52.未来への道筋
僕が初めて魔力放出系の魔術を使った日から数日、庭では相変わらず僕と真琴の立ち合いが練習の中心だった。あの時に僕が怪我をしてしまったこともあるが、それよりも今の段階で自分が出来ている部分を伸ばしたいと思っているから、それと怪我をしてしまうなら誰かに勧められる方法でないと感じたからだ。
「よし、では今日はこのくらいにしておくかの。
マコは急に出来るようになってきて驚きじゃ。
どうやらコツでも掴んだようじゃな」
「そうなのー、マコったら気が付いちゃったんだー
これあるでしょ『スマメ』ここに魔力って数値が書いてあるんだよ?
だからこのうちの1だけ使えば良いってことなんだよー」
「真琴の言い分はわかるけどさ、そんな簡単なものなのか?」
「そりゃそうだよー
頭の中に浮かべたことで魔術が使えるならそのことを考えればいいだけだもん。
だからこないだトゲがいっぱい刺さったのはお兄ちゃんがそう考えたからだよ」
「うーん、あれもうすうすそうじゃないかと思ってたんだよなぁ。
だけどもしそうだとしても少しは刺さないとダメだよな?
それならロミやマハルタでも同じようになるんじゃないか?」
「ライは他人の魔力を体内へと引き込む特異体質だからの。
同じ体質の持ち主なら同じことになるじゃろう。
しかしそうでない者ならトゲが極端に伸びることなぞ無いはずじゃ」
「なんでそれを先に言わないのさ?
ポチも真琴も自分たちだけわかって満足してるだろ……
もうちょっとこうさあ、出来ない人に寄り添うとかできないわけ?」
「これは笑止、お主もすでにデキる側に立っているのだぞ?
しかもデキない側からデキる側になったのではないか。
一番の理解者になれる素養はどちらにあると考えるのじゃ?
そのお主がやれないと決めたことにおいそれと口は出せんよ」
このヒヨコドラゴンの嫌味ったらしい言い方が癪に障るのは、僕が引け目に感じる部分があると自ら証明しているようなものだ。それに言われていることがもっとも過ぎて、この気持ちをどこへ吐き出せばいいかわからなくなった僕は、うつむきながら自室へと戻るしかなかった。
翌日になり授業のために学校へ向かう前に、ポチから貰ったトゲの魔術棒を軽く握った。そのまま魔力を込めてはみるが、やはりこの程度では魔術は使えないようだ。僕は帰ってきてからロミとマハルタへこの魔力棒のことを説明し、魔術が使えるようになるか、やってみたいかを確認するつもりだ。
マハルタはすでに学校へは行っていないが、見習いとして毎日裁縫屋へ通っていて夜には帰ってくる。しかしロミは不定期に森とマーケットを行ったり来たりしていて、その行動は予測不能だ。
「真琴、僕は学校行ってくるからね。
ロミが帰ってきたら話があるから予定を聞いておいてよ。
できれば夜にマハルタと一緒がいいんだけど」
「わかった、連絡しとくね。
お兄ちゃんからロミちゃんの人生を変えるようなお話がある、ってね」
「言い方…… ホント真琴ってそういうの好きだよなぁ。
ワイドショー好きなおばちゃんみたいだぞ?」
「お兄ちゃんこそ! その言い方ー!
ピチピチの十歳乙女に向かって!」
十歳は乙女ではなく女児だろと言いそうになったが、そこは兄らしく言葉をぐっと飲み込んだ。真琴はこっちへ来てから重苦しい日々から解放されたかのように明るくなった。それだけではなく魔術を使えるようになったこととその能力が高いからか、自信を持って堂々と立ち振る舞えているようにも見える。
ただそれが過剰に現れることも多々あって、もしかしたら僕の方が弟なんじゃないかと感じることもある。妹が頼れる存在であることは間違いないしそれ自体は嬉しいのだが、手が離れていくことはなんだか少し寂しい気分だ。あれ? もしかして僕はシスコンなのか?
そんなことを考えていたからか授業にはあまり身が入らず、生徒たちには申し訳ないことをしてしまった。とは言っても、受け持ちは魔術とは違って努力次第で誰でもできる計算、つまり算数なのだから極端な落ちこぼれはいないし心配事は少ない。
この学校での最初の難関は、僕も詰まって絶賛投げ出し中の魔術基礎であり、すなわち魔術への適正と言うものだ。数世代前から起きたこの現象の原因はわからないが、解決の糸口がつかめたかもしれないこの機会を逃さないようにすべきだろう。
言い方は悪いが、自分自身やロミ、マハルタを実験台にして研究が進めば、魔術が使えなくて悩んでいる人たちを減らすことができるかもしれない。とは言っても普段の生活で極端に困ることもなく、どちらかというと劣等感の軽減を期待すると言った方が正しい。
弱者を救うなんて偉そうなことを考えているわけではないけど、この世界を救った爺ちゃんに少しでも近づけるよう何ができるか模索くらいはしたいものだ。今はまだ出来ることが少なくても、いつまでも真琴に頼ってはいられない。
そんな考え事をしながら歩いていたらどうやら表情に出ていたようだ。
「雷人君、なにか悩み事でもあるんですか?
随分と険しい顔をしていますね」
「あ、ああ、ちょっと考え事をしていてね。
マイは歴史の研究や後世の育成とか頑張ってるだろ?
真琴も魔道具の研究で工房に出入りするようになったしさ。
僕も誰かのためになにかできないかなって考えていたんだよ」
「そうですね……
ですが、私がしていることは過去を伝えるだけのものです。
真琴様のように未来へ繋がるような素晴らしい成果を残しているわけではありません」
「いくらなんでもそれは謙遜しすぎだよ。
過去を知り護り伝えることなんて、誰にでもできるなんてもんじゃないからね。
もっと胸を張っていいと思うんだ」
「そう言っていただけると嬉しいですね。
雷人君の強化魔術もきっと未来へ進む一つの答えだと思いますよ。
だからもっと自信を持って頑張りましょう、お互いに」
マイに言われるとなんだか力が湧いてくるような気がして、僕はさっきとは違ってすっきりとした表情で自宅への道を歩いていた。