花言葉
インターフォンが鳴った。
母さんと誰かが話している。誰だろう、郵便だろうか。
まぁ、どっちにしろ俺には関係ないことだ。
俺はもう一度眠りにつこうと布団に深く体を突っ込んだ。
―ドン、ドン、ドン、
誰かが上ってくる。俺は一つ心当たりがしたので時計を見て時間を確認した。
15時か、もうそんな時間なのか。
昨日は徹夜して作業してたから眠いんだ。
今日はできるだけあいつに会いたくない。
そう思っていた矢先、部屋の扉を誰かがノックした。
「りゅうじ!今日のプリント持ってきたよ!」
ノックに答え、了承するよりも早くそいつは部屋の扉を開けた。
こいつの名前は浅倉由梨。
俺の幼馴染だ。
ちなみに昔からずっとショートへァーである。
昔はおせっかいなほど話しかけてくる明るいやつではなく、どちらかというと人の後ろに隠れて歩いてくるような臆病な奴だった。
そいつ、いや由梨が変わってしまったのは俺が不登校になってからだ。
「りゅうじ、聞いてるの?これいつもの先生の手紙。クラスメールから連絡してもなんも返事ないから直接渡してだってさ」
クラスメールとかいうものに返信、いや既読もしないのが普通である。
あくまで俺の中での普通だ。
封筒の上部を横に破り、中のプリントを出した。
思わずうわっと心の声が漏れてしまった。
進路調査だった。
苦渋の声が絞り出たのを見て由梨言った。
「なんだ、ただの進路調査じゃない。もう中三の秋だし、行くとこ決めてるでしょ?」
「いや、そもそも高校っていかないといけないのか?」
その言葉に由梨はすこしムッっとした。
そして俺のほうをにらんだ。
「あんた、まだまだそんなこという気……?」
「そんなことって、別にいいだろ。まぁそうだな俺の学力で行ける学校があるならそこでもいいかな。」
俺は笑った。
正直言って高校には興味がなかった。
好きこのんであと三年勉学をする意味が分からなかった。
その腐った心情が|由梨に伝わったのだろう、由梨は机に平手打ちをした。
「あんた、そんな気持ちで高校に受かると思ってんの?ここ近辺の高校ってほとんどが進学校だし、あんたみたいな不登校者が受かるわけないじゃん。」
そういって由梨はイライラしているのだろう、さげずむような目線で見下した。
頭にきたので少し嫌がらせをしてやろうと思った。
本棚にあった、去年間違ってネットショッピングで買ってしまった二冊の参考書を取り出し由梨にこう言ってやった。
「不登校者を低脳とバカにするなら俺と勝負して勝ってみろ。ほんとうに俺より実力があるなら余裕で勝てるよな」
「いいじゃない、格の違いをおしえてあげるわ。そして負けた方は勝った奴の言いなりね」
ルールはいたってシンプル。
無作為に開いた参考書の右上の問題を一番はやく解いた方が勝ちというルールだ。
由梨からの追加ルールとして負けた方はなんでも相手の言うことを聞かなければならないらしい。
無言と静寂の中、互いの炭芯だけのすれる音がする。
勝負の結果、由梨のポンミスより完答した俺の勝利だ。
俺は自慢げな(どうだ何か言ってみろ)と言わんばかりの表情で由梨の悔しがる顔を眺めてやった。
「ふん、別にあんたに負けったって悔しくないし。それに私は一年生の時からずっと二位だし。どっちみちあんたより上よ」
「ちなみに一位誰か知ってる?」
「さぁ、知らないわ。どうせどっかのクラスのガリ勉眼鏡じゃないの?」
俺は真実を言ってやった。
「学年一位はずっと俺だ」
どうだ、悔しがれ。これが俺のここからの叫びだった。
しかし由梨の第一声は「ふーん」だった。なんだよもっと驚けよと内心がっかりした。
俺は仕方がねぇと思いながらその場に立ち上がった。
そして微笑みながら由梨に言った。
「たしかお前言ったよな、負けた奴は勝ったやつの言いなりだって」
由梨はうつむいたまま「そうね、言ったわ」と言った。
無理もない。
格下だと思っていた不登校者、ましてや友達ゼロという超底辺の学園カーストの俺に多分カースト上位なのであろう自分が負けたのだからそれは悔しいという感情より自分が恥ずかしいと思ったのだろう。
確かに俺が逆の立場なら顔から火が出るほど恥ずかしい。
さてそれとこれとは置いといて、何をお願いしようか。
なんでも言うことを聞くからと言って絶好されるようなお願いはしたらいけないのはわかっているが。
「なに?さっきからどこ見てんのよ。エロいことしようとしたら学校で襲われたって言いふらすわよ」
おっと俺の視線から悟ったのだろう、危うく我に返ることができた。
それにしても何をお願いしようか。
いっそのこと由梨自身に決めてもらえばいいんじゃないか。
名案だ。
「じゃあ、罰ゲームはお前自身で決めてくれ。これでもいいか?」
「……わかったわ」
ふぅ、とりあえず一安心ってところだ。
しかし由梨も悩んでいるのだろう、さっきから目線が泳いでいる。
すると由梨は何か気になるものでも発見したのだろうか、立ち上がって俺の机の上に置いてあったものを手に取った。
「これなに?」
由梨が手に持っているものを見て俺は無意識に顔がこわばった。
「た、ただの勉強したあとのメモ用紙だから気にするな……」
なぜだろう、なぜこんなに俺は同様しているんだ。
少しだけ声が震えていた。
「これってライトノベルだよね」
由梨は俺の机の上に置いてあった読みかけのラノベを見てそういった。
俺は「そうだけど」と返事をした。
そして俺のメモ用紙をなにやら読んでいる。
その時、耳の先っちょまで俺は真っ赤だった。
なぜならメモ用紙に書いているのは昨日徹夜して書いたのライトノベルだった。
ストーリーは王道の異世界転生系の作品だが読めたもんじゃない。
由梨はメモ用紙をゆっくりと机の上に戻し俺の方を向いて笑顔で言った。
「いいじゃん、すこしグロイいけど」
「は、はは…」
由梨の表情に合わせたつもりが気持ち悪いほど苦笑いになってしまった。
そんな俺の顔を見て「変なの」と言われてしまった。
「...あのね。私、将来イラストレイターになりたいんだ。」
「え?」
由梨の言葉をどのように受けて取って、どのように解釈したらよいのかわからなかった。
そんな吞み込めない顔をした俺をみて由梨はせきららに説明した。
「い、いや。そんな困った顔しないでよ。これが私にとっての罰ゲームなの」
「どこが、罰ゲームなんだ?」
由梨はすこしため息ついた。
「私ね、前に仲良かった友達がいたんだ。
あんまり明るい子じゃなかったけどよく話してくれる子でその子もイラストレイターになりたいって言ってたんだ。
でもね、その子急に学校に来なくなっちゃんたんだ。
なんでかわかる?」
「さぁ、親の転勤で引っ越したとか?」
「引っ越したのは正解。ただ、引っ越した理由が…。いじめなの」
背中にひやりとした汗が流れた。
「私の知らないところでいじめられてたの。
よくカバンにデザインブック入れてて、それをたまたま陽キャの女子に見られてキモオタ認定されていじめられたって別の子から聞いたんだ。
それでさ、イラストレイターって普通のひとからみたらキモイんだなって思ってね。
私、あきらめようと思ったんだ」
真剣に話す由梨の姿をみて俺は何も言えなくなりただ彼女の眼のみてうなずくことしかできなくなっていた。
そして由梨は言葉を絞りだすように俺に言った。
「ねぇ、りゅうじ。あなたはどう思う?」
なんだろう、なんでそんな悲しそうな顔をして俺を見るんだ。
なんで今にも泣きそうなくらい俺を見るんだ。
「わかんねぇ、けど。
お前はバカだな。
そんなこという奴、気にしてたらきりがないぞ。
でも、お前がそうなりたいって思うんだったら、そうなればいいと思うぞ」
すると由梨は大きく笑った。
「りゅうじらしい。ありがと」
俺もすこし照れ臭くなって笑った。
「で、りゅうじはこの机の上を見る限り私と似たようなものになりたいんじゃないの?」
由梨はもう一度確認するかのように俺の机の上を眺めた。
そして俺はそこのメモ用紙に書かれた自分で書いた一文が目に留まった。
(あきらめないで、挑戦する。そこから始めないときっと勇者にはなれない)
なぜだろう、自分で書いたへたくそな決め台詞が頭の中をよぎった。
心を動かされるのは初めてだ。
「俺は将来ライトノベル作家になりたい。
俺の作品を読む奴らに最高の作品を見せてやるんだ。
これが俺の世界なんだって」
「それがりゅうじだよ」
彼女の眼には今にもこぼれそうなくらいの涙があった。
「いっつも明るく笑って前をむいている。それがりゅうじだよ」
「あぁ」
俺はそういった後、視界がぼやけた。
「あれ?……」
由梨が静かに俺を抱きしめてくれた。
「おかえり、りゅうじ。本当に心配したんだから。……ずっと心配したんだから。」
なぜだろう、この一年間ずっとさみしかった。
そのさみしさが幼馴染の言葉で晴れるとは思ってもいなかった。
静かに泣いている由梨の頭を俺はなでることはできなかった。
が、だた一言「ありがとう」と由梨に心から送った。
すこし泣き止んだ後、由梨が俺に提案した。
「あのさ、りゅうじ。
提案なんだけどさ、私にりゅうじの書いたライトノベルのキャライラストを描かせてくれないかな」
「えっ」
「りゅうじの夢はライトノベル作家なんでしょ。
だからさ将来、作家になって私を専属のイラストレイターとして雇ってよ。
そうすれば、ずっと一緒に...」
俺はだんだん小さくなる由梨の声を最後まで聞き取ることができなかった。
「由梨、ひとつ聞いてもいいか?」
「なに?」
「明日の時間割教えてくれないか?」
「え?……明日の時間割って明日、学校来るの?」
「ああ、俺決めたんだ。
こんな不登校してる場合じゃないって。
俺も決心したよ。
俺はライトノベル作家になる。
そして由梨の横にいて恥ずかしくない大人になる。
二人で最高の作品を作ろう」
それからの日々、俺が約二年ぶりに登校したことに生徒どころか先生すら驚いていた。
そして月日はめぐり俺は無事、進学校に受かることができた。
由梨と一緒に専門系デザインの高校に入学することも考えたが俺は受験勉強の中で学ぶ大切さと自分の考えているストーリーを文章として読者に伝えるむずかしさを改めて実感した。
俺たちは別々の高校に入学することになったが心はいつもつながっている。
と、俺は思っているが由梨はどうなのだろう。
専門校は隣町にあるため一人暮らしの引っ越しの準備が忙しいらしい。
俺はあえて連絡はしなかった。
俺は由梨に一言「がんばろうな」と言った。
四月になり今日は俺の入学する桜ヶ丘高校の入学式だ。
毎年300人規模で生徒をとる高校のため親との同行はないらしい。
俺はいつもよりすこしだけ早起きをしてバスに乗った。
が、少し思っていた時間帯のバスとは違うバスに乗車したらしい。
高校への直行便ではなく一回隣町のバス停を何個か回った後、高校前につくらしい。
おかげで時間はギリギリになりそうだ。
春の眠気に誘われながら俺は一番後ろの広い席に座って満開の桜咲く丘上を眺めていた。
ふと一台のバスとすれ違った。
バスが通りすぎる一瞬だけ時間が止まったようにゆっくりとなり、俺に誰かが話しかけたように聞こえた。
「がんばれ」って。俺は流れる穏やかな春の雲を見て思った。
「確か、桜の花言葉って……」
桜の花言葉は、「大切なあなたを忘れない」。
俺は春の日に照らされ揺れるバスの中でふと由梨を思いだして眠ってしまった。