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第13話


 必要だと思われるものを購入して『ねこの湯』へと戻る。


 もうお風呂は沸いていたので、美雪は一風呂浴びてから仕事に向かうらしい。

 まだ営業は始まってないのに毎日お風呂を沸かすのは、どのくらいの時間で沸くかとか、つぎ足しの薪はどのくらい必要かとか、シャワーの温度はどうかとか、そういうのを見極めるためだ。


 スタッフや美雪、私の家族などが大浴場を毎日楽しんでるのは、まあ余録みたいなものである。


「んで、このシャンプーやらリンスやらを選んで出せる機械を、あたいに作れってことかい? 女将」

「そうなの。急で悪いんだけど、明後日くらいまでになんとかならないかな?」


 軽快に薪割りをしていた祭にお願いしてみた。

 ていうか、斧似合うなー。


「図面もない、現物もない、材料もない。あるのはアイデアだけって状態で、明後日ねぇ」


 斧を壁に立てかけ、タオルで汗を拭いながら半眼を向けてくる。


 うん。

 無茶だよね。

 こんな道具が必要だったら、もっと早くに言えって話だよね。


「やっぱり無理だよね……」

「女将はドワーフ舐めすぎ。さくら姐御があたいに頼めって言ったんだろ? あれは、できると踏んだから言ったのさ」


「へ?」

「半日もあれば作れるよ。こんなもん」


 にやりと笑った祭が、ぬっと右手を差し出した。


「材料費は二万円ってとこだな。ちょいと石川(いしかわ)のホームセンターまで行ってくっから」

「あ、はい」


 慌てて財布から紙幣を渡す。

 そもそも、そんなもんで作れるんだろうか?

 信じるしかないんだけどさ。


「あ、車。美雪もうお風呂入っちゃったかも」

「あたいのを使うからいいよ」

「車あるのか!? むしろ免許あるのか!?」


 びっくりである。

 この国では、ドワーフが車を買ったり免許を取ったりできるんだろうか。


「チャリに免許が必要だなんて、あたいは知らなかったけどな」


 笑いながら物置から出したのは、おばちゃんが乗るような三輪自転車である。

 うわこれ……私がちっちゃいころ、お祖母ちゃんが乗ってやつだ。

 まだ残ってたんだなぁ……。


「誰も使ってないみたいだし、あたいが使っても良いだろ」

「それはもちろん良いんだけど」


「やった。整備しておいて良かったぜ」

「ていうか、自転車で行く気なの?」


『ねこの湯』から石川町のホームセンターまでは、三キロちょっとくらいある。こんな三輪自転車じゃ、そうとう大変だろう。


「だから、女将はドワーフ舐めすぎなんだって。五分もかからねーよ」

「……信号、守ってね」


 もはやなにも言うまい。

 交通ルールは遵守してほしいと願うのみだ。


 自転車は軽車両です。

 原付とかと同じルールが適応されるからね。


「んじゃ、いってきまーす」


 ぐいんと走り出す三輪自転車。

 ちょー速い。

 普通にスクーターなんかよりずっと速い。


 OK。

 そんな気はしていた。


「気をつけていくんだよー」






「あらあら。女将さんじゃありませんかぁ。祭さんはどちらへ?」


 祭に代わって薪割りをしていたら、イナンクルワがやってきた。


 あ、ドワーフ娘みたい豪快に斧をぶん回していたわけじゃないよ。

 鉈で、台にしている丸太に、とんとんって打ち付けて割る方法だ。

 ぶっちゃけ、祭の3倍くらい時間かかる。


「ちょっと買い物を頼んだの。作ってほしいものがあって」

「まあまあ。それで女将さんが薪割りを」


 くすくすと笑うイナンクルワ。

 大沼公園で会ったようなおばちゃんの姿ではなく、三十歳前後くらいの色っぽいお姉さんに変化している。

 もう、セクシー女優って形容詞が、ぴったりそのまま当てはまる感じだ。


 なんでそんな姿になっているかといえば、『ねこの湯』スタッフの見た目年齢が若いから。


 私は二十五歳。人間状態になったさくらは小学一年生くらい。祭は頑張っても中学生くらいにしか見えない。

 そのなかに五十代後半の姿でいたら悪目立ちしてしまう、という理由らしい。


 女将の私より貫禄があるってのは、いろいろまずいんだってさ。

 よくわからん。


「用事を頼んでおいて私は昼寝ってわけにもいかないからね。さっちんは何か用だったの?」

「いえいえ。晩ごはんのリクエストを聞きにきただけですよう」


「肉! としか言わない気がするわ」

「あらあら」


 二人して笑い合う。

 祭の肉食ぶりは美雪にすら勝るのだ。

 むしろ、肉を食べてれば幸せな人なのである。


 こいつらの主張を取り入れていたら、食卓に並ぶのは毎日肉だ。それはさすがにバランスが悪すぎるというものだろう。

 海のある街に住んでいるのに。


 海鮮ものが命を賭けるほど好きってわけじゃないけど、肉ばっかりというのもよろしくない。

 せっかく絶倫の調理技術をもったイナンクルワが料理を担当してくれているのだ、いろいろ食べてみたいではないか。


「では函館らしく、今夜はイカ刺しにしましょうかねえ。ヤリイカの旬もそろそろ終わりですし」


 私が割った薪を集めながら、セクシーお姉さんが提案してくれる。


「いいねえ。日本酒とかも付いたら最強」

「まあまあ。一合だけですよう」


 軽く手を振ってイナンクルワが去って行く。買い物に出かけるのだろう。

 ホームセンターとは違って、スーパーマーケットは普通に徒歩圏内だ。


 北海道の農業協同組合(のうきょう)の連合会が母体になっているやつで、海のものも山のものも、けっこう豊富な店である。


「タコも、良いのがあったら買ってきますねえ」

「いいっすねー、さっちん愛してるー」

「はいはい」


 そういえばタコのシーズンもいま時期だ。

 今日は刺身で一杯。


 うん。

 悪くない。


 イカとタコ。触手系である。


 おっといけない。不埒な想像をしちゃった。

 葛飾北斎(かつしかほくさいの『蛸と海女』的なやつ。イナンクルワが蛸にからまれてる的なっ!


 大変、失礼いたしました。

 去って行った方向に頭を下げる私だった。





 なんと、翌朝にはセレクトアメニティ用のマシーンが完成してしまった。


 一緒に夕食をとらず、焼酎の瓶とお刺身の皿を抱えてロビーで作業を始めた祭が、なにやら夜中までごそごそやっていたのである。

 で、朝起きて見に行ってみたら、ものすごいかっこいい機械が鎮座ましましていた。


 ほんとにあっという間に作っちゃったよ。あのドワーフ。

 計り知れないぜ……。


 木と金属とプラスチックなのかな。正直、材質はよくわからない。

 銀細工だっていっても疑わんいような繊細な彫刻が表面に施され、とってもノーブルな雰囲気だ。


「シャンプー、リンス、ボディソープ。それぞれ十種類ずつ装填できるぜ。取り出し口はそこ」


 祭の説明である。

 ふせんが、それぞれ取り付けてある。ここはあとから可愛いポップに代えよう。


「ためしにやってみるか? 女将」

「そうね」


 もとよりそのつもりだった。

 私が普段使っているシャンプーと、1回分が入る小瓶を祭に渡す。

 彼女の手さばきを見て、装填の仕方を憶えるためだ。


 が、難しいことはなんにもなかった。

 ポンプタイプのシャンプーボトルはそのまま上からセットできる。蓋を外して本体のチューブを差し込むだけ。

 小瓶は取り出し口にぴったりと収まった。


「これだけ?」

「一番のスイッチを押してみ」


 言われたとおりに、前面のパネルに設置されたボタンを押す。

 すると、取り出し口においた小瓶に、きれいに一回分のシャンプーが入った。


 一滴もこぼれない。

 へんな駆動音もない。

 するりと、まったく無駄のない動きだ。


「おおっ!」


 思わず声が出ちゃったよ。


「ロング一回分ってところだな。ショートの人なら二回は洗えるぜ」


 さすがに毛量に合わせた調整までは無理だった、と、祭は笑っている。


 ていうか笑ってるけどさ、あんた。

 こんだけでも、ものすごい技術だよ?


 図面もなんにもなしに、こんなの半日で作るって、ドワーフってどうなってるのよ。


「あたいらドワーフは、こういう加工が得意なのさ」


 ふふん、と胸を反らす祭だった。

 うちのスタッフは、いろいろと規格外です。


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