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第18話


「なるほど。それで俺に知恵を貸して欲しい、と」


 いつものように、午後九時過ぎにお風呂に入りにきてくれた歳さんである。


 仕事帰りに『ねこの湯』へ。さっぱりしたした後、コンビニでビールとおつまみを買って自宅マンションに戻り、好きな映画でも見ながら一杯やる。これが彼のライフスタイルになった。

 ありがたいことだ。


 セレクトアメニティを使うことはなくて、自分の車にお風呂道具を積んでるらしい。

 うちに通うようになってから。


 まさに独身貴族ならではの行動だが、これのおかげでふと思い立って温泉なんかに行けるようになった、と笑っていた。

 あ、道南ってけっこう温泉天国なんですよ。


 函館の湯の川温泉が有名だけどね。

 そもそも、北海道の百七十九市町村、温泉のない自治体はひとつもない。

 これはちょっとしたものだと思う。


「ゆりもさくも女だからにゃ。男のとしの意見がほしいにゃ」

「俺でなくても、たしか由梨花ちゃんには弟御がいなかったか?」

「しゅうはだめにゃ。役立たずにゃ」


 番台の上に乗った猫にぺいって切り捨てられる我が弟だった。この場にいないにもかかわらず。

 ぜんぜん可哀想じゃないけど。


 いや、私だって訊いたんだよ。最も身近な男性だしね。

 そしたら、返ってきた答えが、アニメとかマンガとかラノベとかに出てくる女性キャラのポスターを貼ってオタク層を取り込もうってアイデアだった。


 もうね、底の浅さにお姉ちゃんがっかりですよ。

 痛車ならぬ痛風呂ですか。

 もし仮にそれでオタク層を取り込めたとしても、一般客がドン引きだよ。


 しかも、オタクに媚びるような営業方針は、オタク層にだって軽蔑されちゃうって。

 客の選別ってのはそういうこっちゃないのだ。


 えろい感じにしたら男が喜ぶだろうって私のアイデアと、ほっとんど大差ない。


 さすが姉弟である。

 ダメ度が一緒だ。


「ふむ。じゃあ混浴にするとか? 『ねこの湯』は若い女性客が多いし、男が喜ぶんじゃないかな?」


 うん。

 この男もダメだった。


「ブルータスよ……お前もか……」


 私はげっそり呟く。


 そりゃね。混浴なんかにしたら男は喜ぶかもしれないよ?

 けど、せっかくたくさんきてくれてる女性客の九割以上は逃げちゃうから。


 男性客を増やすために女性客を減らしてどーすんのさ。

 弟のアイデアより悪いわ。


「混浴けっこう良いんだけどな。こんど一緒に熊の湯に行かないか? 由梨花ちゃん」


 八雲(やくも)町は熊石(くまいし)地区の山奥にある秘湯である。

 渓流にせり出した崖の上にある露天風呂で、なかなかワイルドな野湯だ。

 もちろん入浴料はかからないし、混浴である。


「行きませんし、行ったとしても水着をきて入りますよ?」


 いくら歳さんがかっこよくても、一緒にお風呂に入る関係ではない。

 水着着用なら、なんとか、ぎりぎりいけるかなってレベルだ。


「風呂で水着!? それだめだよ由梨花ちゃん。判っていなさすぎる」


 むしろあんたがダメだって。

 半眼を向ける私。


「としも、しょせんこの程度の男だったにゃ。鬼の副長が聞いて呆れるにゃ。期待したさくが愚かだったにゃ」


 器用に肩をすくめたさくらが、番台からぴょんと私の膝へ降りる。


「いや! まってくれさくら姐さん! 考える! ちゃんと考えるから!!」


 もう一度俺にチャンスを、とか懇願する歳さんだった。

 良いんだけどさ、他のお客さんが変な目で見てるからね。


 私と話してるようにしか見えないんだから。

 こんな小娘を姐さんと呼びながら頭を下げるとか。


 




『ねこの湯』は毎週水曜日がお休みだ。

 さすがに年中無休にするにはスタッフの数が足りなさすぎるしね。交代で休みを取るっていっても限界があるから。


 本当は従業員には週休二日くらいあげたいんだけど、ぎりぎり人数で回してるから、一人でも抜けると他の人にかかる負担が大きくなりすぎる。

 とくにボイラーは祭がいなかったら回せないし。


「全部の業務がこなせるユーティリティプレイヤーがいたら、交代で休めるのにね」

「そうすると、その人が休めないにゃ」


 私の言葉に小学生状態のさくらが笑う。

 今日は、五稜郭界隈にあるデパートにおでかけだ。

 私の運転の練習も兼ねて。


 あ、中古の軽自動車を買いました。

 いつでも実家の車ってわけにはいかないし、美雪に頼り切るのもまずいからね。


 毎日ちょっとずつ乗って練習した甲斐もあり、平面駐車場くらならすーいって入れられるようになったよ。

 必要に迫られれば、人間どんどん上達するものなのさ。


「アイデア探しに本屋ってのは、昔から変わってないにゃね。ゆり」


 手を繋いで歩きながら、さくらが言った。

 このデパート、専用の駐車場から建物まで少しだけ歩くのだ。


 一番近い駐車場は提携してないため、駐車料金が割引されないという謎の仕様だったりする。

 まあでも、ほんの百メートルくらいなんだけどね。歩くっていっても。


 そして通り道にイタリアンの惣菜屋さんがあるので、買って帰ろうと決意する。


「本のタイトルを眺めてると、なんか閃いたりするのね。あと、舞鶴さんに挨拶もしたいし」

「お世話になってるものにゃ」


 このデパートのコスメコーナーに勤務する彼女が、同僚や部下を連れてきてくれたりとか、宣伝をしてくれたりしているから、OL層のお客さんが増えたのだ。


 で、綺麗なお姉さんたちがたくさんきてくれるので、女子高校生のお客さんも増えた。

 デパートで働く人はおしゃれってイメージだしね。


 今も昔も、女性はおしゃれに敏感なのである。

 こういう良いサイクルを作ってくれたのが舞鶴女史だから、まさに足を向けて寝られない。


 セレクトアメニティに関しては、持ちつ持たれつだけど。

 うちで使ったシャンプーやコンディショナーが気に入って、彼女の店で買い物をするお客さんも増えたんだってさ。


 化粧品なんかの売り上げにも貢献してるっていってた。

 デパートのカウンセリング化粧品って、なかなかに敷居が高くて入りづらい雰囲気だけど、『ねこの湯』で知り合った人とが通ってくれたりするらしい。


 これはこれで良い傾向だ。

 地域の経済に貢献できるのは、いち市民としても嬉しい。


『ねこの湯』とデパート。場所はちょっと離れてるんだけど、函館は車社会なので距離はそんなに問題にならないから。


 なにしろ私たち道民にとっては、五十キロくらいならちょっとそこまでって感覚だ。

 さすがに百キロ離れると、少し遠いと感じるけどね。




「なにかお探しですか?」


 本棚から本棚へと移動しつつ、むーんと悩んでいると書店員が話しかけてきた。

 すらりとした長身の男性で、鼻に引っかけた眼鏡がよく似合っている。

 年の頃なら私と同じか、ちょっと上くらいかしら。


「ちょっとアイデアに詰まってましてね……」


 つい変な返答しちゃったのは、好みのタイプだったからではない。

 お願い信じて。


「アイデア? また面白い企画をするんですね」

「え?」


「失礼しました。『ねこの湯』の女将さんですよね。何度かお邪魔させてもらってます」

「おおお。ありがとうございます」


 なんと、外でお客さん話しかけられちゃった。

 これは少し嬉しい。

 でも、私は彼を憶えてないなぁ。


 つーことは、七時台とか八時台とかのお客さんだな。忙しくていちいち顔とかみてないもん。

 惜しいことをした。


「じつは、男性のお客さんにも楽しんでもらえるような企画がないかと悩んでいまして」

「ほほう。それでは、このあたりが参考になるかもしれませんね」


 そう言って案内してくれたのは、三、四十代の男性をターゲットにした雑誌のコーナーだった。

 すこしオシャレめの。


 なるほど。

 漠然と男性って考えるから判らなかったんだ。

 ターゲットを絞ろう。


 それなりに人生を楽しんでいる、生活に疲れきっていない、まだまだモテるオトコであることを辞めていない男性。

 この層を狙う。


 さんきゅー、良いヒントをもらった。

 ネームプレートをちらっと盗み見ておく。

 その顔と名前、しっかり憶えたぜ。井垣(いがき)さん。


「おっと。いまなんか寒気が」

「風邪ですか? 気をつけてくださいね」


 首の後ろをさする書店員に、私はにっこりと笑いかけた。


  

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