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第12話


 店頭で試供品なんか配っても、実際に使ってもらえるとは限らない。


 もらってそのままゴミ箱へ直行、なんて人も少なくないだろう。

 部屋の片隅に放り出したまま、という人だっている。


 使ってみようと思っても、浴室に持って行くのを忘れちゃうケースだってある。


 ところが、『ねこの湯』なら事情が異なるのだ。


 セレクトアメニティの設置場所はロビーって考えてるから、まさにお風呂に入る直前。

 いま使いたい、すぐ使いたい、って状況で選べる。


 しかもそこに魅力的なポップやポスターがあったら、間違いなく目を引くだろう。


「デパートに売ってるような高いアメニティを使ってみるチャンス、ということになりますね」

「私どもといたしましては、商品を知っていただき、使った直後に感想をいただける好機、ということになります」


 私と舞鶴女史が笑みを交わす。

 まさにwin-winだ。


 どちらからともなく差し出した右手を握りあう。

 横では、さくらと美雪がぼそぼそなんか話していた。


「悪代官と越後屋って図式にゃね」

「じゃあ、うちが暴れん坊な人で。成敗しちゃうぜ」


 うっさいわ。

 まっとうな商取引でしょうが。

 悪いことしてるみたいに言わないでちょうだい。






 なにがすごいって、舞鶴女史と話していたらデパートの各所から商品を取り扱ってほしいって人たちが集まってきたことだ。


 なかには男性用の育毛シャンプーとか扱ってる会社もあったんだよ。

 さすがにデパートに入ってるような会社の商売人だ。

 機を見るに敏ってやつだね。


 あれあれよという間に、『ねこの湯』にアメニティを提供する十五社が確定した。


 シャンプーとコンディショナーって会社もあれば、シャンプーのみ、ボディソープのみってところある。

 まだどの程度の集客効果になるか判らないから、まずは開店から一ヶ月、お互い金銭を発生させずに様子を見ようってことになった。


 うん。

 これは面白い。


 無料で提供してもらえるなら、セレクトアメニティの部分は料金を発生させずに、レンタルタオルのお金だけもらえば良い。

 フェイスタオルとバスタオルで三百円。シャンプーとかを入れる小瓶を三本つけてね。


「ゆり、たのしそうにゃね。すごいうきうきしてるにゃ」

「企画を立てたり実行したりするの大好きだからね。昔っから。高校の学祭とか、もうイッキイキしてたわ」


 さくらと美雪の談だ。


 いやあ、楽しいじゃん。

 自分のアイデアが形になっていくのって。


 だから就職も、企画がやれる会社を選んだんだけどね。現実はなかなか厳しく、雑用ばっかりだった。

 仕方ない。高卒の女の扱いなんてそんなもんだ。


 私はそれより前に辞めちゃったけど、あと一年二年もしたら肩たたきとか始まったんだろう。

 会社が抱えることのできる人間の数ってのは決まっていて、上がいなくならないと下は入れない。


 で、どうせなら若くてぴちぴちした女性社員が多い方が良いから、(とう)がたった女は徐々に居場所がなくなってゆく。学歴も高くてバリバリ仕事をして出世街道を走ってる人は別だけどね。


 そうじゃないのは、結婚退職でもして新人のために席を空けろ、なーんて思ってるのは男性社員たちの偽らざる本音だろう。


 気持ちはわかるよ。


 だって、私だってオッサン社員たちに対して似たようなことを思ってたもん。

 とっとと定年退職しろってね。

 まあ、どっちもどっちだって話さ。


「けどまあ、ちょっと忙しくなってきたかな」


 下顎に右手を当てて呟く。

 一両日のうちにアメニティが『ねこの湯』に届く。新装開店は三日後だから、セッティングの時間は一日しかない。


 けっこうタイトなスケジュールだ。


 レンタルタオルとセレクトアメニティについての説明書きも作らないといけないし。


「シャンプーやボディソープが出てくる仕組みは、まつりに作らせればいいにゃ」


 さくらが提案してくれる。


 仕組み?

 棚にポンプタイプのものを並べで、そこから勝手に小瓶に移してもらおうと思ってたんだけど。


「かっこ悪いにゃ。それに、どばーってこぼす人が続出するにゃ」


 私の案を聞いた小学生仙狸が、やれやれと両手を広げた。

 熱心に美雪も頷いている。


「由梨花はアイデアはすごいけど、細かい部分がけっこー雑だからね。昔っから」


 そうかなぁ。

 実利のない部分を気にしてないだけなんだけど。


 こぼしたら掃除すれば良いだけだし、手とかにかかってもこれからお風呂に入るんだし、お客さんも気にしないと思うんだよね。


「それが雑頭(ざつあたま)って言うんだって、死ぬまでに気づくかね。この女将は」

「無理にゃ。だからこそ、みゆきがゆりを支えて欲しいにゃ」

「まかして。最初からそのつもりだよ」


 勝手なことを言って頷き合う二人。

 私、馬鹿にされてる?


「そうじゃねーよ。あんたはアイデアはすごいんだ。けど、使う人間のことが判ってない。あるいは女心が判ってないのさ」


 言い置いて、美雪が説明してくれる。


 客というものは、けっこうちょっとしたことでいらいらするものだ。


 手にシャンプーがかかった。床にこぼれたコンディショナーを踏んだ靴下が汚れた。前に使った人がボディソープのついた手でポンプを押したせいでぬるぬるする。

 これらはすべて、いらいらの原因になる。


 とくに、汚らしく見えるってのが最悪らしい。

 温泉でも旅館でもいいが、客がまず気にするのは清潔感なんだってさ。


「そんなもんかな?」

「そんなもんなのよ。ましてうちらがやるのは銭湯。きれいなるための場所さ。それが汚らしく見えちゃったら、マイナス点なんてレベルじゃないよ」


 たしかに、それは一理ある。

 さすが客商売、しかも一番厄介な酔っ払いの相手をしているだけあって、美雪の言葉は説得力があるね。


「ストレスを与えない。これがまず大事さ」


 いって彼女が指さすのは上、つまり六階だ。

 そこにはたしか書店が入っているはず。

 意を察し、私はにやりと笑った。





 書店ってのは本を買うためだけの場所ではない。

 けっこう文具とかも豊富だし、なにより書店員が書いたポップというのは、ものすごく参考になる。


 どういう風にオススメしたら良いかってね。


 私、さくら、美雪の三人は、さっそく六階の書店へと移動した。

『きみの鳥はうたえる』って映画のロケにも使われた、函館に昔からある栄好堂書店である。もっとも、ロケは美原(みはら)に店があった頃の話だけどね。


 中学高校時代には、けっこう通ったものさ。

 今は五稜郭のデパートに移っちゃったから、ちょっとだけ遠いのだ。


「ゆーて、社会人になったら車移動が基本だから、美原界隈でも五稜郭界隈でも、たいして変わんないけどね。うち的には出勤前に寄れるから、ここの方が助かってるかな」

「美雪のお店ってこの辺なの?」

「そーよ」


 考えたこともなかった。

 スナックでもキャバクラでも、女が客としていけるような場所じゃないしね。


「さくはいってみたいにゃ」

「さくらたん未成年じゃん」


「十四歳で死んだにゃ。そこから八年たってるから二十二歳にゃ」

「いや、その理屈はおかしい」


 きゃいきゃい騒いでるさくらと美雪を尻目に、ポップ用の紙と文具を選んでゆく。


 ロビーとはいえ水場が近いから、それなりの耐水性があるものが良いだろう。

 いっそプラスチック素材の方が良いかもね。


 あと、ポップの書き方も、見て技を盗む!

 なにしろ書店にあるポップってのは、書店員さんの愛から生まれたものだからね。


 そこらへんにあるおざなりなやつとは、胸に響く度合いが違うのさ。


「ゆりが変なふうに真剣にゃ。ちょっときもいにゃ」

「この状態になったあいつは、もう誰にも止められない」


 うん。

 聞こえてるからね。あんたたち。


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