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第20話


 改装に必要な期間は三日間。

 これ以上は短くならないらしい。


 一番詳しい祭が言うのだから間違いないし、無理に工期を短縮して手抜き工事なんかされちゃったら笑い話にすらならないので、ちゃんと時間はかけることにした。


 月、火、水、と三日休業して工事、木曜から通常営業って感じだ。

 水曜日は元々の定休日なので、都合二日間のお休みである。


 開店から一ヶ月も経ってないのに臨時休業ってのは痛いけど、時間が経てば経つほど長期間の休みは取りづらくなってゆく。


「それにまあ、ギャンプルに出るなら余力のあるうちにっていうしね」


 ぎりぎりまで追い詰められてから一発逆転の博打をしても、負けたら後がなくなるだけ。

 追い詰められてるときって、勝算の低い無謀なことをしがちだし。

 だから、客入りが好調ないまこそ勝負に出る。


「女将の、そういう熟練のギャンプラーっぽい判断、嫌いじゃないぜ」


 そう笑った祭が紹介してくれたのは、森町の山奥に隠れ住んでいるドワーフの職人たちだ。

 見事な髭をたくわえた、いかにもドワーフって風の男たちが六人。


 祭を入れて七人の小人である。

 わざわざシンデレラに数を合わせなくて良いのに。狙ってんのか?


「釜の強化はミスリルを使うぜ。熱耐性っていったら、結局こいつに勝る金属はねーからな」


 がっはっはって祭が笑うけど、そりゃそうでしょうよ。

 どこの銭湯が、ファンタジー作品に登場する架空の金属を使って風呂釜を作るんだよ。

 もう少し常識ってやつを大事にして。


「ミスリルって実在するんだ……」

「そりゃあるにゃよ。そもそも、ないものが伝説になったりしないにゃ」


 とは、さくらが教えてくれた雑学である。

 伝説でも伝承でも、すべてはベースがあるんだそうだ。


 まったくなんにもないところから、突然なにかが生まれたりしないんだってさ。

 ミスリル銀もまた同じで、ちゃんと存在しているからこそ伝説が生まれたのである。


「じゃあオリハルコンとかも?」

「あるにゃよ」

「かなり希少だけどな」


 肩をすくめるのは祭だ。

 いやあ、ミスりル銀だってすげー貴重品なんじゃないの?

 それちゃんと予算内に収まるの?


 職人気質の人ってさ、凝りはじめたら予算とか納期とか無視してどこまででも品質を上げていっちゃような気がするんだけど、私の気のせい?


「大丈夫だって女将。ミスリルはロハだから」

「そんな馬鹿な」


 現代の科学で作り出すことのできないような金属がロハ、つまり無料なんてことがあるわけないじゃないか。


「そこさ。まさか仕様書にミスリルだなんて書けないだろ? 扱いとしてはただの鉄だよ」


 ふふんと笑う祭。

 それって、ドワーフたちが一方的に損をかぶるってことじゃないの?

 微妙な顔和する私のお尻を、また祭がばしんと叩いた。

 太鼓じゃないんだから、そんな気軽に叩くんじゃねー。


「気い回すなよ、女将。どっちみちドワーフ連中で秘蔵してたって意味がないんだ。いまのご時世、武器の発注もないしな」


 イージス護衛艦の装甲なんてハイテン鋼だぜ、なんていって笑ってる。


 そのハイテン鋼ってのが何かは判らないけど、何年か前にあったイージス艦とコンテナ船の衝突事故で、イージス艦の方がぺしゃんこになっていたのはニュースで見た。


 いまは、ものすごい強い金属でガッチガチ防御をかためるって時代じゃないんだそうだ。

 そもそも、日本じゃ武器なんて持てないしね。


「ミスリルなんて宝の持ち腐れも良いとこさ」


 まさかミスリル銀で包丁やフライパンを作って売るってわけにもいかないし。


「せっかくだから、俺に剣を打ってくれよ。余った材料で」


 歳さんが口を挟む。


「いいけど銃刀法違反で捕まるよ? 歳の字」

「隠しておくから大丈夫」

「だーかーらー、隠すために武器作っても仕方がないって言ってんだよ。あたいは」


 ぷんすかと怒る祭を、他のドワーフたちがなだめている。

 道具は使ってなんぼってのが彼らの信条らしい。飾っておくだけなら模造刀で良いだろうってことなのかもしれない。


「判った。辻斬りする」

「ダメぢゃねーか」


 思わず歳さんにつっこんじゃう私だった。

 手段と目的が逆になっちゃってるよ。






 何がすごいって、工事初日にもう釜が完成してしまったことだろう。

 七人のドワーフたちは、図面すら見ないし寸法も測らない。

 それなのに、切り出したすべての部品がぴったりと合うのだ。


 手順を確認することも、声を掛け合うこともないのに、完璧なまでの連係プレーで釜を作り上げてゆく。

 まるで、荘厳な宗教儀式でも見ているような感じだったよ。


「明日はサウナ室と水風呂だね。よろしく頼むよ」

『へーい』


 作業を終えたドワーフ職人たちが、宿泊先であるビジネスホテルへと帰っていった。

 手にはイナンクルワの作った夕食を持って。


 休憩のときのおやつとか、お昼ご飯とか、彼女が腕を振るってくれているのだ。

 もちろん私も手伝ってる。


 作業の方は、あきらかに手を出すと邪魔になるだけなので、もっぱらイナンクルワを。


「これは見事なもんだな」


 完成した釜を前に、歳さんがうむうむ頷いている。

 ていうか毎日きてるな。この人。

 暇なのか?


「明後日まではお風呂はお休みですよ? 歳さん」

「知ってるよ。俺のこと暇人だと思ってるだろ? 由梨花ちゃん」


「あ、バレました?」

「なんてひどい態度だ。俺スポンサーなのに。みんなで飯でもと思ってね。誘いにきたのさ」


 笑いながら私の頭を小突く。

 あきらかに子供扱いだ。


 九歳って年齢差は、たしかにそういうもんかもだけど、もうちょっと良いから、一人前のレディとして扱って欲しい。

 二十五歳は立派な大人だぞ。ぷんぷん。


「行く!」

「うわぁ!?」


 突如として美雪が割り込んできた。

 どっから生えた。あんた。


「や。美雪ちゃん。久しぶり」

「そーよ。歳さん。ぜんぜん店に来てくれないんだから」

「悪い悪い」

「埋め合わせプリーズ」


 そしてホステスと客っぽい会話に移行する二人。

 なんか大人だ。腹立つ。


「OKOK。美雪ちゃんも行くだろ。知内(しりうち)

「カキだな! 歳さん!」

「正解!」


 ずばっと言い当てる。

 知内町の名産といえば、カキとニラ。

 北海道新幹線の開業に合わせてオープンしたかき小屋がある。


 その名も『知内番屋』。町の産業振興課でやってるお店だ。

 でも、これから行って間に合うかな?

 たしか平日は夕方くらいで閉まっちゃうような気がする。


「コネがあってね。今日くるなら開けてやるって」

「連れて行く気まんまんにゃね。断られたらどうする気だったにゃ」


 ぴょんって、さくらが私の肩に飛び乗った。

 そういうあなたも、ついていく気まんまんですね。


「や。これは姐さん。猫はカキがダメなのでは?」


 首をかしげる歳さん。


「それはアワビにゃ。耳が取れるっていわれてるにゃ。けど、そもそもさくは仙狸にゃ。食べられない食べ物なんかないにゃ」


 ふんすとさくらが胸を反らす。

 むしろあなたは、食べないなら食べなくても平気ですよね。

 そのへんに漂ってる霊力とか吸収してエネルギーにできちゃうじゃないですか。


「それはそれにゃよ。ゆり。食べるのは楽しみにゃ」


 さらっと表情を読むさくらであった。

 さすが神仙。


「祭ちゃんもさっちゃんも乗ってくれ」


 ボイラー室から出た歳さんが愛車を指さす。

 でっけーSUV車だ。

 八人くらい乗れるやつ。

 うっひょー、金持ちー。


「とーしさん」


 語尾にハートマークを飛ばしながら、美雪が彼に腕に絡みついた。

 こ、こいつ、狙ってやがる。

 かなり本気で。

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