LV.999なのに追放され装備どころかレベルすらも奪われた俺は、LV.1でしか入れない裏ダンジョンで最強の妹を手に入れました。
LV.999──この世界に於ける最高の到達点。
俺は昨日死に物狂いで至った強さの極致を、今まさに奪われようとしていた。
「エイト、レベル999到達おめでとう。これでお前は用済みだ」
「……は?」
ほぼモンスターの出現しない、王都から少し離れただだっ広い平原の中。
つい今しがたまで仲間だと思っていたパーティーメンバー4人が、俺を取り囲っている。
俺を用済みだと言ったのはその中の中心人物、リーダーの【マルク・レイダース】
彼は冷酷な視線を向けながら淡々と告げる。
「お前を俺達、王都最強のSランクパーティーに引き入れたのは2年程前だったか……実に長かったよ、これで俺達の目的が達成出来る……!」
そう言ったマルクは背中から引き抜いた長剣を俺に向けた。
「エイト、知ってるか?レベルってのは人によって必要な経験値が違う」
「そ、そんなの当然だろ?職業によって必要な経験値が変わってくるなんてのは!その話と俺を用済みだってのに何の関わりが──」
俺がそう言った途端、マルク以外の3人が嘲笑うように俺に蔑みの視線を向けた。
中でも【賢者】の職に就く【ライオス・ネルフィス】は一段と俺を馬鹿にした声色で言った。
「やれやれ……良いですか?私達上級職と違って貴方は最低職【ゴミ拾い】なのですよ?私でも聞いた事のないような……ププ……何の取り柄もない最低の職業……!!」
我慢しきれない──そんな様子で吹き出したライオスに同調する様に周りの奴らも嘲笑を浮かべている。
……何なんだよ……俺だってなりたくてこんな職業になった訳じゃねぇよ……!
「ふひひ……いやぁ失礼。そう、そんな貴方でも唯一見たことの無いスキルを持っていたんですよ」
「なに……?」
俺がスキルを持っている?
神殿ではそんな事、一言も──
「どうやら何か特殊な条件を満たした為に身に付けたようですね。街中で私の瞳がそれを見付けた時、震えましたよ……!」
「な、何てスキルだったんだ!?」
「ふふ……そうですね、これから苦労する貴方の為に教えてあげましょうか」
ライオスは得意気に両手を広げた。
「それはね、【経験値n倍加】というスキルですよ!!文字通り、貴方は獲得した経験値を条件によって何倍にも出来るスキルを持っていました……そして気付いたんですよ。これは使える、とね」
経験値を何倍にも……?
そうか、だから俺は一生掛かっても辿り着く事の無い筈の極致へ……!
ライオスの話を継ぐように、今度は双子の姉妹【メルビス】と【メルキア】がカバンから取り出した禍々しさを感じる壺を取り出しながら言った。
「これは【強奪の壺】。効能はあらゆる対象への強奪行為。奪ったものは全てこの壺に収納される」
強気な見た目をした姉のメルビスがそう告げた後、姉と反対に気弱な雰囲気を持つメルキアが虚ろな瞳をしながら話を継いだ。
「……例えば……他者から経験値では無く……レベルそのものを奪えば加算されるのはレベルという値そのもの……」
そこまで聞いて、俺はようやく気付く。
「お……お前らまさか俺からレベルを奪う気か……!?」
俺のそんな問い掛けにマルクが口角を上げながら肯定した。
「レベル999であろうと所詮は最低職。平均レベル300の上級職である俺達4人で掛かればお前を捕らえる事は簡単だ」
「……っ!!」
「まずはそうだな。俺達が与えてやった装備から返して貰おうか!やれ──メルビス!!」
メルビスは強奪の壺とやらに魔力を注ぎ、暗い紫色に光った壺は、一直線にその光を俺に向けて来た。
「くそっ……!!」
俺は逃げるように草原を駆けた。
だが──
「逃しませんよ」
「っ!?」
一瞬で200メートルを移動した筈の俺の目の前にライオスが現れる。
足元を見ると、半径約1キロに及ぶ巨大な魔法陣が出現していた。
これはライオスの得意魔法──【領域】
陣内に於ける全ての行動を制限する事が出来る魔法だ。
つまり、移動してきたのはライオスではなく、俺が再び奴らの前に移動させられたのだ。
そして次の瞬間、俺の体に絡み付く様に魔力で編まれた鎖が現れた。
「やめてくれ……ライオス!俺達、仲間だろう!?」
「仲間……?違いますよ」
「っ……マルク!?メルビス、メルキア!!俺はお前らの事だって──」
そうだ、ずっと苦楽を共にしてきた筈だ。
マルクは戦線では俺を支えて戦ってくれた事もある。
ライオスだって様々な知識を教えてくれた。
メルビスは厳しいながらも俺に剣術を教えてくれた。
──そしてメルキア、お前はいつだって優しく治療魔法で俺を助けてくれた。
俺の作った料理を旨いと言ってくれたの、今でも嬉しかったんだぞ。
俺は……俺はそんなお前の事を──
「やれやれ、しつこいですね。マルク、見せてあげたらどうですか?メルキアと貴方がどのような関係なのかを」
「……そうだな」
ライオスの言葉の後、マルクはメルキアを抱き寄せた。
メルキアは抵抗をする事なく、マルクが近付けた唇を──
「──止しなさいよ!」
さすがに見かねたのか姉であるメルビスが二人の間を割った。
「もう十分でしょ、さすがに悪趣味よあんた達。さっさと終わらせましょう」
俺は、愕然とその光景を見ていた。
そうか……メルキアは、マルクの事を……
先程の壺をライオスが持ち、再び魔力を込め始めた。
俺の脳裏には走馬灯のように、彼らとの過去がフラッシュバックする。
モンスターとの戦いでは、俺が先頭に立って誰よりも敵の攻撃を受けてきたなぁ……
皆が戦いやすいように、ケガをしないようにさ。
訳の分からない最低職である俺を、最高峰のパーティーに誘ってくれたマルクの言葉だって忘れた事もない。
──俺達と来い。お前は強くなれる、俺達の役に立てると。
「……!」
……信じたくはない。
だけど、今目の前で起こっている事がそれを証明している。
俺は泣きそうになりながらも、消え行く意識の中で最後にマルクに訊ねた。
「なぁマルク……お前達の役に立てるって──こういう意味だったのか……?」
「……」
返事は俺を襲う紫色の光がしてくれた──
※
その日の夜は満月だった。
夜風が冷たい、平原のど真ん中で転がる俺はそれを見て、ようやくほんの少しだけ心を取り戻した。
そして再確認する。
「俺は……失ったのか……」
──何もかもを。
仲間も、装備も、必死で鍛え上げたレベルをも。
この世界では6歳になると神殿にて職業を告げられる。
俺はそこで手に入れた、手に入れてしまった【ゴミ拾い】という職業を呪いながら生きてきた。
なんのスキルも無い、なんの特技もない職業で、冒険者にも王都で働く事も出来ない。そんな職業だった。
なにせ誰もこの職業を知らないし、そもそもゴミ拾いは職業じゃないだろ、そう言われて今まで生きて来た。
俺が知る限り、下級職の中でも最低のものが【村人】だ。
当然、下の下の下に当たる俺に与えられた呼び名は最低職。
そんな俺に出来るのは勿論ゴミ拾いだけだった。
ギルドに寄せられた名前の通りの最低ランクのクエストをこなして生きる、その日暮らしの生活を12年。
こんな職業だからな、とっくに親には縁を切られてるよ。
だからこそ、2年前に俺を拾ってくれたあいつらには本当に感謝してたのに……
「……もう、生きる意味もないか」
本当は復讐だってしてやりたい。拳を握り締めて血が出るくらいには。
良く考えたら戦闘で俺を矢面に立たせていたのは経験値効率が良いからだったんだろうな。
俺もあいつらを守ってやりたいから率先してたけどさ……
メルキアだってさ……俺の事好きなんじゃないかって勘違いしてたよ。
あいつ俺が無茶する度に本気で怒ってくれてさ。
泣きながら治癒魔法を掛けてくれるあの暖かさ、あれも俺が騙されてただけだったんだよな。
あーくそっ……だっせぇなぁ……
復讐……それが無理でもせめて見返してやりたい。だけど方法がない。
これからの俺に待ってるのは以前と同じゴミ拾いの毎日だ。
生きていても死んでいるような、そんな毎日。
「……だったらせめて──」
俺はふらつく体を無理矢理引き起こし、立ち上がった。
貴重な鋼と魔法を込めて出来た高価な装備は奪われ、俺が身に付けているのは薄い布の服だけ。
レベルすらも奪われた。
ステータスを表示すると、そこには無情にもLV.1と記載されている。
こんな有り様ではこの何もない草原に稀に現れるスライムにすら勝てない。
俺は最低職。レベル1というのは他の職業のそれとは比にならない。悪い意味で……
だがそれで良い。
俺はさっきまでSランクパーティーの一人、【エイト・ジャニィル】だったんだ。
「──どうせ死ぬなら戦って死んでやる」
※
王都から歩いて2時間程の場所に、そのダンジョンは存在した。
【魔境】とまで呼ばれるその場所は、俺達Sランクパーティーでも苦戦する程だった。
特性としてダンジョンからモンスターが出て来る事はなく、世界に点在するこれらは一部学者の間で神が与えた修練場では無いかと言われている。
俺も何度もこの場所を訪れ、傷付き、レベルを上げて行った。
あいつらを守る為に。
だが、今俺がこの場所に居る理由はそんな昨日までとは違う。
「ここが俺の死に場所だ」
もしも、奇跡的にここのモンスターを倒す言葉が出来て、生還すれば奴らが落とす金貨だけで当分は暮らしていける。
そんな未来、確率にして0.0000──と言った具合の奇跡だな。
剣も持っていない俺に出来るのは拳で殴る、それだけ。勝てるわけない。
それでも──
「行くか……!!」
何度もくぐったダンジョンの門を、初めて震える手で開いた。
ダンジョンと言うのはどの場所にしても地下に潜って行くスタイルだ。
この【魔境】では階層にして最低でも100、深奥には誰も辿り着いていない。
ごくり、と生唾を飲みながらも一歩足を踏み入れたその時だった。
『条件をクリア──裏モードへと移行します』
「!?」
どこからともなく、温度の無い声が真っ暗闇のダンジョン内部に響いた。
俺が開いた筈の門はギギギ、と軋みながら勝手に閉まり、閉まり終えたと同時にダンジョンが激しく揺れだした。
「な、なんなんだ!?」
こんな事一度だって無かった。
「お、おいメルキアこれって──」
こんな深夜にこのダンジョンに居るのは俺一人だ。
……間違っても元パーティーメンバーのあいつが居る訳ない。
「くそ…… ──って、おいおいおい!?」
嫌な気分になっている余裕すら俺には無かった。
閉じられた門からは青白い光が発生し、壁を伝って放射線状に俺を越えて奥へ奥へ進んでいく。
ゴゴゴ……と低い音を立てて未だ裏モードとやらに変貌していくダンジョンに、数分の後先程の"声"が響いた。
『裏モードへの移行完了。直進して下さい』
瞬間、ダンジョン内部が昼間の様に明るくなった。
「眩しっ!」
急な明るさに慣れ、目を開けた俺の視界に飛び込んで来たのは衝撃の光景だった。
「……何だこれ……」
本来であれば幾重にも分かれた道を歩き、次に繋がる階段を探してようやく下の階層に降りる事が出来る。
その筈なのに、俺の目の前には一直線に下へと伸びる階段が発生していた。
道幅は狭く、ただ真っ直ぐに下へと続いている。
俺はここに死地を求めにやって来た。
だけど、今俺の胸中にはそんな悲壮な想いは微塵も無かった。
一冒険者としての胸の高鳴りが今俺を支配する全てだ。
俺は迷う事無く階段を降った。
※
黄金で出来た壁を伝って階段を降りる事1時間、俺は巨大な門のある最下層に辿り着いていた。
そっと触れてみるが何も起きない。
押しても引いてもさっきから変化はない。
「どうすれば良いんだ……?せっかくここまで来たのに……」
やはり、俺はここまでなのか……?
胸踊る冒険もあいつらとじゃなきゃ制覇する事は出来な──
『ステータスを開いて下さい』
「!」
突如、先程まで聞こえていた声が再び聞こえてきた。
俺はそれに疑問を覚える事なく、その不思議な声に従った。
レベルを確認した時と同じ様に、空中にステータス画面を表示した。
誰もが神殿で職業を授かる時と同じタイミングで手に入れる、有職者の証を。
『LV.1である事を確定、"姫"との接触を許可します──』
「姫……!?」
俺の目の前で固く閉じられていた門が開き、その奥に人影が現れる──
「これは運命か──よく来た、挑戦者よ。ワシの名はラース、神によって封じられし反逆の民だ」
荘厳な言葉遣い、身に纏う大層な装飾の数々。
あり得ない程に神々しい雰囲気を放つその人物は──
「……ガキんちょ?」
「なぁ!?き、貴様、このワシに向かって何て事言うんじゃ!」
ちっこい、頑張って大人っぽく振る舞う背伸びした女の子。
──それが俺の第一印象だった。
「貴様、ワシの力を欲してこの場に来たのじゃろう。それ相応の態度というものがあるじゃろ!」
ブンブンと両手を振る様がまた子供っぽい……
て言うか──
「いや、俺は別にあんたの力なんか求めて来てないよ」
「はぁ!?な、なんじゃお主、ならこのダンジョンの秘密を暴いて、レベル1に転生してここに来た訳じゃないのか!?」
「うん、全く」
「バカか!?バカなのか!?な、ならば【魔境】たるここに何の装備も無くレベル1で挑みに来たと言うのか!?」
「そ、そうだけど……」
初対面でバカバカ言うなや。
「うん百年振りに目覚めて期待したらこれか……」
「なんかごめんね」
もう何か聞く気力も失ってしまった俺は素直に謝ってしまった。
俺の胸元辺りまでの、ラースと名乗ったちっこい彼女は「はぁ……」とため息を吐いた。
「……それでお主、なら何故ここに来たのじゃ?」
「何故って……」
──死にに来た。
そう言うのを少し躊躇ってしまう。
暗い顔をした俺から何かを察したのか、彼女は俺の元までやって来て頭に手を伸ばした。
「……言いにくいなら言わんで良い。どれ、探ってやる」
「へ?」
「んしょっと!」
一瞬彼女の手のひらが暖かくなったかと思うと、じんわりとそれが頭に広がっていった。
「ふーむふむ、ほうほう……おおぅ……マジか」
尻すぼみに本当に「マジか」って顔を作った彼女は俺の肩を叩いて一言。
「ドンマイ!」
「もっと言える事は無かったの?」
もうちょっと頑張れよ。
察してくれたなら他にも色々あったろ!
「いやぁ言える事と言われてものぉ。正直引いてもうて……」
「あのさ、俺死ぬよ?あんたの目の前で自殺するよ?」
先程とは違い遠慮せず死んでやると言った。
ただ、それだけは言ってはいけないことだったようだ──
「──冗談でもワシの前でそのような事を言うな」
俺はいきなり彼女に胸ぐらを掴まれて、強く睨まれてしまった。
「ぐっ……!」
「ワシはな、次にワシを見付けた者を主にすると決めておったのだ。命を掛けて守るとな。そのような相手が自ら命を絶つだと……?」
彼女はパッ、と手を離した。
尻もちを着く俺を見下ろしている。
そして涙ぐみながら叫んだ。
「ふざけるなっ!!!」
「っ……!?」
真剣な顔で俺を叱る彼女はとうとう涙を溢してしまった。
「……お主が、ワシを見付けたのは運命じゃ……良いか、一度しか言わんぞ。しかと聞け──」
真っ赤になった目で、彼女は俺に手を伸ばした。
「ワシの手を取れ、お主の望みは全てワシが叶えてやる。ワシだけはお主の味方だ!!」
自分だけは俺の味方だ、そう叫ぶ彼女の言葉に俺は涙を流していた。
仲間に裏切られ、何もかもを失った俺を彼女は、初対面の彼女は味方だと言ってくれた。
ただそれだけで、涙が止まらなかった。
「なんじゃ……まだ涙が出るのではないか。ならまだ立てるじゃろ、まだあがけるじゃろ?さぁ、ワシの手を取れ、レベル1でしか出会えないワシがお主を助けてやる……!!」
今度は信じても良いのだろうか、彼女は俺を裏切らないだろうか。
だけど気付けば俺の手を彼女の手を取り、強く返事を返していた。
「……あぁっ!!」
握った彼女の手は熱く、引っ張られると同時に抱き付いてきた。
「これからはワシがお主の家族じゃ。家族は絶対に裏切らんからの」
「……俺、親に捨てられたんだけど」
「おぉ、そう言えばそうじゃった。うーむ、ならこれならどうじゃ?」
ニコっと笑った彼女は俺の頬をつつく。
「"妹"になってや──いや、なってあげるね、にーに!」
「はぁ!?」
「むっ、だから裏切ったのは親じゃろ?"妹"は家族でも親じゃない。だからこれからはワシはにーにの"妹"じゃ!」
何か訳の分からない理論でこじつけて来た"妹"は、俺の手を握り締め天井高く指差した。
「さてと……では手始めにワシのにーにを傷付けたあいつらに天誅を下してやるとしようか」
「お、お前何する気だ……!?」
「ん?決まっておるじゃろ?」
俺の妹──ラースは不敵な笑みを浮かべて言う。
「最強のレベル1、その恐ろしさを見せてやるんじゃよ」
お読み下さりありがとうございます!
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