妖精と野菜のスープ
注意、ほんの少しだけ残酷です。
細い四肢、ちらりと見える白い八重歯。
柔らかな小麦色の髪がほんのりと日に焼けた頬にかかる。
切り株に座って、ゴワゴワとした服の裾を直しているらしい。
「お前、気になるからって壊すことはないんじゃないか?」
妙に高い声が、小さいながらもよく響く。
彼らが意思を伝えるのが上手い一族というのは本当らしい。
「それはすまなかった。よくできてると思って……」
「お前みたいな大きいやつが着れる服の方が珍しいけどな」
お前が異常に小さい、という言葉を飲み込んで笑いかける。
壊したというが思っていたより服が脆かったせいである。
「あっはっは、この島に人は来ないからね」
「へえ、んで、珍しい人間さんからの依頼ってなんだよ」
木の枝を手に持ち、樹皮を剥ぎながらこちらを見る。
瞳孔は丸く、周りの虹彩は葉脈のように緑を含んだ茶色。
全長が手ほどの大きさしかない以外、人間との差異はないようだ。
「えーっと、シチューを作りたいんだけど、この島にはじめて来たから食べられるものがわからくて」
「食える草の採集ってことか? どのくらい? 肉入れるんならそれに量をあわせるが、それとも肉も獲ってくるか?」
妖精は態度が悪くてもやっぱりいいやつばっかりだ。
見知らぬ生き物だからと警戒しても、心の底では知人みたいに考えてくれる。
「肉は用意してあるんだ。量は私の手首から中指の先までとちょうど同じくらいです」
「ふーん、お前意外と少食なんだな。まあ、俺が集めるには多いが……。日が暮れるまでには集めるけどよ」
体より随分と大きく見える切り株から飛び上がる妖精。
背から透き通るような羽。
虫の羽のように見えるが、細い体毛を編んだ服の一部らしい。
自分の毛や親族の毛を使うと親和性があがるらしい。
なんの親和性だ。
体毛の服なんて気持ち悪い。
「満腹まで食べないというのが教えでしてね」
「そうなんだ、じゃあ、テキトーに待っとけ」
小さな背中が遠ざかる。
あんなに小さいと、飛ばなければすぐに死んでしまいそうだ。
昼寝でもして夕暮れ時を待とう。
この島は妖精が言うには危険らしい。
だが、人間にはそうではないと、私は思う。
この島で一度も妖精以外の生物にあっていないのだから。
「おーい! おい! 持ってこれたぞ!」
ああ、忘れてた。
ここの時間はそういう風にできている。
妖精の体感の1日は14時間だが、実際はもっと短い。
ここの1日は24時間ではない。
「助かったよ、君もどうかな? 今日の晩御飯を食べていかないかい?」
「いいのか! もうはらぺこだったんだよー!」
妖精の気配をたっぷり吸った野草のスープ。
空腹ではなかったはずなのに、野草の甘い香りが胃を撫でる。
「しちゅーってやつの作り方わかるか? 俺はもちろんわかるぞ」
「友人から作り方のメモはもらってるんだ」
妖精は伝える能力が高いのは有名な話だが、受け取る能力も高いのか。
いや、調理に関する能力か? これは研究する必要があるかもしれない。
「いいやつだな、だがなんで材料の絵は描いてくれなかったんだ?」
「あいつは冒険家で、材料は書かないんだ」
妖精には会話する知能はあっても、文字を持たないらしい。
魔法なんかでなんでもできる弊害かもしれない。
「しちゅーってのははじめて聞いたし食ったことないんだけど、どんなのなんだ?」
「野菜がほどほどに煮込まれてて、ちょっとクリーミーなスープ」
怪訝そうな顔で目の前まで近づく妖精。
横から差し込む夕日で、茜色をまとったようで可愛らしい。
小麦色の髪が細かな影を落として、少しのまつ毛も愛らしく見える。
「この野草はべつにとろとろしないぞ? 大丈夫か?」
赤ん坊よりも小さく、それでいて完成された顔を指で撫でる。
やわらかい。
弾力はふわりと、毛穴や汗は感じない。
温度はほんのり暖かい。
肩も膝もどんな関節も小さい。
「大丈夫、お前がいれば」
「な、なにがだよ! 俺をそんな掴んでも解決しないぞ!」
なぜか赤面している。
その体を麻縄で縛っていく。
手首を縛り、腕を胴体にくっつけてぐるぐると巻く。
「なんだよ、なんなんだよ、何か言えよ」
沸騰前の水に丸い黄色の果実。
これは芋のような役目を果たす。
皮は溶けるから洗うだけでいい。
一口大に刻んだ赤い野草を沸騰した鍋に入れる。
赤から深い緑色に変わるまで煮込む。
ダシが出てコクが出るし、出涸らしも食感がいい。
橙色だがラフクによく似た太い植物の根をすりおろす。
生のままだと少し辛い。
水分をよく含んだそれを妖精につけていく。
「いやだ、いやだよ、なんかいってくれよ、おれを、たべる……のか?」
やっと気づいたらしい。
赤い野草の色が変わり始めている。
妖精は服も食べられる。
妖精の髪は美味しいから、それが素材の服も、ということらしい。
気持ち悪いことだが、金持ちの道楽は素晴らしい。
妖精に食材を持ってこさせて、それと一緒に妖精も調理。
トリュフを見つけた豚をトリュフで料理するみたいだ。
こんなことを、こんな島を作ってまでやってるんだからな……。
気持ち悪いが、妖精は美味いからしょうがない。
「お前を入れればシチューはミルクを入れなくても甘く美味しい」
「なんで……俺は、お前を……何か、何を……」
妖精の体をシチューに入れる。
さらさらとしていたスープは粘度を増す。
顔は赤く、とても熱そうだ。
「あっづい、やっめでぇあづっぶごっごぐぁら……」
縄も服も暖かなスープに溶ける。
木の匙でかき混ぜ、椀に汲み取って味見。
新鮮な野草のコクに、奥深い甘味が足されている。
これで死ななかったら、2度ダシを取れそうだが、だいたい死ぬ。
死んだ妖精からはダシが取れないし腐るのが早い。
妖精の足を掴んですくい上げる。
小さな手が己の耳を塞ぐように添えられている。
茹でられて死ぬ妖精はだいたいこのポーズだ。
煮込まれてる野菜の声が聞こえて怖がっているんだ。
妖精の体は柔らかく、脆く、歯応えがある部位は少ない。
だけど、それは小さな弱い生き物だと知らせるようで悲しくなった。
可哀想で、悲しくて、愛らしいのに、どうしようもない。
肉を食べているという感じはしない。
果実のように優しい味。
よく熟れた木の実のよう。
野草を切ったまな板で、バラバラにしていく。
動物を調理する時関節でなければ切れない骨、断ち切れない筋肉なんてない。
むしろ、適当に切ったほうが食感を楽しめるだろう。
火を消した鍋からスープを移す。
妖精の肉の量に合わせた量の野草。
完璧な野菜のスープのできあがり。
「いただきます」




