64.朝の騒がしい出来事
真琴がいなくなってから半月ほど経った。それでも庭の手入れは変わらずに進んでおり、敷地の外周を囲んでいる鉄柵に絡められた野ばらは間もなく半周に届きそうだ。
柵の側では黄色いふさふさのしっぽが行ったり来たりしながら揺れている。花壇の主がいなくても、今日も朝からせっせと手入れを欠かさない働き者だ。
「ルースーは手を抜かないでよく頑張るよね。真琴がいないんだからもうやらなくてもいいんじゃない? ロミが飽きずに運んでくるから仕方ないのかもだけどさ」
「マコさまはちょっと遊びに出かけただけなのです。だからその間にもこうして手入れをしておくのがルースーの役目、決して手を抜くことなんてできないのです」
「まあ別にほかにやることがあるわけじゃないから止めはしないけどね。いつも頑張ってるなって感心してるだけだよ」
「そんな。ライさまにほめられるなんてとっても光栄なのです。やはりルースーはお屋敷には欠かせない最高のメイド。どこぞの白い戦闘狂とは違うのです」
その言葉に耳をピクリとさせたのは当然白狐メイドのチャーシである。僕は間に挟まれてどうにもできない気まずさを感じていた。
「ちょっとルースー? 今の言葉は聞き捨てならないの。お屋敷の中にいないと何の役にも立てないありふれた黄色の狐ごときが、ライさまに常に寄り添ってお守りしているチャーシにかなうはずがないもの」
「ふふん、白狐の分際でライさまをお守りしていると言うのです? もはやライさまはチャーシよりも強くなっているのです。つまり白狐の護衛なんて必要なくなっているのです」
「ななな、なーに生意気言って! チャーシにはライさまのお背中をお守りする役目がちゃーんと残っているんだもの。意味もなく土とたわむれているルースーの行動こそ、毎日無駄なことをしてむなしくないのか疑問だもの」
もうこうなったらなかなか止められない。僕はあきらめて学校へ行く支度をしようと家の中へと戻った。朝の訓練はあまりはかどらなかったから帰ってきてからまたやることにしよう。
「あらライさま、訓練はおしまいにゃ? もう一眠りするならベッドはもう完璧に整え終わってるにゃ」
「いや、今日は学校で授業をやらないといけないから着替えたら出かけるよ。ん? なんでシーツが二枚? 真琴の部屋は使ってないんだから毎日シーツ取り換える必要ないだろ?」
「んにゃにゃ、シーツは毎日取り換えるものなのにゃ。たとえもしまんいち使ってないとしても、毎日整え直すのがメイドの役目にゃ」
「へえ、そんなもんかなぁ。僕には無駄なことしてるようにしか思えないけど?」
「いいのにゃ! メンマの自己満足なのにゃ! 早くしないとあの黒猫が来ちゃうから急ぐにゃー」
そういってメンマはうす紫色でふさふさの毛をひるがえして走り去っていった。そのあとを追うように、ワンテンポ置いて二階から黒い影が駆け下りてくる。
「あっ、ライさま! 丁度いいところにいたのだわ。あの紫の泥棒長毛種を見なかったか教えてほしいのだわ。ナルがライさまの部屋へ行ったらすでにシーツが取り換えられていてズルをされたのだわ」
「そんなのどっちがやってくれてもいいと思うんだけど……」
「いいえ、ナルがライさまの担当、メンマはマコさまの担当って決まっているのだわ。それをかすめ取るなんてとんだ泥棒猫なのだわ」
「でもほら、真琴がいないからやることなくてつい手を出しちゃったんじゃないかな。ナルの仕事が減って楽できたと思えばなんてことないだろ?」
「仕事のないメイドなんて役立たずでしかないのだわ。それともライさまはナルのことを役立たずでいいと? そんな風に思われたらナルはショックで寝込んでしまうのだわ!」
「いや、そういう意味じゃないんだけどさ…… ああそうだ、これから学校へ行く準備をするんだけど、こないだ片づけてもらった教材を出してもらえるかな? ほらちゃんと仕事あるだろ?」
「…… ナルは片づけるところまでしかできないのだわ。ライさまのご要望にお応えできないなんて、いくらナルがベッドメイキングをカンペキにこなすつやつやで美しい黒い毛並のカンペキメイドだとしても、きっと意味がないのだわ」
「そんなことない、そんなことないから落ち込まないでってば。じゃあ今から僕が用意をするのに資料と教材を引っ張り出すから、その後片づけておいてもらえるかな?」
「えっへん、それならナルの得意分野なのだわ。カンペキな片付けでライさまのお役に立つことをお約束するのだわ」
ようやく機嫌がなおったナルは、気品あふれる黒猫だと言わんばかりに僕の後をついてくる。それにしてもナルは他のメイドとは性格がちょっと違う気がする。
メイドたちは全員ラーメン関連から名前をつけてるはず。だからきっとナルトが由来だと思ってるんだけど、もしかしたらナルシストだったりして、なんて考えていた。
それにしても、みんな真琴がいなくなっても今までと同じように自分の仕事をこなすなんて偉いもんだ。一週間くらいは何もする気がなくてグウタラしてた自分が情けなさすぎる。
今日も朝からずいぶん慌ただしかったと言うか、相変わらずライバル心が強くて大変と言うか、すでに疲れてしまった。でも仕事として受けてるんだからちゃんと授業をしに行かないとまずい。
あんまり適当な生活しているとマイさんに軽蔑されちゃうかもしれない。これ以上様子見に来られると気まずくて観光案内所の前を通ることすらできなくなりそうだ。
そんな反省をしながら部屋から出た僕は、階段を下りてキッチンへ向かった。マーボに頼んでおいた子供たちのおやつを受け取ってから出発だ。
「マーボ、おやつできてる? もうそろそろ行こうと思うんだけど、準備はどう?」
「もちろんライさまのご指示通り準備を整えてございます。なんといってもマーボは優秀な調理人でございますから」
「ありがとう。マーボは他と張り合ったりしないから助かるよ。今日も朝から大変だったんだんだよ? なんでみんなあんなに張り合おうとするのかなぁ」
「それはダイキさまがそのように創造されたからでございます。マーボたちは基本的に決められたことしかできません。そのほかもやろうとはしますが、はっきり申し上げてポンコツでございます」
「ま、まあ言い方は悪いけど確かにそういうとこはあるね。でも得意なことがあるだけで十分だと思うよ? それと張り合うのとの関係はわからないけどさ」
「ですので、将来的に自己拡張性が備わる可能性に賭けたのでございます。他のメイドのすることを学習し、より汎用性を高く持たせようと言う試みでございますね」
「その結果、張り合う機能はちゃんと備わったけど学習はされてないってこと? じいちゃんったら余計なことを思いついたもんだよなぁ」
「一応の完成形としてハンチャがおりますが、ハンチャはハンチャで屋敷内から移動できないと言う制限の元、マーボたちよりもはるかに高い汎用性と高い能力を実現できているのでございます」
「ってことはそれぞれ個性的でいいってことかな。僕は別になんでもできてほしいとも思ってないし、今何の不満もないからね。あえて言うならケンカはしないでほしいけどってくらいかな」
あきらめに近い感情もわいたけど、ライバル心自体はあっていいのかもしれないとも考えていた。きっとその刺激もハンチャやメイドたちの個性形成に役立ってるんだろう。
こうしてようやく出発にこぎつけた僕は、マーボからおやつの包みを受け取って家を出た。だけど待てよ?
見送ってくれたマーボが持っていたもう一つのお菓子の包み、あれはいったい誰の分なんだ?
メイドたちは食事をとることができないはず。まあきっと作りすぎたから取っといてお茶の時にでも出してくれるんだろう。
僕はそんなことを考えながら学校へと向かった。