プレゼント
室内からでもセミの甲高い鳴き声が聞こえる。
陽炎により足元がサンダル越しにもジリジリと熱い。
「りゅうじ、どうした昼過ぎから制服で。学校行くのか?」
「はい、ちょっと用事があるので。夕方までには戻ります」
今日は夏休み中にある三回目の図書室解放日であり、明日から新学期が始まる。
そして俺は冴えない図書委員である。
しかし本音を言えば単純にクーラーの効いた涼しい部屋で過ごせるから電気代を節約できる。
「東山もどっかいくのか?」
先輩の言葉を聞いてうしろを振り向くと白いワンピースに麦わら帽子、左手にはなにやら重そうな肩掛けバックを持っていた。
「…はい。ちょっと、散歩に」
「そうか、二人とも熱いからな。気をつけろよ」
バス停まで二人で行ったがなにも結局話さなかった。
数分後、学校で降りたが東山さんは町中の方へ乗り換えをして行った。
熱気がこもった階段を登りきると図書室が見えてきた。
「ふー、涼しい。」
俺の担当時間は3時間だ。
どうせ誰もこないんだからすぐに終わるだろ。
そう思いながら俺はフロントの椅子に腰をかけた。
適当に持ってきたライトノベルを読んでいるとあっという間に一時間が過ぎていた。
「…一応、整頓しとくか」
俺は三脚を物置から取り出して返却された本を片付け始めた。
「…!!」
(誰もいないはずなのに奥から声がする)
本棚の奥の方へ行くとそれが聞こえてきた。
「ちょっと!ちゃんと持っててよ。落ちちゃうじゃない」
「そんなこと言ってもぅ。こんな古い椅子使うからだよ」
本棚うらで声が聞こえる。
強気な声と弱々しい声が聞こえた、その時だった。
「うわぁ!!」
二人の叫び声と同時に俺の頭の上に歴史書が落ちてきた。
角から直撃したため大きな声で痛がってしまった。
「だ、だいじょうぶですか?」
声の方を向くとそこには白銀の髪をした少女がいた。
「い、いえ。大丈夫ですよ。平気です」
なぜか照れながら俺は立ち上がった。
「ほんとですか?」
彼女は心配そうな顔で俺の方をじっと見つめている。
「ほんとに大丈夫ですから気にしないでください」
「ほんとですか?」
少女はまだ気にしている。
こんな時どうしたらいいのかわからない。
俺は困惑したままその場を後にしようとした。
「あっ、ちょっと待ってください」
右手を握られた。驚きと同時にものすごくドキドキした。
「ごめんなさい。あなた…肘から血が出てるから、その...」
少女はポケットからハンカチを取り出し、
「よかったら使ってください」
と言って笑顔で渡された。
少し震えた手で彼女の差し出すハンカチを受け取った。
「ちょっと!なにやってんの?」
もう一人、金色の髪をした少女が眉間にしわをつくって俺たちの方を見ていた。
「ん?なにこいつ?」
「おねぇちゃんのせいで本がこの子に当たったんだよ。ごめんぐらい言ったら?」
「なんで、私が謝らないといけないの?そんな奴、ほっといて行くよ」
何をイラついているのか、金髪の少女は図書館を足早に出て行ってしまった。
「本当にごめんなさい。あのう、これよかったら私の連絡先です。またハンカチ返しに来てください」
そういって銀髪の少女も彼女のあとを追うようについて行ってしまった。
そのあと俺は散らかった本をもとに戻し、何事もなかったかのようにその日は浜渦荘に戻ることにした。
湯船に肩まで深くつかり銀髪の少女の事を考えていた。
「可愛かったなぁ…」
頭の中に彼女が心配して見つめる顔が浮かんだ。
ニヤけながら風呂を済ませ、キッチンで座ってテレビを見ていた。
スマホの着信音が鳴った。
「はい、もしもし」
「あ、こんばんは。今日ハンカチを貸した者です」
「…!」
俺はびっくりして飲み物を足元にこぼしてしまった。
「どうかしましたか?」
「い…いえ、なんでもないです」
「そうですか。あのう、連絡したのはハンカチ明日のうちに返してほしいので学校にもってきてくれませんか?」
「ああ、わかりました」
そういって彼女との通話は終わった。
そのあとすぐに彼女からウサギのスタンプと同時に「放課後、中庭広場に来てください」といってきた。
そうしている内に先輩と東山さんが風呂からあがってきた。
「りゅうじ、お前なににやけてるんだ?気持ち悪いぞ…その顔」
新学期。
現時刻、15時30分。
残り5分で今日の授業は終わり、銀髪の彼女と待ち合わせをしている放課後だ。
また、銀髪の彼女に会えると思うと心臓がドクドクしていた。
「りゅうじ!今日、一緒にカフェいこ!」
「ごめん、いろは。今日は先客がいるんだ」
「えー。前もそういってた。いつになったら一緒にカフェ行ってくれるの?」
こいつがさっきから言っているカフェとは。
駅前に最近できた、カフェ「クママリ」のことだ。
クルマリの名物はカスタードクリームとホイップクリームとベリー系の果実を山盛りに乗せたパンケーキが有名だ。
そして申し訳程度にパンケーキの上にチョコ細工でできたクママリのオリジナルキャラ「ラビ」が乗っている。
いろはは、そのウサギもどきのキャラがかわいくて仕方がないらしい。
「でもさ、そのパンケーキって女性がいるお客様限定だろ?女いなきゃ、食えないじゃん」
「なにを言ってるんだい。ここにいるじゃないか」
あたりを見渡して、「いや、いないが?」というと彩華僕の頬を両手でつねると「ここにいるけど、男の娘が!」
「痛たいなぁ。それにばれたらどうすんだよ」
「ばれる?...ばれるって、まさか僕のバナナを…」
「あー!、分かった。もう黙れ!。とにかく今日は予定あるからまた今度な」
そう言って足早に教室をでた。そしてまっすぐ銀髪少女と待ち合わせをしている、中庭広場にきた。
中庭広場にはこの学校のシンボルでもある大きな桜の木がある。
ベンチが周りに置かれており、昼食時は取り合いになるくらいの名スポットだ。
その桜の木の下で彼女はまだ何も咲いていない青々とした桜の木を見上げていた。
「すみません、待たせてしまって」
「大丈夫ですよ」
優しい声で返してくれたことにまたドキッとした。
「あ...、ハンカチちゃんと洗いました。どうぞ...」
彼女の方に渡すと「やっぱり、あなたにあげます。似合ってますから」
と、思ってもいなかったことを言われたため俺は大げさに「大丈夫ですから」と言って後ろに下がった。
むにゅっ。
なんだろう、なにかプニプニしたものが背中に当たっている。
「いい度胸ね、あんた」
その直後、俺は吹き飛ばされた。
目線を上げるとそこには図書室でのつんけんした金髪の彼女がいた。
「おねぇちゃん、何やってるの!?」
そういって銀髪少女が金髪少女に驚いたように言った。
「何って、こいつでしょ。あんたが待ち合わせしてた男って。さえない奴、消えなよ」
なんだこいつ、とんでもない女だ。
「いきなり、突き飛ばして。消えろって非常識だな。俺はお前みたいな女は嫌いだ」
そう、きっぱり言ってやった。すると金髪少女はまた突き飛ばそうと間合いを詰めた。
しかし、驚いたことに彼女よりはやく銀髪少女がわって入ったのだ。
「なんだよ、アリナ。そいつ顔がむかつくんだよ」
そういって、すごい剣幕で俺を睨んだ。
が、銀髪少女アリナが彼女の耳元で囁いた。
「...いい加減にしなさい」
その時の声のトーンと後ろ姿から見た銀髪少女アリナの気迫は恐ろしかった。
「ごめんなさいね、おねぇちゃんにはあとでちゃんと言っておくから」
気迫からの笑顔。俺はその変わりように唖然としていた。
唖然とした僕の右手にハンカチを渡すと「プレゼントだからなくさないでね」と可愛くつぶやいた。
その後僕は足早にその場を去った。
(女って怖ぇ...)
「なぁ、アリナなんであいつの前だけでおねぇちゃんてあたしの事言うんだ?」
「だってその方がそっちの方が誠実でかわいい女の子って感じでいいじゃん。それにきっとあの子はウブだし」
「まぁ、いかにもって感じの男だしな」
二人の少女は歩き出した。
「なぁ聞いていいか?」
「どうぞ」
少し間があいた。
「なんであいつにあたしがあんたに貸したハンカチあげたんだ?普通にお気に入りのやつなんだけど」
「あの子ね。浜渦荘で下宿しているらしいの」
金髪少女は驚いた様子で「え!?」といった。
「あんな、ぼろい古びた荘によく住んでるよな。おまけに住んでる先輩含め全員変人だとか」
「まぁ、そういう噂もあるね。でも私が目をつけているのはそこに転校してきた東山って子」
「んー、聞いたことない子だな。知り合いかなんかか?」
アリナは答えた。
「エリナは多分あったことないけど私は知ってる」
その時の表情を見てエリナは感づいた。
「え、だってあの子...。あたしらと同い年だろ」
「そう、そこがおかしいのよ」
「それを調べるためにあいつにハンカチ渡したのか」
そうエリナが言うとアリナは微笑んだ。
「私たちを倒した唯一の作家。東山桃子。彼女のせいで私たちの夢は2年前に終わった」
「だから2年間あたしらは修行した、だからもう負けない」