第23話
私を取材したのか、『ねこの湯』を取材したのか、それともさくらの写真を撮りにきただけなのか。
たぶん三つめだとおもう笹岡さんとの面会の後、二週間ほどして『函館ダッシュ』に『ねこの湯』の記事が掲載された。
浴室などの写真もあったが、看板猫のさくらはとくに大きく紹介されてる。
「にふふふ。やっぱりさくは美しいにゃ」
とは、自分の写真を見て悦に入ってるさくら様の台詞である。
事実だけど、かなりの線で同意見だけど、仙ってもうすこし俗っぽくない方が良いんじゃないかなーと思うんだよ。
あ、ちなみに私も写ってたよ。
ちっちゃくね。
べつに目立ちたいわけじゃないんでこの扱いで良いんだけど、これだとさくらが女将みたいだ。
「いっそその方が良いかも。たま駅長みたいに」
「そしたら、ゆりはなんになるにゃ?」
「若女将?」
「理不尽にゃ。さくが若女将になるにゃ。ゆりは大女将にゃ」
それだと私がおばあちゃんみたいだ。
けっして大女将とは年齢を表す単語ではないのだが、非常に引っかかる。
言葉の持つイメージって怖ろしいなあ。
「いいまで通り女将でおなしゃす……」
「奇をてらう必要はないにゃ」
ぽむぽむと私の肩を叩くさくらだった。
じっさい、これ以上の話題作りは必要ないしね。いまのところって前提だけど。
もともと好調な客足も、タウン誌掲載でさらに伸びるだろう。
そのうちどの程度を常連として囲い込めるか、という勝負になるのだ。
非常に言葉は悪いが、さくらが目当ての子供連れとかは、正直にいって上客とか上得意にはなりえない。
いつも来てくれるってわけにはいかないからね。
子供が一緒だと、お父さんもお母さんも、なかなかのんびりくつろげない。騒ぎ出さないかって気が気じゃないだろうし。
もちろんリラックスモードの『ねこの湯』のお客さんは子供が騒いだくらいで目くじらは立てないけど、ようするに親の方が気にするのさ。
迷惑がられているんじゃないか、とか、ガキ連れてくんなよって思われてるんじゃないか、ってね。
だから、あんまり定期的に通ってはくれない。
すなわち、メインターゲットとなる客層ではないということだ。
前にも言ったけど、全員に受けようって考えると、全員の満足度が下がっちゃうんだ。
『ねこの湯』が主たるお客さんとして考えるのは、OLやホステス、女子高校生などの比較的若い女性層である。
もちろん男性も大事な客層だけど、比率としてはやっぱり女性に傾く。
こればっかりは、経営者の私が女性だっていう限界だろうね。
「男を見る目はないしにゃ。ゆりは」
「ひっど!」
「眼鏡をかけてるってだけで三十点くらい加算する女の、どこらへんに見る目があるのか知りたいくらいだにゃ」
「さくらがいじめるよう」
じゃれ合っていると、携帯端末が震えた。
画面表示は弟である。
こんな時間にめずらしい。あいつは大学か、あるいは就職活動の真っ最中のはずだ。
「どうしたの? 愁也」
放置するのも可哀想なので、ちゃんと出てあげる。
私は優しい姉なのだ。
「姉貴。これからいって良い? もう風呂は入れる?」
薮から棒な質問である。
時刻は午後二時すぎ。
我が『ねこの湯』は準備万端ととのっている。というより、すでに美雪が入浴中だ。
彼女だけは特別枠で、この時間にお風呂に入ってメイクサービスを受けてから出勤するのである。
専属モデルだから!
メイクした姿をSNSに毎日アップしていて、店の宣伝と『ねこの湯』の宣伝、両方に役立ってる。
「入れるけど、どうしたのよ?」
家族とはいえ、愁也に特別枠の適用なんかない。
むしろ営業終了後の残り湯にでも入りなさいって感じだ。
「入りたいって人がいてさ……」
ごにょごにょ言ってる。
ははーん。
さては女だな?
タウン誌を見せて、これ姉貴がやってる銭湯なんだぜ、とか自慢したんじゃないかな。
そしたら、「入りたーい。きゃぴるん」なんて言われたみたいな。
女子大生に。
で、鼻の下を伸ばしているわけだ。我が弟は。
「浴室にまだ湯気がまわってないから寒いわよ」
「たすかる!」
「あと、料金は普通にもらうわよ」
「もちろんもちろん」
電話の声がにこにこしてるよ。
なんか腹立つなー。
すぐに向かうらしい。
まあ十分か十五分くらいだろう。
弟の通う『はこだて未来大学』は、歩くとちょっと遠いんだけど、やつは車もってるし。
これ、べつに立花家がお金持ちなんじゃなくて、田舎あるあるだったりするんだ。
一家に一台の自家用車ではなく、一人一台必要というね。
立花家だって、父の車、弟の車、私の車と三台もある。もっとも私は『ねこの湯』に付属している祖父の家に住んでいるため、厳密にいえば二台だが。
で、この車社会が、田舎の貧困に拍車をかけている。
自家用車を二台も三台も持てるほど、田舎の人は給料をもらっているのかという話だ。
もちろんそんなわけはない。
東京なんかに比べたら、むしろ給料は安いだろう。
なのに高価なものを買わなくてはいけないのだから、他を切り詰めるしかないわけだ。
でもってな何を切り詰めるかといえば、まずは遊興費。ようするに外で遊ぶお金である。
外食だったり、遊園地だったり、あるいは飲酒だっり。
田舎で飲食店が儲からない、といわれるゆえんだ。
都会に比較して、もともと母数が小さいのに、外で遊ぶのを控えちゃうんだから。
しかも、外遊びという選択をした場合には、足があるわけだから遠出してしまう。
そりゃあ地元にお金が落ちるわけがない。
「経済はサイクルになっているにゃ。上手く回せばみんなが儲かるのに、田舎は逆回ししてるから、みんなが貧乏になっちゃうにゃ」
皮肉な口調で皮肉なことを言って、ぴょんと番台からさくらが飛び降りる。
そしてそのまま玄関へと向かった。
「あれどっかいくの?」
「散歩にゃ」
「これから愁也くるのに?」
「だからにゃ。しゅうの彼女なんて、みたくもないにゃ」
ふんって顔で出て行っちゃった。
嫉妬?
息子を取られた母親的な?
わからん。
もともとさくらって、愁也を弟扱いしていたからね。
愛情もひとしお、なのかなあ。
実の姉の私にはさっぱりわからんけど。
弟の恋愛事情になんて、ぜんっぜん興味ないし。
同級生と付き合おうが後輩と恋人になろうが、わりと知ったこっちゃない。あからさまな犯罪行為とかに走ったら、さすがに怒るけど。
そんなことをつらつら考えていると、からからと玄関が開いて愁也がやってきた。
まだ暖簾は出してないよ。
営業前だからね。
「すまん。姉貴。どーしてもこいつが『ねこの湯』にいきたいってごねるもんで」
言葉とともに弟の背後からぴょこんと顔を出したのは、十九、二十歳くらいの美女だった。
ああくそ。若さがまぶしい。
私だって五年くらい前はそっち側だったんじゃがのう。
そしてその美女が、なにやらポーズを決める。
腰に手を当て、胸を反らし。
「ここがあの女のハウスね!」
なんだそりゃ。
なんのネタだよ。
「元ネタは、宮崎吐夢が歌った楽曲よ!」
「……その説明を求められてると思ったんだ……」
「ちなみに、彼は役者で作家よ! ペリーの人でも通じるわ!」
「……その補足も必要だと思ったんだ……」
ものすごくエキセントリックな娘さんである。
愁也の彼女なんだろうか。
という視線で弟を見ると、ぶんぶんと力いっぱい首を横に振っている。
そうか。
そこまでの蛮勇はなかったか。我が弟よ。
「あたし、島崎麻子! よろしくね!」
「愁也の姉の由梨花だよ」
すげーハイテンションで名乗られたので、名乗り返しておく。
恋人ではないとしても、友達とか後輩なんだろうしね。
「ここは仙湯だってきいて、入りにきたの!」
「たしかに銭湯だけど……」
んー?
いまなんか微妙にかみ合わなかったような。
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