ある従者の苦悩
カステリア星系第四惑星・ラマンチャーは、規模こそ大きくはないが風光明媚な観光惑星として有名だった。遺伝子調整をされていない原生植物が完璧に調整された環境のもと色とりどりに咲き誇り、その環境を保全するため入星制限が敷かれていることもあって、希少性のある光景を一目見たいと言う人々が長蛇の列を作っている。
特に宇宙港からほど近い場所にある屋外イベント会場群は多種多様な催しに対応可能な設備を備え、個人から企業まで利用予約が10年先まで埋まっていた。
そんな施設だから、当然内装にもそれなりにこだわっている。大理石を敷き詰めた――ように見えるようデザインしたホールや、昨今のアンティークブームに乗っかって旧世代の礼服に身を包んだ従業員。装飾には惑星内でとれる新鮮な花がふんだんに使われ、一説には来星者の二割弱が花粉症になって帰るのだとか。
そんな施設の一角、合成繊維の絨毯が敷き詰められた廊下を滑るように移動するアンドロイドの姿があった。直立した卵のようなシルエットを反発フィールドで浮遊させ、蛇腹状の腕を伸ばしている。
パンサーo-13型アンドロイド、個体名ミーパーは満ち足りた気分の中にあった。
長きにわたる戦い……彼の所有者の伴侶作りは、今日この日に決着しようとしていた。今日の儀式が終了すれば、主とその相手は正式に夫婦関係が結ばれる。
思い出すまでもなく、辛く苦しい日々だった。「いい加減に息子を結婚させろ。ただし嫁は貴族から探せ」という無茶振りを主の父親から命じられたそのときから、ミーパーの心休まらぬ日々が始まった。本格稼働を始めたばかりの銀河ネットワークに登録し、コスモ結婚相談所に通い詰める毎日。先方からは「こんなアホ面」と拒否をくらい続け、持ち帰った案件は大旦那様からあれこれとダメ出しをくらい突き返され、それが通れば今度は主人を説得しなければならない。これがまたアホみたいに時間がかかった。
「家庭用アンドロイドに任せる仕事じゃないよなぁ」
独り言を――アンドロイドらしからぬことに――つぶやき、彼は主との日々……すなわち、彼自身の生涯に思いを馳せた。
ミーパーの製造はおよそ十五周期前。マスターの世話係として買い与えられてからの十周期間は、壮絶としか言いようのないものだった。思いつく限りの「やんちゃ」を起こし続ける主の火消しに奔走し、大旦那様からはそのたびにポンコツと謗られ、当時の最新式というプライドは素粒子レベルまで念入りに砕かれた。
そして我慢の限界を迎えた大旦那様によって外出禁止が厳命され、邸宅に軟禁されるようになってから五周期。これもミーパーにとっては心休まるとはいえない日々だった。なにかにつけて脱走しようとするマスターを追いかけ、時には実力行使をもって連れ戻す。彼ほど麻痺銃に習熟した家庭用アンドロイドはまずいないだろう。
それでも、マスターがとある本にハマってからはだいぶんマシになった。脱走しようとすることもほとんどなくなったし、通信教育の勉強にもまじめに打ち込むようになった。代わりに小遣いの大半を書籍データの購入に費やし、一日の大半を読書室にこもるようになったので気味悪がられたが、騒動を起こされるよりはと放置された。そんな彼を読書室から引っ張り出して習い事や食事をさせるのはミーパーの仕事だった。
そんな苦労の日々も、過去のデータとなってしまえば懐かしいものだ――もう一度やれと言われれば絶対にごめんだが。
今日、マスターは結婚する。結婚するということはともに暮らす相手が増えるということで、それはつまりマスターの面倒を見る者が一人増えるということだ。もしかしたら、その相手には更に従者アンドロイドがついているかもしれない。
さらば、ワンオペの日々!
自分がアンドロイドで本当に良かったと思う。そうでなければにやけ顔が止まらなかっただろう。
気付けばマスターの控え室まで来ていた。浮かれた気分のまま、ミーパーはドアに解錠コードを送った。圧縮された空気が抜ける音とともに、扉が壁の中にスライドする。
部屋の一面には大きなガラス窓がはめ込まれ、日中は陽光が差し込んでいる。現在の時刻ではやや日光が強く、室温を少し上げていた。
その窓に向かい、入り口に背を向けて、彼のマスターこと、アルフォンス・ケハールは立っていた。
用意されていた白いタキシードではなく、ジャケットとジーパンというラフな格好で。
猛烈にいやな予感がした。
「あのー……アル様? 着替えはどうしたんですか?」
「ミーパー……俺は、決めたぜ」
静かな、決意に満ちた声だった。肩越しに振り返るまなざしはどこまでも澄んでいて、不必要に強いかが焼きが宿っている。こういうときは何を言っても無駄だと、ミーパーは知っていた。説得? 制止? そんなものが通じるならば苦労はない。それは彼の元に来てからこの方、骨身に沁みるほど思い知らされている。
だから、ミーパーは秘密機能を解放することにした。プログラムによるものではなく、15年の経験により開眼した、彼自身のオリジナル機能を。
即ち、
「はー……」
深い、深いため息をついたのだった。