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才能の女王

 どうにも今日は簡単に寝付くことができなかった。

 いつもは目を閉じて5分で夢の世界へ行っていたのに、俺の意識はまだ現実世界にいる。


東山(とうやま)さんがラノベ作家か)


 なんとも言えない気持ちだ。

 あの後、盗み聞きした作家、東山桃子(とうやまももこ)の1位の作品をインターネットで確認した。

 ストーリーはいたってシンプルなチート主人公系の作品だった。

 すこし読んでみたが、読者をストーリーへのめりこませるのがとてもうまいと思った。

 いままで読んだどのラノベよりも面白く、しかもしっかりと笑える作品だ。

 ギャグの狙い方、ウケかたが分かっていた。


 俺はそれをよんでとても悔しくなった。

 自分が書きたかった、ものがたりを彼女は完ぺきなまでに書いていた。

 俺はベットに横になりなんとも言えない空虚な気持ちになった。

 まるで今までの自分の積み上げたのもが否定されたかのような、そんな感覚だった。

 そんな俺からでた一言目は、


「・・・・・天才かよ」


 その一言しか俺の口からは出なかった。

 左に体を向け、枕元に置いてあった目覚まし時計を見た。

 もうすぐ一日が終わる時間だ。


「さっさと寝よ」


 寝ることを決心して俺は布団に深く体を入れた。


 なんだろう頭が重い。俺は普段かんじない体のだるさを感じ目が覚めた。

 そしてトイレに行きたくなってしまった。

 トイレは一階にある。


「夜の廊下は寒いな」


 今は10月中。少しずつ冬が近づいてきて少し夜は肌寒い。

 トイレを済ませ二階に戻ろうとした時だった。


 ギシ、ギシ。


 何かがあるく物音がキッチンから聞こえてくる。

 まだ半寝だった俺は聞き間違いだと思い、無視した。


 ガシャ、バリバリバリッ。


 何か固いものを食べている音がする。

 俺は聞き間違いでないことを確信し、キッチンの扉をゆっくり開けた。


「・・・入江(いりえ)君。どうしてこんな夜中に」


 冷蔵庫の前に口の周りに茶色のものをつけ、手にはスナック菓子とコーラを持った東山(とうやま)さんがいた。


「えっと、どうしたの東山(とうやま)さん…」


「え、えっと。これは夜中におなかがすいちゃって。つい食べたくなったから。うん…忘れて」


 東山(とうやま)さんはいつもの静かな感じとは違い、焦りが見える様子で早口に俺に言った。

 俺は急接近する彼女を煽てた。


「大丈夫、秘密にしておくから。それに俺もおなかがすいて何か夜食取りにきたんだよ」


 まったく思っていない嘘だが東山(とうやま)さんは納得したのかテーブルに座った。

 俺も向かいの席に座って彼女が持っていたチョコ菓子を一つ貰った。


 何も話さない気まずい空気が流れる。

 俺は逆にチャンスじゃないかと思った。

 ここで東山(とうやま)に先生と何はなしていたか聞けば自分のモヤモヤした気持ちが消えるかもしれないと思い、俺は東山(とうやま)に質問を投げかけた。


東山(とうやま)さん…」


「なに?」


「今日さ、夕食のあと先生と何はなしてたの?」


 東山(とうやま)の食べる手が止まった。


「聞いていたの?」


 俺は彼女からの意外な質問にまずいと思った表情をしてしまっていたのだろう。


「はぁ…」


 東山(とうやま)さんは深くため息をついた。


「聞いていたんだね、どこまで聞いていたの?」


 俺は東山(とうやま)さんがラノベ作家であることと、転校生が3人いることだけ聞いたと話した。

 東山桃子(とうやまももこ)については何も話さなかった。

 なぜだろうか、あの時の東山(とうやま)さんの雰囲気から察した。

 もしここで聞いたことを言ったら彼女からの何かがなくなると思った。


「私がラノベ作家と聞いてどう思った?」


「すごいと思った」


「安直だね」


 東山(とうやま)さんはぼーっと上を見た。


「私はすごくないよ」


 まるで口から軽い煙を吐き出すように軽いがその言葉に込められた毒素は重く感じた。


「私ね、覚えてないの何も」


 そう言って東山(とうやま)さんは足を自分の体に引き寄せ椅子の上で体育座りで話をつづけた。


「物語をかいてるとき私は何も覚えてないの。

 書き終わったら完成した原稿と不思議な感覚。。

 フワフワとまるで体が浮いている感じがする。

 だからね、私はすごくないよ」


 俺はあんなにすごい物語をかける作者がこんな少女で、おまけに物語を忘れてしまうという不思議な体質だ。


 彼女から感じる悲しく孤独な感じは昔の、不登校の俺に似ている。

 誰も信じれずにいた俺と似ている気がした。

 その時、俺は自分のラノベの主人公のあるセリフを思い出した。


「あきらめないで、挑戦する。そこから始めないときっと()にはなれない」


 東山(とうやま)さんは不思議そうに俺を見た。


「これはへたくそな作家のデビュー作の主人公がよく言っていた、言葉なんだ。

 そして、あきらめない勇者は…」


 俺の話を遮って東山(とうやま)がしゃべった。


「そして、あきらめない勇者は英雄になる」


 東山(とうやま)さんの口からその言葉がでるとは思わなかった。

 なぜなら、その言葉は最終回に俺が殴り書きで書いた言葉だからだ。

 なぜ、それを彼女が知っている?

 どうして?


「どうしてそれを?」


「ちょうど、三年前。

 Webサイトで投稿していた無名作家、平野忠信(ひらのただのぶ)という人がいた。

 私はその作家の描く王道の異世界冒険が好きだった。」


 東山(とうやま)さんはゆっくり立ち上がってベランダの扉を開けた。

 乾いた夜風が部屋の中に入る。

 そして彼女の長い髪が風に揺れている。


「でもね、やっぱり終わりが来たんだよ。

 面白いと思えた初めての作品。

 初めて次作が待ちどうしいと思った作品。

 そして私が小説を書いてみたいと思った初めての作品」


東山(とうやま)さんはそとの景色をみて、こっちに振り向いた。


「あの最終話、見ていたのは少しだけだと思う。

ほんの10分で全部消えちゃったから」


東山(とうやま)さんは俺に言った。


入江(いりえ)君、君が平野忠信(ひらのただのぶ)なんでしょ」


彼女の視線はまるで俺の心を見向いているかのようにまっすぐとしていた。

俺は首を小さく縦に振った。

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