第11話
そんなこんなでスタッフが揃いました。
女将は私こと立花由梨花。浴室担当はミントゥチのイナンクルワ。ボイラー担当はドワーフの吉住祭。そしてマスコットは仙狸のさくら。
やった! 人間、私しかいない!
あとみんな女だ。
まーなー、一緒に住むんだし、男性が混じるのは微妙に問題だったりするけどさ。
ちょくちょく泊まりにくる親友の美雪も女だし、関係者で男っていったら、土方歳三が転生した三井歳也さんだけ。
やばいね。競争率がとんでもないことになるかも。
なーんて。
美雪はともかくとして私はいま恋愛どころじゃないし、ほかのメンバーが人間と恋に落ちるとも思えない。
「つーか、この忙しいときに男女のいざこざとか、勘弁してってのが本音よ」
「その意味では良い人選にゃね。スタッフで恋に落ちたらレズにゃ。ゆりだけに」
「言うと思った」
もうね。
名前にまつわるネタは、言われ慣れちゃって怒る気にはもなれない。
誰のどんな名前だって、本人のせいではないのだ。
元アイドルと同じ名前なのも、百合の花なのも、私のせいではないだー。
ともあれ、浴室とボイラーは準備万端整いつつある。
あとはアメニティだ。
「貸しタオルにまで凝る必要はないと思うんだけどねえ」
今日も今日とてデパートまで車を出してくれる美雪である。
本当に申し訳ない。
ちゃんと練習するし、近いうちに車も買うから。
いつまでも実家の車ってわけにもいかないしね。
「女子高生に限らないけど、女性客をあてこむならこういう部分にこそ凝らないと」
ボディソープやシャンプー。そしてタオル類。
おざなりにして良い分野ではない。
というより、ここが勝負どころな気すらしているのだ。私は。
「んんー? その顔はなんかたくらんでるわね? 由梨花」
運転席からちらっと視線を飛ばし、美雪が笑う。
「まだ内緒。もったいぶった方がありがたみが出るからね」
ふふ、と、私も笑みを返した。
膝の上でさくらがあくびをする。
改装オープンまで、あと三日だ。
訪れたのは五稜郭地区にあるデパートである。
市民にはマルイさんと呼ばれて親しまれている老舗だ。
この島では、なぜか老舗はさん付けだったりする。道新さんとか北電さんとか。
まあ、謎の北海道ルールの一つだね。
レンタル用のタオルを買い求めるために訪問した。
貸しタオルなんか百均のでいいだろう、とは、美雪の意見だが、私はここにこそこだわりたい。
あと、電車通りを挟んだ向かい側の複合施設にも寄ろう。
おしゃれな小瓶とか欲しいし。
「楽しそうにゃね。ゆり」
「うん。ちょっとわくわくしてる」
手を繋いだ小学生状態のさくらに笑ってみせる。さすがに猫又形態でデパートに入ることはできない。
ちなみに、さくらの反対側の手は美雪が繋いでいる。
仲良し親子って感じだけど、残念ながら私も親友も女なのです。
「そろそろ白状しなさいよ」
夫役なのか妻役なのか判らない美雪が半眼を向けてくる。
もったいぶられているのが気に入らないらしい。
「ん。セレクトアメニティにしようかと思って」
私はやれやれと肩をすくめてみせた。
「なにそれ?」
「簡単にいうと、シャンプーやコンディショナー、ボディソープなんかが選べるってこと」
備え付けがあるような銭湯や温泉でも、たいていは一種類ずつだ。
選択の余地はない。
気に入らないなら使わず、自分のシャンプーでも石けんでも持ち込めば良いって考え方である。
そこに改善の余地があるんじゃないかって思ったのだ。
閃いたのは、みんなで近所のファミレスに行ったとき。
多くの店がそうであるように、ステーキとハンバーグが売りのその店にも、ドリンクバーがあった。
サラダバーやライスバーもあったけどね。
祭やさくらが、いろんなジャースを飲んでいるのをみて思ったんだ。これ、シャンプーでやったら面白いかもって。
「たとえば、十種類くらいのシャンプーから、好きなのを小瓶に入れて浴室に持って行く。ボディソープやコンディショナーも同じ」
いつもと同じものを使っても良いし、普段は買わないようなものを使って冒険しても良い。
特別なバスタイムってやつだ。
なにしろ『ねこの湯』は、いまどきちょっとない薪で沸かしたお風呂なのだから。
「なるほどね。特別だからこそタオルも良いものをってわけかい」
「正解」
空いてる手で親指を立てた。
せっかく特別なお風呂に入っても、タオルが庶民的なものだったら、一気に特別感がなくなってしまう。
なのでタオルもこだわる。
「完全に、若い女性向けのアイデアだね」
「うん。男性や年配のお客さんは、べつに興味も示さないと思う」
偏見だけどね。
でも、ターゲットは絞った方が良い。
前にさくらにも言ったけど、全員に受けようって考えたら、ひどく無難でつまらないものにしかならないのだ。
全員が好むなんてありえないからね。
誰にも嫌われないよう、反感を買わないよう、って考えていったら、そりゃつまらないさ。
なので、興味を持ってくれる人にぐいっと寄せる。
この場合は若い女性。
函館商業高校の学生さんまでひっくるめた、近隣に住む娘さんがターゲットだ。
「まあ、男性をターゲットにしようにも、私じゃたいしたものは思いつかないってのもあるんだけどね」
肩をすくめる。
美雪みたいなきれいどころが、湯女として男性客の背中を流してあげるとか、そんなアイデアしか出てこない。
ぜったい方向性が間違ってるよね。
風俗じゃないんだから。
「うちを勝手に例題に出すな」
「めんごめんご」
「でも、若い女性をターゲットにするなら、ネイルとかも併設したらいいかもね」
「将来的に、儲かったらね」
私のアイデアだって上手くいくとは限らないのだ。
蓋を開けてみたら、ぜんぜん使ってもらえないって可能性だってある。
「いえ。その話、詳しく聴かせてもらえませんか?」
不意に横合いから声がかかった。
視線を巡らせば、コスメコーナーの店員さんが手を振っている。
胸のネームプレートには、舞鶴とあった。
もう、見るからにおしゃれなお姉さんだ。
すらりとしていて、短くした髪も律動的に決まってる。
かっこいいなあ。
面食らいながらも、私と美雪、さくらの三人が近づいてゆく。
「銭湯を始められるとか」
名刺を手渡しながら舞鶴茜さんが問いかけてきた。
肩書き的には、けっこう偉い人っぽい。
私たちは交換するような名刺も持っていないから、軽く名乗っただけである。
あ、さくらは妹ってことにした。
ちょっと歳が離れてるけどね。
「始めるというか、祖父の遺産を受け継いでリニューアルって感じですが」
隠すようなことでもないため、私はあっさりと応えた。
聞こえていたみたいだけど、アメニティを選べるようにするって計画も説明する。
「ぜひ弊社の製品もラインナップに加えていただけないでしょうか」
つまり、ここから仕入れるということか。
ううーむ。
提案はありがたいんだけど、デパートで売ってる商品って高いんだよね。
タオルレンタルは二百円。セレクトアメニティをつけて五百円って考えてるから、あんまり高いシャンプーってのもなあ。
「ちなみに、一回分の単価っていくらくらいになります?」
生臭いけど聞いておかないといけない。
あんまり高く設定はできないからね。
すると、舞鶴さんが破顔一笑した。
「誤解があるようですね。私ども商品を買ってくれと言っているわけではないのですよ。立花さん」
言い置いて説明してくれる。
むしろ逆で、彼女の会社の製品を『ねこの湯』に、置かせて欲しいということなのだ。つまり、私の金銭負担はゼロ。それどころかお金を払っても良い、と。
破格の条件だ。
もちろんパンフレットを置いたりとか、ポスターを貼ったりとか、ポップを作ったりとか、宣伝への協力は必要になるけどね。
「でも、これは面白いかも……」
知らず、唇の端が持ちあがる。
かなり能動的な試供品、というわけだ。
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