バカ、巨人と対決せんとする
「どう考えても、選択ミスったよなぁ……」
しみじみと呟くミーパーの声など耳に入らず、アルフォンスは意気揚々と操縦席の計器をチェックし、発進準備を整えていく。
「さあ、行くぜミーパー! これからアルフォンス・ケハールの冒険が始まる! ……ちゃんと記録しとけよ」
「はいはい」
「ロシナンテ号、発進!」
生返事など意にも介さず、アルフォンスはスロットを目一杯押し込む。機体の左右から延びる翼、その両端に備え付けられたエンジンがうなりを上げ、吐き出された暴力的な噴射がクルーザーをゆるゆると加速させ始める。なおその余波で地上の会場がめちゃくちゃに吹き飛ばされていることなど、アルフォンスは気付きもしなかった。ミーパーは見なかったことにした。
そして雲の上まで上昇すると、今度はエンジンとは別の機関にエネルギーを集中させ始める。惑星間を渡る翼、いまやよっぽど小型の宇宙艇でもなければ必ず積んでいる機関。
「ハイパードライブ、スタンバイ。目的星系、シャリアール。航路計算開始。いいんですね?」
宇宙船と接続し、各種パラメータの調整をしながらミーパーはアルフォンスに問いかける。これ以上あれこれ聞いたりはしない。聞くだけ無駄だ。
「おう! いざ、しゅっぱ――」
子供みたいに目をきらきらと輝かせながら、アルフォンスはどこかもわからない宇宙の果てをビシリと指さして宣言し、
不意に鳴り響いたアラートが、その旅立ちを出鼻から挫いた。
「なんだぁ?」
「ハイパードライブ中止。進路上に、多数の船舶を確認しました」
怪訝な顔をするアルフォンスに、ミーパーは正面モニターの望遠映像を表示してみせた。数艇の飛行機がこちらに向かってきている。船の上部で瞬く赤と青の識別灯は、惑星整備局の証だ。
<こちらはラマンチャー惑星整備局です。貴船は一般船の飛行禁止区域を飛行しています。速やかに航行を中止し、誘導に従ってください>
こちらの回線に無理矢理割り込んだ通信が、ノイズまみれの警告を伝える。
「……ですって。どうします?」
視線だけ主に向けてミーパーが言った。その声にはほんの少しだけの期待が込められていたが、同時にそれがかなわないだろうという多大な諦めのこもった声でもあった。
民間船のロシナンテ号に武装なんてついていない。相手もそれはわかっているから武装が展開されていないのは不幸中の幸いだ。あちらとしても下手に撃墜して自然保護区に落ちてほしくはないだろうし、そもそもそんな措置は必要ないと思っているのだろう。
代わりに飛行船の上部ハッチが開き、機動服に身を包んだ何人かの警備員が身を乗り出していた。彼らが船の誘導をするつもりなのだろう。あるいは逃げ出そうとしたときには進路をふさぎ、乗員を制圧するか。
先頭の一人などは身の丈5m近い。ギガンテ人だ。その威圧感だけでも下手な行動を起こそうとは思わせないだろう。
「あぁ? んなもん、決まってんだろうがよ」
その対応は実際正しい。誘導に従うにしろ、逃げようとするにしろ、マトモな相手であれば十分に対応ができただろう。
「突撃だ!」
問題は、いま相手をしているのがマトモな相手ではなかったということだ。
「あ、ちょっ」
ミーパーの制止も聞かず、アルフォンスはアクセルを目一杯に踏み込んだ。突然推進エネルギーをたたき込まれたロシナンテ号は、はじかれたピンボールのように一直線にすっ飛んだ。
<――はぁっ?!>
泡を食ったのは進路を塞いでいた飛行船だ。自分たちめがけて――そうとしか思えないほど一直線に――突っ込んできた宇宙船は、サイズだけでいえば飛行船の倍以上ある。数隻で押さえ込むならともかく、一隻だけで押さえ込めるものではとうていない。
あわてて舳先をそらし、直撃だけは回避した飛行船とロシナンテ号は、互いの側舷を激しくこすりながらすれ違っていく。
甲板にあがっていた警備員たちは激しく揺さぶられ、数人が振り落とされて空へと投げ出された。
なんの手がかりもない空中に放り出されながらも、きちんと訓練されていた彼らは数回回転した後平衡を取り戻し、機動服のジェット噴射で落下速度を落としていく。しかしすでに落下した状態から飛行船に戻れるだけの推力はないらしく、ゆるゆると速度を落としながら落下していく機動服達に、別の一隻があわてて救助に向かっていった。
幸いにも甲板に残ることができた警備員たちは、しかし船同士の擦れあう振動に耐えてしがみつくのが精一杯だった。どうにか飛行船が接触を解除したときには、すでにロシナンテ号は殆どすれ違い終え、飛行船との距離を開けようとしていた。
「ぬおおおおっ!」
だがその瞬間、ひときわ大柄な機動服が飛行船から飛び出した。5m級の大質量が甲板を蹴り、その反動で飛行船が大きく揺れてまた一人機動服が落っこちる。
ギガンテ人の警備員は落下していく同僚に気を配る余裕もなく、機動服の機能で手を装甲にへばりつかせることで宇宙船にしがみついた。衝撃に船が揺れ、計器がいくつか異常重量の警告を発する。
「船に取り付かれました。このままじゃハイパードライブできませんよ」
正確には可能だが、その際船体にくっついていた人間は悲惨なことになる。さすがにミーパーも殺人に荷担するような真似はごめんだった。
<抵抗は止めて宇宙船を地上に降ろせ! いますぐだ! コクピットを叩き潰すぞ!>
接触回線で無理矢理つながれた通信から、怒りに満ちた大音声の警告が響きわたる。もはや態度を取り繕う余裕もなく、正面モニターには拳を振り上げた巨大な機動服が画面いっぱいに映し出されている。振り上げた拳は、本気で振り下ろされそうだった。
「ぬぬぬ……おのれ! あくまでも邪魔しやがるか!」
憤慨するアルフォンスは、せっかく固定したベルトを解除して傲然と立ち上がり、コクピットの上部ハッチにとりついた。
「邪魔してるのはこっちですけど……て、なにするつもりですか」
確信に近い嫌な予感がしたミーパーが、おずおずと尋ねる。
「決まってんだろ! あの野郎をぶっとばしてやるんだよ!」
「ぶっとばすって、どうやって?」
「直接だ!」
思わずシャットダウンしたくなるような発言に目眩を(機械なのに)感じながら、ミーパーはアルフォンスの腕をアームでつかんで自殺行為を制止しようとする。
「無理ですよ、体格差わかってます?」
「やらなきゃわからんねえだろうが! いいか、ガーレン卿は片腕で15mもあるロックコングをぶん投げたこともあるんだぞ!?」
「知りませんよ、誰ですかそれ? いやいいです聞きたくないです」
「ガーレン卿も知らねえとか、ニワカかお前! ガーレン卿はなあ、トランネル宙域を開拓した偉大な宇宙騎士で……」
<やかましい! 何やってんだお前ら、さっさと言うとおりにしろ! マジで叩き潰すぞ!?>
再びの大音声。どうやらこちらのやりとりも全て通信で向こうに届いていたらしい。ギガンテ人の声には怒りと困惑がない交ぜになっていた。
「ほら、もう無理ですって。あの人本気でやりかねないですよ?」
両アームでアルフォンスを引っ張りながらミーパーが言う。こうなったら力尽くでも止めなければ、主の命に危険が及びかねない。
「騎士は脅しに屈しねえんだよ……!」
ハッチの取っ手にしがみつきながら、アルフォンスはなおも抵抗を続ける。
数秒の拮抗。だが無理な体勢でこらえていたアルフォンスの方に、先に限界がきた。
それも、唐突に。
「お?」
「あら?」
一瞬の浮遊感。手を滑らせて引っかかりをなくしたアルフォンスの身体は、思い切り引っ張られていた勢いのまま、操縦席に頭から突っ込んだ。
「ぶげっ」
変な声を漏らしながらコンソールへ、そして天井へ。派手な音を立ててあっちこっちを跳ね回った彼の身体は、最終的に操縦席の隙間に頭を突っ込んで止まった。
<お、おい、なにがあった?!>
音声だけで状況が把握できないギガンテ人がおそるおそる呼びかけてくる。声には多分の困惑があらわれ、もう最初の気勢は大分削がれてしまっていた。
「あーもう、めちゃくちゃだ……」
とっさにアームを収納して身を縮こまらせていたミーパーは、動きが止まったのを確認してからおそるおそる辺りを見回した。人間ピンボールをやらかした主は逆さまになって頭を操縦席に突っ込んだまま動かない。
「……アルさま、おーい?」
呼びかけに応えはない。どうやら頭を打って気絶したらしい。
ようやくおとなしくなった主に、ミーパーは旅が始まる前に終わったことを悟った。
これでもう、今度こそ彼は逃げられまい。あとは警備員の指示に従い船を下ろし、身柄を取り押さえられるだけ。彼はもう抵抗できないし、ミーパーもする気はない。
だが考えてみれば、これで良かったのだ。馬鹿げた憧れに突き動かされて、勢いだけで旅に出るなんて土台無謀な話だったのだ。
そしてそれは、自分も同じことだ。「自由な身分」なんて甘い言葉に釣られて協力するだなんて、全くどうにかしていた。このまま主を引き渡せば、大旦那様の怒りと嫌味をまた延々と浴びせられることになるだろうが、そんなのは慣れっこだ。結婚式をぶちこわしにした責任はとらされるだろうが、廃棄処分とまでは行かないだろう……たぶん。
「はぁー……」
長い長いため息をついて、ミーパーはモノローグを締めくくる。
<お、おい、どうした?>
「あ、いや大丈夫です、はい。もう終わりました」
なんだかもう、どうでもいい気分だった。
『ハイパードライブ、スタンバイ』
「そうだね、ハイパードライブだね」
何事にもまともに答えたくない気分だった。
<……ん?>
「……ん?」
何か、とても不吉なことが聞こえたような気がした。理解したくない内容の声がしたような気がした。
おそるおそる、コンソールをのぞき込む。蜘蛛の巣状にひびの入った画面上では、さっき確かに停止したはずのハイパードライブシーケンスが粛々と進行を再開していた。
原因は……考えるまでもない。
「ああもう、このバカ、余計なことばっかりするんだからもう」
もはや遠慮も消し飛び、呑気に動かなくなっている主をストレートに罵倒しながらコンソールを操作しようとするも、壊れたコンソールはウンともスンとも応えない。
「あ、だめだこれ」
<諦め早いなオイ?! もっと頑張れよ!>
「いやそう言われましても、操作自体できなくなっちゃってるんですよこれ」
<なんっ……いや、そうだ、適当なことを言ってるなお前! 嘘をつくな!>
「管理下にあるアンドロイドは嘘吐けませんよ」
そんなやりとりをしている間にも、ハイパードライブのシークエンスは無情に進んでいく。
『ハイパードライブ、スタンバイ。ドライブ開始まであと10、9……』
「すいません。もう止められないんで、降りてもらっていいですか? そこにいられると、多分死んじゃうんで」
<おまっ……>
『6、5、4』
絶句してもカウントは止まらない。順調に減っていく数字は、冷静な判断力をどんどん奪っていく。
もはや自分にできることはなにもない。早々にあきらめをつけたミーパーはシートベルトで身体をしっかり固定し、ついでに主もできる範囲でシートに縛り付ける。妙なポーズになったが、また操縦席の中で跳ね回られるよりはマシだろう。
ギガンテ人警備員は、その間も船体にしがみついていた。彼の職務への誇りがそうさせるのか、それとも混乱して硬直しているだけか。
だが、それでも、
「ホントすいません」
『1』
カウントダウンは待ってはくれなかった。
<ぬおおおおおっ!>
我に返ると同時に、来たときと同じ雄叫びを残してギガンテ人は宙へと巨体を踊らせた。
『0。ハイパードライブ開始します』
直後、その背後でロシナンテ号の船体が燐光に包まれた。
燐光は船体を余すところなく包んだ後、筒状に展開する。そしてその筒は前方へと集まり、巨大な円盤を形成した。
その円盤に吸い込まれるようにロシナンテ号は進み、その先端部が円盤に触れる。瞬間円盤は大きく広がり、ロシナンテ号をすり抜けて船体の後部に移動、一瞬波打つような波紋をその表面に走らせた後――
閃光。そのサイズからすればささやかなフラッシュを残し、ロシナンテ号はこの宇宙から消えた。距離の圧縮された超空間・ハイパースペースへと移動したのだ。その船体のあった場所にはしばらく燐光がちらちらと舞っていたが、それもすぐに拡散し、後にはなにも残らなかった。
「……行っちまった」
飛び降りたギガンテ人は、その痕跡が消えていくのを眺めながら呆然とつぶやいた。
全く訳が分からなかった。いったいあの二人はなんだったのか、なにをしたかったのか、結局一つもわからないまま全てが終わった。いっそドラッグでもやっていた奴らが暴れたのだと思いたかったが、それとは確実に違っていた。何かが、決定的に違っていた。
「わけわかんねぇ……」
結局それしか出てくる言葉はなく、駆けつけた飛行船に回収されたギガンテ人はそれ以上考えないことにした。
かくして、多くの人々に衝撃と困惑を残しながら、後に「最後の宇宙騎士」と呼ばれた男、アルフォンス・トボーソは旅立ったのである。
ようやくバカが旅立ちました。物語とは誠思い通りに進まぬもの……
そして書き溜めもつきました。できるだけ毎週投稿……隔週……うん、早くお届けできるよう頑張りたい所存。
応援いただければ幸いです。