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第2話


 さくらは保護猫だった。


 鹿部(しかべ)町にお住まいのご夫妻が、軒下で鳴いているのを保護したらしい。

 で、自分たちは年齢的に育てられないから、と、里親を募集していたのだ。


 募集方法は、スーパーなどの交流掲示板にチラシを貼るというものだった。たまたま母がそれを見かけ、うちで引き取ることになったのである。

 母は写真で一目惚れしたと語ったが、それは家族も同じだった。

 父も弟も、もちろん私も、さくらの可愛らしさにめろめろにされていった。


 ただ、最初からさくらは私たちに懐いたわけではない。

 もともとが野良で警戒心も強く、人間にいじめられた経験でもあるのか、なかなか心を開いてくれなかった。

 近づくとシャーって威嚇して、かみつくわひっかくわ。


 父など、二度も病院送りにされた。猫ひっかき病で。

 抗生物質の点滴を打たれながら、元気で大変よろしいって笑ってたけどね。


 ともあれ、一時は家庭内野良猫になっちゃうんじゃないかって心配されたさくらだけど、数ヶ月の時間をかけて私たちの家族になってくれた。

 それから十年。


 ずっと一緒だった。

 けど、別れはやってくる。


 私が高校二年生のときだった。彼女は眠るように息を引き取った。

 推定年齢は十四歳。猫としてはそう短い生ではない。


 が、もっともっと長生きして欲しかった。

 いっそ妖怪とかになっても良いから、ずっとずっと生きていて欲しかった。


「まあ、ゆりがそう望んでくれたから、さくは修行する機会がもらえたのにゃ」


 二本の尻尾をゆーらゆーらと揺らして、さくらが笑う。

 ていうか、笑ってるんだよって判る表情というべきだろう。


「修行……?」

「大変だったにゃよー」


 くいくいと手招きして、私を先導するように歩き出す。


 まあ、いつまでも玄関にへたり込んでいたって仕方がない。

 いろいろ釈然としないけど、私はさくらに案内されるがまま、居間に入った。


 なんでも、生前に功徳(くどく)をたくさん積んだ生き物にはいろいろと特典があるらしい。


 輪廻転生の円環から解脱(げだつ)して、極楽浄土にいけるとか。

 輪の中にはとどまるけど、より上位の存在へと昇格するとか。

 いっそ神さま見習いになって、神格を目指すとか。


「ゲームみたい……」

「さくは、現世に戻る道を選んだにゃ。けど、只猫(ただねこ)に転生しちゃうと、すぐにまた死んじゃうにゃ」


 猫の寿命はせいぜい二十年。

 生まれ変わって私と出会ったとしても、すぐにまた別れがやってくる。


 だから、さくらは上位の存在になることにしたらしい。


 それが仙狸(せんり)

 この場合の(たぬき)ってのは山猫って意味で、仙籍に入った猫のことをいう。

 簡単に人間で例えると、仙人ってことだ。


「や、妖怪じゃん。猫又じゃん。尻尾二本あるし」


 おもわずつっこんじゃう私に、さくらはゆーらゆーらと尻尾を振ってみせた。

 青い瞳は、なんにも知らねーなこいつは、と語っている。


「ゆり。そもそも妖怪の神仙の違いってなんにゃ?」

「えーと……」

「不思議な力を使うにゃ。ものすごく長生きにゃ。このあたりは共通にゃね」

「あ、ほら、妖怪って悪いことするじゃん」

「それは、誰にとっての悪いことにゃん?」


 人間の基準で良いとか悪いってのは、じつは神様たちの世界ではあんまり意味がないらしい。


 たとえば、死にそうな子供を助けたとする。それは善行だ。

 しかしその子は成長して凶悪犯となり、何十人もの人の命を奪った。

 もし子供の頃に頃に助けなければ、無意味に死ぬ人は出なかった。つまり悪行の初手は、善行ということである。


「そんなの判らないじゃん。未来のことなんて」

「判るのが神様にゃ。だから神様からみて、人間の考える善悪ってのには普遍的な価値はないにゃん」

「ぬう……」


 やばい私。

 猫に説教されてる。


「そんなお顔をしないにゃ。ゆり」


 よほどむっさい顔をしていたのか、さくらがぽむぽむと肉球で膝を叩いてくれた。

 気持ちいい。久しぶりだ。


「簡単にいうと、神仙も妖怪も同じにゃ。人間が勝手に分けてるだけにゃよ」


 猫又も仙狸もイコールということらしい。

 ちなみに尻尾の数ってのは、霊格をあらわしているんだそうだ。

 二本しかないさくらは、仙としては最下位なんだって。


「それでも仙になるまで八年もかかったにゃ。ゆり、おまたせしてしまったにゃ」

「さくらっ」


 おもわずぎゅっと抱きしめる。

 この子は!

 私に会うために、仙の修行までして!


「ただいまにゃ。ゆり」

「おかえり!」







 祖父のお通夜は滞りなく終わった。

 まあ、葬儀関係の行事が滞ることなんて普通はない。

 こういうのは手順が決まっていて、葬儀会社に任せておけば問題なく進行してくれる。


 問題があったのは、お寺から家に戻ってきた後である。

 祖父の家業をどうするかで、親戚たちが角を突き合わせることになった。


 銭湯。

 まさに消えてゆく職業のひとつである。


 だから私の父も、その兄弟姉妹も祖父の跡なんか継がなかった。

 サラリーマンになったり公務員になったり、あるいは専業主婦になったり、それぞれの道を歩んでいる。

 いまさら銭湯をどうするかなんて訊かれても、みんな困ってしまうというのは事実だろう。


 まあぶっちゃけ廃業して取り壊すというのが、もっとも現実的なプランではある。

 あるのだが、壊して更地にするのだってお金がかかるのだ。

 それを誰が負担するのかで、もめるもめる。


 自分が育った家だろうにね。

 金は出し渋るくせに口は出したがる。そして口は出すくせに実務負担はしない。

 じつに日本人らしい親戚たちである。


 住居スペースに作られた祭壇の上、お祖父ちゃんの遺骨だって苦笑しているよ。


 あ、どうして骨なのかっていうと、函館とその周辺都市では、お通夜の前に火葬してしまうからだ。

 これ全国的にも珍しいし、北海道の中でも異質らしい。

 ほかの地域から葬儀に参列した人が遺体と対面できず憤慨した、なんて話も聞いたことがある。


 ちなみに、香典の半額返しとかもないよ。

 領収書と礼状、二、三百円程度の香典返しをその場でもらっておしまい。これもこの辺の風習らしい。

 なんでそういうことになったのかっていうと、諸説あってはっきりしたことは判らない。


 ともあれ、家をどうする銭湯をどうするなんて話が簡単に決着することもなく、今夜は解散となった。


 私たち家族は同じ市内なので自宅に戻ることになる。

 札幌や本州からきてる親戚は、このまま祖父の家に泊まるなり、ホテルに泊まるなりするんだろう。


 そして今度こそ、家族はひっくり返ることとなった。

 さくらと対面して。



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