36.妹の嫉妬が強すぎる剣
思いがけない出来事を現実感もなく受け入れきれていない僕は、マハルタが帰って行くのをぼーっと眺めていた。この魔人だらけの村でもあまり見かけない、僕と同じ直線角を持った同世代の女の子の後姿だ。
「お・に・い・ちゃああああん!?
いつの間に彼女なんて作ってるのよ!
マイちゃんのことはどうするの!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、勘違いもいいとこだ。
さっきの子は真琴も数分だけクラスメートだったじゃないか、と言っても覚えてるはずないよな。
魔術基礎クラスのマハルタで僕と同じ落ちこぼれさ。
授業に出てない僕を心配してくれたみたいだね。
大体マハルタとマイさんはなんの関係もないじゃないか……」
「ふーん、あの子マハルタって言うんだ。
同じクラスってだけでわざわざ来るはずないじゃん!
少なくともそれくらいする程度には仲がいいってことでしょ?
お兄ちゃんってばなんにも教えてくれないんだからさー」
「いや、本当に仲良くもないし話もそんなにしたことないんだってば。
もしかしたらカナエさんの差し金かもしれないなぁ」
「副校長先生が? なんで?
お兄ちゃんに来てもらいたいから?
それなら直接言って来るんじゃない?」
「だから可能性だよ、そう言うことも考えられるってことさ。
まあ実際のことはわからないから考えても無駄だよ。
そのうちわかる日が来るかもしれないし、考えすぎない方がいいって」
こうやって真琴をたしなめることが出来た僕が安心して眠れたのはこの日だけだった。
◇◇◇
「ライト君、迎えに来たわよ。
さ、学校へ行きましょ?」
「な、なんで迎えになんて来たんだ!?
昨日約束したっけ?」
「私はそのつもりだったんだけど…… 迷惑だった?
もしそうならごめんなさい、嫌われたくて来たわけじゃないの、それは信じて?」
「もちろん疑ったり迷惑だなんて思ってはいないさ。
唐突だったから驚いただけ、そう、驚いたんだよ」
またもやモジモジと科を作っているその様子はやはり…… すぐ後ろにいるチャーシは耳元でささやいた。
「ライさま、今日の護衛は見えないところで離れているのでご安心を。
帰りにはマコさまへの手土産を忘れないことね。
それまでのご機嫌取りは、メンマとルースーがやってくれるはずだもの」
「どうしてこうなったんだ?
僕はどうしたらいいと思う?」
「さあ? よく観察したらいいと思うわ。
行動には理由があるはずだもの」
理由か、今のところ考えられるのは、自分で言うのもなんだけどマハルタが僕に好意を寄せているからだ。しかしそれにしたって唐突過ぎる行動に出られて戸惑うしかない。今まで何の切っ掛けもなかったのに一体どういうことなんだろうか。
それよりも真琴が二階の窓からこっちを見ているのが振り返らずにわかってしまい、今のところ一番気になるのはそのことだった。もしかしてその視線にも魔力を込めることができるんじゃないかと思うくらいだ。
「とりあえずわかったよ、学校行く用意をしてくるから待っててくれる?
いや、ちゃんと行くから先に行っててもらっても構わないよ?」
「ううん、一緒に行きたいからここで待ってる。
今日もその獣人の従者は一緒に行くの?」
「いいや、今日は僕一人だ、うん」
そういうとマハルタは頬を赤らめながら、にっこりと可愛らしい笑顔を見せる。僕は正直言って心がときめく気持ちだったが、かといって恋をするなんて感情が自分に備わっているとは考えていない。僕にとって恋愛なんてものは真琴が幸せをつかんだ後に考えることであって、自分が真っ先に享受するものではないのだ。
だから万が一にもマハルタといい関係になろうだなんて思ってもいないのだが、制服に着替えて自分の部屋を出ると、そこには真琴が腕を組んで仁王立ちしていた。まあこうなることは十分予想していたのでなんてことはない。問題は何を言われるか、だ。
「お兄ちゃん、クラスメートって言ってたのにおかしくない?
なんでこんなところまでざわざわ迎えに来てるの?
相手がマイちゃんならいいかなって思ってたけどさ。
全然知らない子と仲良くしてるのはなんかヤダ!」
「僕も戸惑ってるんだよ。
約束もしてないのに急に来ちゃってさ、どういうことだろうなぁ。
なにか企んでるのかとか疑っちゃうよ」
「ダメダメ、いくらなんでもその考え方は失礼だよ。
お兄ちゃんはカッコいいから女の子にモテて当たり前だし。
でもマコの知らない子が相手なのはヤなの!」
完全なわがままだけど言い分はよく理解できるし、僕も多分同じ気持ちになるだろう。お互い依存しすぎな気もするが、どちらにとっても最後の肉親なのだからある程度大げさになってしまうのも仕方ないが、それにしても今日は押しが強くてビックリだ。
「お兄ちゃん、マコったらわがままでダメな妹だね。
でももしあのマハルタって子と付き合う時が来たらちゃんと紹介してよ?
別にあの子がキライなわけじゃないんだけど…… うまく言えないの」
「だからそんなんじゃないんだってば。
向こうがどう思ってるかもわからないしさ。
折を見て、どういうつもりなのかちゃんと確認してみるよ」
そう言ってから安心させようと真琴の両手を握った。すると――
「いてっ、なんだ、なにかしたのか!?
ちょっと真琴! 何とかしてくれー!
つぅー、痛い痛い!」
なんと、真琴の手のひらからは小さな針が無数に生えており、まるで剣山のようになっていた。その針の山は当然のように僕の手のひらを貫通し、多量の血が床へと滴り落ちていた。