第17話
現状の課題は三つ。
開店から三時間くらいの閑古鳥をどうするか。それから釜の強化。
そして、男女比の不均衡をなんとかしなきゃって部分。
「オールオッケーってのは、なかなかないもんだねえ」
イナンクルワに化粧を施してもらいながら、美雪が言った。
時刻は午後四時。
他に客はいない。
見事なまでの閑古鳥である。
美雪が出勤前に入りにきてくれるが、だいたいいつもこんなもんだ。
開業から一週間が経ち、お客さんの流れもだいぶ判ってきた。
まず、開けた直後にご老体がどやどやっと二十人ばかりくる。気分はご近所の寄り合い感じだ。
この人たちは長湯はしなくて、四時前には閑散としちゃう。
で、美雪が入って、またがらーん。
そんな時間が続いて、六時半すぎくらいから混みはじめる。そしてピークは七時台。仕事帰りのOLさんが多いね。
一日の客数は百九十名前後に落ち着いてきた。
銭湯としては、かなり流行っている方だと思う。
ただ、物珍しさでお客さんがきているだけって側面はあるので、飽きられたらどうなるか。
そうなる前に手を打たないといけない。
「まあまあ。できましたよお。美雪お嬢さん」
「ありがと。さっちん。これが新サービスってわけ?」
美しく仕上げられた顔で、親友が私を見る。
やばい。
惚れちゃいそうなくらい綺麗。元が良いってのもあるけど、それをさっ引いても良い出来だ。
さすが女子力のかたまり、イナンクルワです。
「あらあら。本当はミントゥチにそんな能力はないのですがねえ」
毎日ご飯を作ってもらっている、お掃除も上手くて気配りも最高。最強女子って、私たちみんながイナンクルワのことを思っていたせいで、彼女には新しい属性が生えた。
理想的な女性、という。
あやかしってのは、そういうものらしい。
周囲の認識によって、強化したり弱体化したりするのだ。
「どう? 商売になりそう? 美雪」
「時間帯が悪いよ。うちらみたいな稼業の人間しか利用しないじゃん」
ふーむと美雪が小首をかしげた。
せっかく生えたイナンクルワの能力を使って新しい集客方法を考えてみたのだ。
すなわち、メイクアップサービスである。
これまでのところ、『ねこの湯』は一日の終わりというか、あとは寝るだけだよーんって状態にするのを売りにしてきた。
せいぜいこの後にやることといったら、家でビールの一杯も飲んで、ちょっとテレビでも観ますかねって感じかな。
ちょっと発想を変えて、お出かけ前のお風呂はいかがですか、というコンセプトも作ってみたのだ。
「まさにそれも狙い目よ。新しい客層としてね」
に、と笑ってみせる。
女の人ならだいたい判ると思うのだが、メイクって面倒くさいのだ。
ぶっちゃけ、しなくて良いならしない。
けど、なかなかそういうわけにもいかないのが現実だったりする。社会人として云々って話ではなく、やっぱり自分を綺麗に見せたいって意味でね。
好きな人とデートに行くとき、ノーメイクってわけにもいかんべさ。
よく男性は薄化粧を好むっていうけど、あれって薄化粧にみえるメイクってことね。
本当に色つきリップくらいしか塗ってなかったら、案外がっかりしたりするものなのさ。
俺にはちゃんと化粧をして会うほどの価値はないってことか、とね。
まあ、それ以前の問題として、ノーメイクで外出できるほど素顔に自信満々って女は、そう滅多にいないって話。
もちろん私も含めてね。
なので、『ねこの湯』が提案するのは、これから夜の街で遊んだり働いたりするための、華やかな化粧だ。
午後三時開店じゃ、ビジネスメイクには間に合わないしね。
パーティーメイク、デートメイク、あるいは夜の蝶メイクの提供です。
特別感っていうテーマは変わってない。
「おはよーって起きて、そのまま『ねこの湯』へ。お風呂でしゃっきり目が覚めたら、メイクとヘアセットまでやってもらえる。あとはデートなりパーティーなりへGO。どう?」
「悪くないと思うけど、問題は料金よ。五千円も六千円もするってんじゃ、通えないわ」
「エステじゃないんだからそんなに取らないよ。いつも通りワンコインね。ただし化粧品類はお客さんの持ち込みで」
五百円だ。
結局これが計算もしやすいのである。
肌に合うとか合わないとか面倒くさいので、道具はお客さんの持ち物を使う。こちらから提供するのは椅子と鏡、あとはイナンクルワの技術だ。
もちろんどこぞの企業みたいに技術料を不当に低く評価するつもりはない。
メイクアップサービスで儲けるつもりがないだけである。
どうしてかっていうと……。
「安すぎる。順番待ちになるわよ」
あ、美雪が正解を言ってくれた。
イナンクルワが一人でメイクするのだから、こなせる人数には限界がある。いま美雪にやってあげた感じで十五分。ヘアセットも同じくらいかかると仮定して合計三十分だ。
つまり、一日に四人くらいしかさばけない。
「商売にしようと思ったら、料金も高くして人も増やさないと。でもそれは銭湯じゃないからね」
「ようするに客寄せの見せ商品ってことね」
「そゆこと」
完全当日予約制で一日四人限定。
プレミアム感も出るし、メイクされてる姿を見たら興味を持つ人も現れるかもしれない。
「うちらもたまにはラクをしたい日だってあるし、良いと思うよ。ていうか今日はこのまま店に行っちゃおうっと」
「ところで、ちょっとお願いがあるんだけど」
「風呂に入る前にやたらと写真撮りたがっていた理由が理解できたわ。よーするにビフォーアフターね」
「お願い! アルバイト代出すから!」
モデルを雇うって手もあるけど、身近にモデル顔負けの美女がいるのだ。
活用しない手があろうか。
「いいけどね。タウン誌のお店紹介もうちの写真だし。ただ、バイト代はいらないから優先権をよこせ。メイクアップの」
にやっと美雪が笑う。
そーきたかー。
「くくく。篠原屋、そちもワルよのう」
「ひっひっひっ。立花屋さんほどではありませんよ」
美雪は優先的にイナンクルワからサービスを受けられることになりました。
ちなみに、わざわざこんな取引をしなくたって、私もイナンクルワもいつだって優先してあげる気まんまんである。
こいつはそれを知っていて、バカみたいな取引を持ちかけたんだ。
副音声で語っている台詞は「手伝ってやるよ」。
まったく、素直じゃないんだから。
借りといてやるよ。
「つーか、男女比の是正にはいっこも役に立たないアイデアだね。由梨花さんや」
「そいつは言わねえって話だぜ。美雪さん」
セレクトアメニティにしても、メイクアップサービスにしても、女性をターゲットにした戦略だ。
男性の気を惹けるようなものではない。
やー、頭はひねってはいるんですよ?
けど、私の脳みそから出てくる男が喜ぶアイデアなんて、見目麗しい女性たちが湯女になって身体を洗ってあげる、くらいなもんなのですよ。
あきらかに風俗営業法に引っかかっちゃいますね。
「あとは、アルコールを出すようにするとか……」
「お前さんの中にいる男性像は、酒と女しか興味がないクズばっかりか。なんかトラウマでもあんのかよ」
からからと美雪が笑う。
ほっとけ。
私はべつに男性不信でも男性恐怖症でもない。
心の傷になるような強烈な恋愛の経験もないなあ。高校時代に付き合いっていた相手とは卒業して上京したらなんとなーく疎遠になってしまった。
二十二、三のころに付き合っていた相手とも、仕事が忙しくて会う回数が減っていって、いつの間にか自然消滅。
我ながら草食系恋愛ばっかりである。
身を焦がすような略奪愛とか、そーゆーのはまったくない。
したいとも思わないけどさ。
「女が考える男の好みなんて、たいてい的外れにゃよ」
番台の上からさくらが口を挟んだ。
「男が想定する女が好きなものが、たいてい的外れなようににゃ」
ふにふにとヒゲを動かしながら。
さすが姐さん。
深いっす。
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