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19.慰めと希望

 もしかしたら全く売れないんじゃないか、そんな危機が去り一安心していたが、肝心のお礼を言って無かったことに気が付いた。


「あの、お姉さん、ありがとうございました。

 無一文だったのですごくうれしいです!」


「ロミ、アタシはロミって言うんだ。

 大体毎日ここでジュース売ってるよ。

 観光客がいないとあんまり売れないんだけどね。

 それにしても人間でもないのにニンニク料理作るのは珍しいよ。

 お兄さん見ない顔だけど流れものかなんか?

 獣人の従者なんて連れてるから金持ちっぽいのにマーケットとはね」


「えっと、僕たちは…… 最近引っ越してきました。

 旅の途中みたいなものですけど」


 我ながら苦しい言い分だが、丘の上の屋敷に越してきたと言うと騒ぎになるかもしれない。うまい言い方を思いつくまでは適当にごまかすのが一番だ。しかし――


「ロミちゃんっていうんだね。

 マコは真琴、お兄ちゃんは雷人って言うの。

 昨日、あそこの上にある家に引っ越してきたんだよ」


 真琴はそう言って自分たちの家を指さして説明してしまった。事前に言っておかなかった僕が悪いのだが、なんとなく察してほしかった……


「へえ、あそこってお化け屋敷じゃなかったのか。

 誰も住んでないのに結界が張ってあって村長たちは入っちゃだめだって言うしさ。

 アンタたちみたいなちょっと変わったお金持ちのお屋敷だったんだね」


「そ、そうなんです、お金持ちではないんですけど、先祖の遺産で……

 家しかないので現金は本当に今のだけなんですよ」


「そっか、アタシはよくあの裏の森へ行って果物を採ってるんだ。

 結界の外は敷地じゃないよね?

 もしアンタたちの土地で勝手に採ってたなら謝るけど」


「ううん、だいじょぶだよ。

 マコたちんちの敷地は全部結界の中だって言ってたもん。

 でも森は入っちゃいけないんでしょ?」


「アタシはこれでももう大人だから平気さ。

 子供には危ないから先生とかは止めてるけどね」


 先生とは校長夫妻のことで、きっとこのロミも学校の卒業生なのだろう。活発な印象を受けるがやはり曲がった角を持っているし魔術が得意に違いない。もう少し話を聞いてみたかった気もするが、ジュースを買いに来たり、こっちも興味を持つ人が現れたりしてバタバタしてしまった。


 ようやく手にした現金は真琴へ全て受け渡し、ルースーと一緒に買い物へ行かせた。マーケット広場の範囲程度なら、危険を察知した瞬間にチャーシが即駆けつけられる距離らしい。いつの間にか混雑してきたマーケットでは活発に取引がなされていて見ているだけでも楽しかった。


 だが夕方になり時計台から鐘の音が聞こえてきたころには人もまばらになっており、出店者はもうほとんど残っていなかった。そして僕たちはあれから一人にしか売れなかった餃子をまた持って帰る羽目になったのだった。



 僕がトボトボと歩いている横では、真琴がご機嫌でスキップをしているし、手を繋いでいるルースーも機嫌が良さそうだ。チャーシはいつも通り冷静だがバットに入った大量の餃子を持たされて不満そうに見えなくもない。


「明日にでもまた売りに行くか、それとも諦めて自分で食べるか……

 まさか魔人はニンニクを好まないなんてなぁ、そんなの知らないっての」


「お兄ちゃんどんまいだよっ!

 次はラーメンでも売ってみたら?

 マコはお兄ちゃんの作るラーメン大好きだよ?」


「でもチャーシューやスープの材料がないからなぁ。

 まさかガラスープのもとになる鳥を捕まえるところからなんてやってられないよ」


 チャーシューと言った瞬間にチャーシの耳がピクっと動いたのが見えた。まさかラーメンの具にされるだなんて思わなかっただろうが、ただでさえ売れ残りの餃子を持ってもらってるのに気分を損ねることを言っては申し訳ない。


「チャーシとチャーシューって似てるもんね。

 びっくりさせてごめんよ」


「でもメンマなんてそのままだしナルはナルト、マーボも麻婆豆腐でしょ?

 ハンチャはチャーハンか半チャーハンセットだね。

 お爺ちゃんったら面白いよね、でもルースーはなんだろう」


 あえて言わなかったことや、言ってほしくない事もズバズバと言ってしまうこの妹の図太さは、恨めしくもあり羨ましくもある。ここまで来たら開き直るしかない。


「ルースーは青椒肉絲って料理からだと思うよ。

 ピーマンと肉の細切り炒めって食べたことあるだろ?」


 真琴はルースーにくっつきながら笑いながら盛んに頷いている。何処がツボなのかわからないが、楽しくて仕方ないらしい。でもご機嫌な理由は、無事に買うことが出来た何かの花の種とバラの苗木のせいだろう。


 とうとう鼻歌まで歌いだした真琴の声に気が付いたのか、マイがこちらへ走ってきた。観光案内所までもう少しと言うところではあるが、まさか表で帰りを待っていたのだろうか。


「雷人様、真琴様、お帰りなさいませ。

 売れ行きはいかがでしたか? その山積みを見るとあの……」


「はあ、どうやら好みに合わなかったみたい。

 ニンニクが入ってる料理は苦手は人が多いなんて知らなくて……

 でもこれは向こうから持ちこんだのでわざわざ作ってないから手間は少なかったけど……」


「確かにニンニクを好む人は少なくて肉体労働をしている人くらいでしょうか。

 私も異世界の食べ物に興味を覚えはしますが……

 ちなみになんと言う食べ物なのですか?」


「これは餃子と言って小麦の皮で具材を――」


「これが餃子なのですね!

 すごい! 文献で名前は知っていましたが実物は初めて見ました。

 長い歴史の中で失われてしまった、初代様のもたらした食べ物の一つです。

 他にも失われた料理が存在するのですが、雷人様は作ることができるのですか?」


「いや、えっと作れるものは少ないんだけど……

 でもどんなものか教えることは出来るかと――」


「それはありがたいことです!

 ぜひ文献編纂にご協力くださいませ!

 あ、今すぐにと言うことでは無く、お手すきの時に少しずつという意味です。

 ちなみに…… 餃子を少量譲っていただいてもよろしいでしょうか?」


「あの…… 持って帰るので無理はしないでいいよ。

 良かったら一口食べてみる?」


 僕はそう言って餃子を小さく切り分け、用意してあった爪楊枝を刺してマイへと勧めた。一つ摘まんだマイは目の前に掲げたまま、口へ運ぶのをためらい悩んでいる。そこへすかさず真琴が手を伸ばしひとかけらを自分の口へ入れた。


「うーん、こんなにおいしいのになぁ。

 ニンニクとかネギとか入れないで作ればいいのかもね。

 そしたらお兄ちゃんはこっちでもラーメン屋やらなきゃいけないかもだけどー」


「出来れば僕は違う仕事がしたいよ。

 早く餃子を売りきらないと、まだ麺が百玉くらいあるんだから。

 この分だとエビチリも不人気そうだし悩むなぁ」


 真琴の提案に僕が愚痴っぽく返すと、マイは同情してくれたのか思い切って餃子を口へ放り込んだ。しかしやはり口には合わなかったのか、先ほどのロミ同様渋い顔である。


「ごめんなさい、やはり私には無理でした……

 でも確かに具材が違えばおいしいと思います。

 薄い皮がツルツルしていて舌触りはいいですしね」


「でも食事が必要ないわりにはマーケットの食料品は豊富だったね。

 あれは観光客向けなのかな?」


「いいえ、私たちも日に一度くらいは食事を取るのです。

 確かに食事は必要はありませんが、食は楽しみだと言うのが初代様の教えですから。

 工房がある南門側にはいにしえのラーメンを再現した温麺屋もあるのですよ」


「ホントですか!? じゃあ麺はその店に引き取ってもらおうかな。

 エビはどうですかね? こっちでも食べているなら調理するんだけど……」


「領主様が持ち込んだエビが同じ種類かはわかりませんが、こちらにも何種類かいますね。

 良く子供たちが公園の池で釣っていますよ。

 素揚げや焼きエビにして食べることが多いかもしれません」


「やった! それなら下手にエビチリにするよりずっと楽に作れそうだ。

 うちのマーボはクッキーとかも作れるんですがそれはどうですかね?」


「クッキー! いいんじゃないでしょうか。

 私も好んで食べますし、甘いものが好きな人は多いですよ。

 食事よりはお茶やお酒のお供のほうがいいかもしれませんね」


「なんか希望が湧いてきた!

 餃子を食べながら次の手を考えます、ありがとう!」


 こうして現実の厳しさと人のやさしさを同時に味わうと言う、僕のマーケット初体験が終わった。


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