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14.村へと向かう

 真琴はすっかりマイに心を許したようで一安心だ。今までは学校も行きたがらず友達もいなくなり寂しい日々を送ってきた。もちろん真琴に非があって学校をさぼっていたわけじゃない。


 ダメな父親に愛想を尽かして家を出たダメな母親の噂話を広めて、それまで仲の良かった子供たちの関係をめちゃくちゃにした保護者達、それに引き替え突然現れた僕たちを温かく迎えてくれている魔人の村人たち、人としてどちらが善人と言えるのだろうか。


「みんなこの村で産まれて育ったってことかな?

 村に住んでいるのは全員魔人ですか?」


「はい、領主様の従者でしょうか? その方たち以外は全て魔人ですね。

 観光や交易で別種族が来ることもありますが、ほとんどは魔族か獣人です。

 人間はほとんどがトラストという西側の街に住んでいて東側に来ることはまずありません」


「そっか、じゃあおかしな諍いとかはあんまりない感じ?

 近隣で近寄らない方がいい場所とかあれば知っておきたいですね。

 実は不慣れなうちは敷地内に籠っていようと思ってたんです」


「村を囲っている防護壁の内側はもちろん安全です。

 出入り口からこちらのお屋敷までの間も特に何もありません。

 背後の森には獣がいて多少危険なので真琴様一人では出向きませぬよう。

 この丘から見える通り村の敷地は円形状で、お屋敷側が真東になります。

 特別な事情がない限り村を超えて西側へは参られませんようお願い申し上げます」


「西側には人間の街があるから? トラストだっけ? その街は近いの?

 まあわざわざ行くことはないと思うんだけど念のため聞いておきたいですね」


「いえ、トラストまでは馬を飛ばしても六日以上はかかります。

 西側の防護壁の向こう側は岩山がありまして、さらには荒野が広がっております。

 荒野まで出てしまうと風景がどこも似たような岩山だらけで方向がわかり辛く……」


「つまり迷子になってしまうからむやみに出歩くなってことだね。

 よくわかりました、ありがとう。

 マイのように親切で詳しい人と早々に知り合えて助かったよ。

 これからもよろしくお願いします」


「そんな! こちらこそお役に立てて光栄です!

 あ、猫獣人のメイド様が戻って参りました!」


 僕がメンマのほうを振り向くと、なぜか真琴に足を踏まれて思わず顔をしかめてしまう。そのまま真琴はメンマのほうへ走っていってそのまま飛びついた。


「ライさま! お茶っ葉はないそうですにゃ。

 他にも食べ物も何もかもなにもないにゃ!」


「ええっ、それじゃメンマたちの食事はどうすりゃいいんだ?

 お金もないけど村でなにか分けてもらうしかないか……」


「ご心配には及びません、ライさま。

 チャーシたちはオートマタ、本当に生きているわけではないんだもの。

 なにも食べないし飲まないし眠ることもない、週に数時間陽を浴びれば十分なの」


「そうにゃー、メンマたちは休まず働く優秀なメイドなのにゃ。

 でもメンマはご主人様たちが寝ているときはやれることがにゃい……」


「それじゃメンマちゃんはマコと一緒に寝てくれる?

 もふもふしてて気持ちよさそうだからねー」


「む、マコさまの言う事には絶対服従にゃ。

 でも耳を揉みすぎないようお願いするにゃぁ」


 そんなバカ話に気を取られていた僕は、ハッと気づいてマイのほうへ向きなおった。


「そんなわけでちょっとおもてなしの準備が出来ないんだ……

 村にはお茶の葉とか売ってるようなお店はあるのかな?」


「それではその辺りのことや、学校のことなどを案内いたしましょう。

 これからなにかご予定はございますか?」


「えっと、特に何もないけど…… 真琴どうする?

 チャーシがついて来てくれれば不安はないと思うけど無理はしないでいいぞ?」


「う、うん、でも興味はあるし怖くはないから……

 行ってみようかな…… チャーシだけじゃなくてマイさんもいるし」


 真琴の決断を聞いたマイはにっこりと微笑んで、目の前にしゃがんだままもう一度両手を握った。同じ苗字を持っていると言うだけで血縁ではないのだが、それでもなんだか安心できるのはその一挙手一投足に優しさが滲み出ているからだろう。


「それじゃチャーシ、念のためついて来てくれる?

 あとルースーにも来てもらった方がイイかなぁ、花のこととか全然知らないし。

 まあ今日は見るだけになるけど……」


「わかったわ、ライさまとマコさまの安全は保障するわ。

 チャーシがいればどんな危険なことも平気だもの」


「メンマも留守番承知したにゃ!

 でもその間メンマたちは何をしていればいいにゃ?」


「えっと、地下の倉庫から荷物を部屋へ運んでほしいんだけど……

 多分どれをどこへ運ぶのかわからないと思うから帰ってきてから手伝ってもらうよ」


「片付けならナルの出番なのにゃ

 メンマは応援がんばるから安心してにゃー」


 というわけでメンマとナルは留守番として屋敷へと残った。僕らは村長やマイの後について屋敷のある丘を下って初めて結界の外へと踏み出した。



 一旦外へ出てしまえばなんてことはなくのどかな田舎の村ってだけだが、こう言う場所には付き物の田畑はなく酪農をやっている気配もない。やはり魔人は食事をしないのが当たり前だから作物を育てるなんて無駄なことはしないのだろう。


 それにしてもあのアンクとやらへ近づくと、より一層とんでもない大きさだと気付かされる。おそらく学校であろう建物にそびえる時計台よりも高く、五階くらいの高さがありそうだ。ここに魔素とやらが沢山漂っているらしいが、目には見えないのでどうも理解が及ばない。


「お二人ともお屋敷から見えていたと思いますが、あれがアンクです。

 もしどこかで死んでしまったら、ここまでくればすぐに生き返ることができます。

 ですが知らない場所へはむやみにお近づきになりませぬようお願いいたします」


「その…… 村長さんも死んだことがある、んですかね……?

 熊に襲われたりして?」


「はい、子供のころから何度も死んでいますよ。

 そのたび親に叱られたものです、子供らだけで危ないところへは行くなと。

 実はこの村の子供の死因で一番多いのは東の森への探検なのです。

 しかし領主様たちがいらしたおかげでこれからは多少減るかもしれませんね」


 だから領主ではないのだが、いちいち訂正するのも面倒になってきた。屋敷からは五百メートルくらいだろうか。石畳の道をテクテクと歩きてきたが、そこそこ汗ばむ程度で街の門へと到着した。


 とは言っても門は開けたままになっており、大げさな防護壁の存在意義がわからなくなってくる。特に見張りや衛兵などもいないので我が物顔で通過すると、あの時計台の建物はすぐ目の前だった。


 街の中にも石畳が繋がっており、芝生や花とのコントラストが美しい。建物は木造と煉瓦を合わせた独特の造りで古風だけどおしゃれな街並みだと感じる。それだけに輪っかのついた巨大な十字架のようなアンクへの違和感を強く感じていた。でもそう思っているのは僕だけかもしれない。


「うわああぁー、この村ってすごくおしゃれなのね。

 可愛い家と道と花がいっぱい!

 それにあの大きなの、アンクだっけ? あれもかわいいね、お兄ちゃん!」


「あ、ああそうだな…… デカいな。

 この時計台のある建物が学校なのかな」


「時計台のあるこの右手の建物は私の働く観光案内所です。

 その裏に隣接しているのが歴史館で、初代様の偉業が学べる素晴らしい場所なのです。

 向かい側が学校ですが、手前の建物は上級魔術の学び舎、奥が子供たちの通う学校です」


「はー、上級の学校なんてのもあるんですね。

 ただでさえ出遅れてるのに魔術の道は果てしなく遠く感じるよ」


「そうですね、実際に魔術は果ての無いものですから。

 魔神様に最も近付いたと言われた初代様でさえも道半ばだったと伝わっています。

 最後まで極めたとはおっしゃっていなかったとのことですから」


「あの爺ちゃんがそんなにすごい人だったなんて信じられないなぁ。

 いろいろ器用にこなす人だったけど、まさか魔術まで……」


「上級魔術の上達を決定づけるのは魔力と想像力ですからね。

 そんなこともあって、上級学校は大人のたまり場のような学び舎なのです。

 学校を出て社会経験を積んだ後に再び学ぶ、その繰り返しですね」


 日本のように学校で学んで社会へ出るのがゴール、みたいなことはないようだ。魔人には飲食が必要ないから家賃がかかったり嗜好品を求めなければお金を稼ぐ必要もない。その時間を使って勉強をするなんて本当の意味で生涯学習だと思うし、なんだか本質的な自由を満喫している人たちのように感じていた。


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