?」

「うん。そのつもり」


 不倫カップルの会話みたいだけど、私も美雪も法的には独身だ。

 あと、女同士なので恋愛関係にはない。

 週のうち二、三日くらい美雪は自宅に帰らず、うちに泊まりにくるのである。


 で、残り湯に入る。

 冬になったら残り湯なんて完全に冷めちゃってるだろうから、この季節だけの楽しみだ。

 さすがに夜中の十二時すぎに帰ってくる人のために、お湯は沸かしておかないからね。


「たまには一緒に入ろうぜー、由梨花ちゃんー」


 与太を飛ばし、手をひらひら振りながら出て行く美雪。

 時刻は、そろそろ午後三時になる。

 開店だ。






「うん! まさに仙湯だった!」


 あがってきた麻姑が腰に手を当てて瓶の牛乳を飲む。


 ノスタルジィでしょ?

 リクエストがあったんで、大沼にある山川(やまかわ)牧場の牛乳を仕入れることにしたんだ。

 蓋に乳脂肪分がべとってついちゃってるくらい濃厚なやつ。


 こんなん観光客しか飲まないだろうって思ってたけど、けっこう売れるんでびっくりした。

 本気で濃いから、胃腸の弱い人は要注意ね。

 おなかがごろごろいっちゃうよ。


 ぷはーっと飲み干して、麻姑が牛乳瓶を返却棚に戻す。

 家に持って帰りたい場合は、瓶代を払ってもらうって方式だ。店で飲み干すときには中身の値段だけ。


「そりゃあうちは銭湯だから」

「ちゃうちゃう。由梨花サン。字が違うでしょ。そしたら当然、意味も違うでしょ」


 なんだかよくわからない言い回しをしながら、番台の上を指でなぞる。

 なるほど、仙人の湯って意味か。


「あふれる霊力が、もう霊泉って感じだった!」


 もう少し静かに。

 他にもお客さんがいるからね。

 霊力とかいってると、おかしいな人だと思われるよ?


「麻姑が認識阻害を使ってるから、注目する人はいないけどにゃ」

「その通り!」


 誰も麻姑のことを気にしなくなる、という仙術らしい。

 路傍の石のように。


「便利っぽいけど、なんか悲しい術ねえ」

「商売の役には立たないね!」


 まったくだ。

 基本的に、どんな商売だって自分を知ってもらわなくては始まらない。

 だからお金をかけて宣伝するのだ。

 目立ってなんぼってやつで、仕事とは関係ないCMを流す会社だって少なくない。


「でも仙女の麻姑ちゃんが認めてくれるなら、『ねこの湯』も捨てたもんじゃないわね」


 私は笑う。

 なにしろ、まったく知らなかったから。

 八仙に数えられるような仙女に認められるとは、どういうことかなんて。






 翌日のことである。

 開店前から、『猫の湯』の前に行列ができていた。

 五十人くらいの。


 それだけなら良い。

 いや、あんまり良くはないけど、嬉しい悲鳴ってやつだ。


「半分くらいはあやかしにゃね」


 私の肩に乗ったさくらも呆れている。

 びっくりである。


 もちろん私には普通の人間と、人間に化けているあやかしの区別なんか付かない。

 あまりの人の多さに驚いたイナンクルワが表に出て発覚した。

 下八仙がひとり、麻姑が仙湯と認めたお湯って評判が、あっという間にあやかしたちに広がったんだってさ。


「どうするにゃ? ゆり。追い返すにゃ?」


 さらっとさくらが怖いことを言う。

 たぶん、姐さんって慕われてる彼女ならできるんだろう。

 けど、それは悪手だ。


 さくら自身が半分と言ったように、ただの人間も混じっているのである。

 そういう人たちは、追い返された人がどうして追い返されたのかなんて判らない。

 よくわからない差別をしたようにしか見えないだろう。


 間違いなく悪評になってしまう。

 それは大いにまずい。


「入れるしかないよ。もちろん料金はもらうけど」

「しかたないにゃね。さくはここで、連中が悪さをしないか見張るにゃ」


 看板猫あらため、監視猫である。

 彼女がにらみを効かせていれば、あやかしたちも悪さはできない、といいなぁ。


 ちらっと時間を確認し、番台を出た私は入り口を開けて暖簾を吊す。

 近所のご老体や、これから出勤のホステスさん、そういった常連に混じって、あんまり見たことのないおばちゃんとか、あるいは高校生くらいにしか見えない屈強な若者ととかも入店する。

 見たことのない連中が、たぶんあやかしなんだろう。


「ようこそ『ねこの湯』へ! 入浴料は、お一人四百五十円です!」


 腹に力入れて大きな声で告げる。

 びびってられないからね。


 ぞろぞろと入ってくるお客さんたち。

 ささっと番台に戻ってお金を受け取る。


 ご老体たちがちょっともたついちゃうのもいつもの光景だ。

 けど、これなんとかできるかも。


 閃いちゃった。

 毎度毎度、小銭をだそうとするから大変なんだ。

 回数券てきなものを用意すれば、小銭いらずになるかも。


 銭湯協会に確認してみよう。そういうのを店単位で発行して良いのかって。

 とにかく先達に伺いを立てるってのが大事だからね。


 私がアイデアをまとめているのを横目に、番台からさくらがお客さんを見つめている。

 じーっと。

 愛くるしい顔、にしか人間には見えないけど、お客さんのなかには顔を引きつらせてる人もいる。


 あやかしたちにとっては、けっこう怖いのかもね。

 こんなに可愛いのに。


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