59.妹は魔王
たった今ここで討たれた戦士は、ドーンの説明にあった通りトラストの街へと飛ばされたようで、その場から姿が消え去っていた。
「お、おい! 今のは一体何事だ!?
この魔獣の特殊能力か何かか?」
「わからないが周囲を警戒した方がいいかもしれない。
何かが飛んできたようには見えなかったが、愚鈍な魔獣にあんな早業出来るはずがない。
どこかに潜んでいる敵がいる可能性は十分ある」
そんな会話を聞きながらほくそ笑んでいた真琴は、岩壁から少しだけ奴らを覗き込むとボソボソっと呪文を唱えた。その直後、残っている九人のプレイヤーたちの頭上から雷のような電撃が落とされ、やつらは全員その場にうずくまった。
「おい真琴、何してるんだよ!
今日は様子見だったんだろ?」
「なんかね、想像より全然弱くて拍子抜けしちゃった。
だからもっとやる気出してもらおうと思ったの。
ちょっと行ってくるからここで待っててね」
「待て、待てってば、やり過ぎるんじゃないぞ!?」
だがその言葉は真琴には届いておらず、動けないでいる奴らへ次々に攻撃魔術を撃ちこんでいる。どうやら加減はしているようで倒れたプレイヤーたちはその場にとどまっているが、パッと見で瀕死なことは明白だ。
これ以上の残虐行為を止めたい気もするが、かといって僕が真琴を止めて奴らを助ける道理はない。こんな一方的な蹂躙を、今はただ見守るしかできない自分がもどかしくて僕は拳を握りしめていた。その間にも蹂躙は続き、結局最初の一人を覗いた九人がその場に転がされていた。
僕があっけにとられてぼーっとしていると、真琴はそんな死屍累々な戦場へゆっくりと歩み出た。慌てて手を伸ばしたが背中は遠のくだけで引きとめることは出来なかった。そんな妹の逞しい背中越しに、身を焦がす呪文より残酷な台詞を聞かされた。
「人間族最強って話だったけどまったく歯ごたえなかったね。
そんなことじゃ世界征服どころかダンジョンでも全滅しちゃうよ?
もっと強くなって貰わないとつまらないんだよねぇ。
だから今日はこのくらいで帰ってもらいまーす」
「ぐっ、お、お前は何者なんだ……
その角…… 魔人、と言ったか……?
まさか、ま、魔王なのか!?」
「そうだなぁ、魔王でも別にいいかな。
早く強くなってマコのこと倒しに来てよね。
これから月に一度くらいはダンジョンまで来ること。
来てくれなかったら人間の街を滅ぼしちゃうからね。
それじゃまたねー」
真琴は楽しそうに、そして冷酷に理不尽な要求を言い放つと、倒れている九人へ様々な呪文を飛ばして燃やし押しつぶし、切り裂いて爆発させた。誰もいなくなった地面には、飛び散った血や人型に焼け焦げた跡が残されておぞましい光景に変わっている。
だがなにより恐いと感じたのは、この惨劇を興して満足げに笑っている妹と、その行動を心の中で否定しつつも見ているだけでなにも出来ない自分の弱さを認めることだった。
それでも言うべきことは言わなければならない。これは善悪ではなく倫理観の問題だ。一応敵対していると言えるので傷つけようが命を奪おうがかまわないがやり方と言うものがある。
圧倒的な力の差があるんだから瞬殺してやればいいはず。それを嬲り殺すのは娯楽で狩りをしている奴らと同じだ。僕は真琴にわかってもらおうと説明を始めたが、どうも会話がすれ違ってしまう。
「お兄ちゃんはわかってないよ。
あれは警告なの、脅してるんだから怖いことしないと意味ないじゃん。
あの人たちが弱すぎるのがいけないんだよ。
だから早く強くなってほしかったってわけ」
「それなら脅すだけで充分だろ?
あんな風にじわじわいたぶるなんて真琴にして欲しくないよ。
どうせあいつらに勝ち目なんて無いくらい力の差があるんだからさ」
「もう、お兄ちゃんってば甘すぎいー
ああやって追い詰めないと本気になれないでしょ?
それに本当に死んじゃうわけじゃないんだから大丈夫だよ。
おかげでマコのお財布はホックホクだしねー」
そう言えばあのポンコツ神が、プレイヤーを倒すと奴らの所持金からいくらかが入ってくるのだと言っていたことを思い出す。確かに真琴の言う通り、たとえ死んでもいくばくかの金銭を失いトラストへ戻されて生き返るだけだ。
だからこそ真剣に頑張ろうなんて気は起きないだろうし、非現実的な異世界でちょっとした冒険を体験するだけで満足していたように思う。そこに突然訪れた未曽有の危機に直面したことで少しは変わるのだろうか。
そんな疑問を抱くのも当たり前で、たとえトラストが、人間が、この世界が滅びようともプレイヤーたちには何の関係も無いからだ。責任もなにもない立場のやつにやる気を出させるなら、脅しよりも飴を見せた方がいいんじゃないだろうか。
だが僕の心配をよそに真琴はまだ何かするつもりのようだ。不敵で不気味な笑みを蓄えながら作戦を説明すると息巻いている。
「さあお兄ちゃん、次は人間の街まで行くよ。
マコが本気だって言うことを示してあげないといけないからね」
「まだ何かするのかよ。
まさかトラストを滅ぼすとか言わないだろうな?」
「それはもっと後にしておくよ。
まずはどんなところか見てみたいだけ。
お兄ちゃんだって興味あるでしょ?
何なら帽子でも被って角隠しておく?」
「そうだな、僕は帽子が必要になるのか。
真琴は魔術で擬態できるからいいよなぁ」
「お兄ちゃんは頭に帽子を生やせばいいんじゃない?
それともマコが作ってみようか?
角が真っ直ぐだからシルクハットみたいなのが必要かもだけどさ」
結局真琴は僕の帽子を作ってから自分の角を隠して準備を整えた。そのままバイクにまたがって夜通し走り続ける。二日ほどでトラストへ着いた僕たちは、初めて人間の街へと足を踏み入れたのだった。