秘密の作家
浜渦荘までの石階段を一歩ずつ、踏みしめて降りていた。
夕焼けに染まった水平線へ向かってカモメたちがなきながら飛んでいる。
遠くの赤い空を何も考えずにひたすら目的地をめざして歩いていた。
「なんであんなこと言っちゃったのかな…」
場面は巻き戻り、俺が二人に「ラノベが書けなくなった」いったところにさかのぼる。
「なんだよ…それ、どういうことだよ」
彩華は俺が何を言っているのかわかっていない様子だった。
俺はスマホにあった写真を彩華に見せた。
そこには中学時代から書いてきたと思われるウェブ小説だった。
「このサイトにはいろんな人がいろんなジャンルの小説を挙げる。
面白くないのもあるし、アニメ化したすげぇ作品もある。
俺の言いたいことがわかるか?」
彩華は黙り込んでいた。
「俺には才能が無いんだよ」
俺の声は震えていた。
「どうやら楽しく書いてるだけではいい作品はできねぇみたいだ。
よくわかったよ。最近は勉強すればするほど自分には学がないんだなってよくわかったよ」
俺は話をつづけた。
「ただ自分の気持ちで作ったストーリーでやっていけるほどラノベは甘くないんだってわかった。
書けばかくほど、怖くなったんだよ」
そう二人に告げる俺はどのようにみえているのだろうか。
きっと最悪なんだろうな。
「でも、りゅうじは違う」
彩華が強く否定した。
「二人にはわからないよ…」
その時のことをずっと繰り返し考えていると石階段上にタクシーが止まった。
黒いタクシーから東山さんが降りてきた。
隣にはもう一人スーツを着た女性が乗っていた。
なにやら大きな紙袋をもっている。
学校の帰りに買い物にでも行っていたのだろうか。
「東山さん、学校には慣れた?」
石階段を下りながら彼女に話しかけた。
新学期が始まり、一か月が経過していた。
きっと新しいクラスにも慣れているのだろう。
「私、一回も学校行ってないよ」
「え!?」
一か月もたっているのに学校に行っていないのはまずいのではないか?
「えっと、転校生の新学期はあととかそんな感じなの?」
「いや、学校はみんなとおんなじ」
じゃあ、だめじゃん。不登校じゃん。
「学校も行ってみたら案外楽しいかもよ。行ってみたら」
元不登校者からのアドバスなど何の役もたたないだろう。
「そうかもね」
「来月文化祭あるから参加してみたら?」
東山さんはなにも言わなかった。
そんなことを言っている内に浜渦荘に到着した。
なにやら玄関先が騒がしい。
「どうかしましたか、先輩」
「おお、おかえり。りゅうじ、東山さんも」
先輩は大きな段ボールを持っていた。
段ボールの横面にはクール急便で届いたと思われるシールと新鮮なまものと書かれていた。
「さかなが入ってるんですか?」
先輩が笑っていた。
「もっといいものだ」
そういって先輩ウキウキしながらキッチンへ運んで行ってしまった。
その後、俺と東山さんは先輩と俺たちの後に帰ってきた美空先生に呼び出され、少し早めの夕食をすることになった。
「先生もここに住んでるんですか?」
東山が美空先生へ問いかけた。
「まぁね!ほんとはダメなんだけど。家賃安いし、生徒の面倒みれるしね」
「そのおかげで彼氏なしなんだけどな」
先輩に向かって美空先生からすごい威圧を感じた。
「いいんですよ、べ…別にうらやましくないですし」
そう言って先生は段ボールの中身を取り出した。
俺は白ビニールと冷凍保冷剤の間から見える、赤いモノを見逃さなかった。
「先生、もしかしてこれってカ《・》ニですか?」
「そう、カニ。チョキチョキ」
ビニールから取り出したカニのはさみをもって先生は遊んでいた。
「これずいぶん良いカニですね、すごいです!!」
東山さんも目をキラキラさせて興奮していた。
「まぁ、みーちゃんの実家はカニ漁師だもんな」
俺はその驚愕の事実を初めて知った。
「ん、これが先生のお父さん」
そこには筋骨隆々の白髪のおじさんとピースをした先生が映っていた。
「かわいいですね、中学生の時ですか?」
「去年だよ」
美空先生は冷蔵庫からビールを取り出していた。
「全員おんなじこと言ってるな」
先輩は笑いながら冷蔵庫から飲み物を取り出しにいった。
「ふん、女の魅力は中身だよ」
「よくいうよ、そんな童顔ちびなのに」
先輩もなかなかにキレのある突っ込みをする。
先生はキンキンに冷えた、ビール缶をカシュッっといい音を立てて開け、グイっとのどに流し込んだ。
「かはぁー、うまい!さ、みんな食べよ」
テーブルの上には大きな紅色のカニが3匹。
先輩が料理したゆでガニとみそ汁が並んでいた。
そして各々自分が食べたいものを口に運んだ。
「…」
誰もそのおいしさと高級な風味に声が出なかった。
「ま、まぁ。食べてよ」
先生が緊張をほぐすように口を開いた。
そして夕食も終わり、かたずけをしていた時だった。
俺はある話を聞いてしまった。
「東山さん、ちょっといいかな?」
美空先生が東山をベランダに呼び出した。
「どうしましたか、先生」
俺はテーブルを拭くふりをしてガラス越しに聞こえる会話を聞いていた。
「私に隠していることないかい?」
先生がいつもより低い声で真剣に話している。
「…」
東山さんは何も答えなかった。
「今日ね、校長から連絡があったんだよ。
転校生三名が転校してから一回も登校していないから理由を聞いてきてほしいってね。
他の二人には面識がなかったからほかの先生に任せたけどね」
先生は体に似合わない銀のライターを取り出し、たばこに火をつけた。
煙が宙を舞う。
「きみ、小説家でしょ」
そう言って先生はどこから出したのかわからないが一冊の本を出した。
「この本はこの前の異世界ラノベコンテストで優勝した作品だ。
作者名は東山桃子。
私はこの名前に面識があってさ、卒業アルバムを調べたんだよ。
そしたら5年前、私が初めて担当したクラスにおんなじ名前の子がいた」
そういって先生は一枚の写真を東山さんに見せていた。
「これは君のおねぇさんだろ。
そこから君がもしかしたらこの作者なんじゃないかなって思ったわけだ」
東山が立ち上がって暗い表情で言った。
「退学にしますか?」
先生は一瞬、呆然とした様子で困惑していた。
「するわけないでしょ。
それに私はこの本のファンだから秘密にしてあげたの。
まぁ、いいわ。別に学業に支障が出なければ。
そのかわり学校には行きなさいよ」
東山さんは安心した様子で「はい」といった。
盗み聞きしていたことをばれてはいけないと思い、作業に戻ったふりをした。