戴冠式の日(1)
「今日は良き日。素晴らしき日。素敵な日。おめでたい日!! 今日は良き日。素晴らしき日――――」
派手に着飾った楽隊が陽気に楽器を打ち鳴らしながら、城のあちこちを歩き回っている。さっきからずっと同じ歌詞を繰り返し歌っている。単調すぎる音楽に飽きてきたのか、楽隊の子供は窓から見える広い庭に目を奪われていた。それもそうだろう、朝早くからずっとやっているのだから。子供にとっての「良き日」は別にあるようだった。
子供につられて、カシェル・リターは窓の外を見た。本当に、今日はいい天気だ。朝露に濡れた木々は暖かな日差しで輝き、穏やかな風が草花を揺らしている。日の出から数時間が経ち、普段であれば外遊びに興じている時間帯だろう。カシェル自身も、朝の訓練をやっている時間だった。
楽隊が彼の横を通り過ぎていくのに合わせて、窓の外を見つめていた視線を正面に戻した。騎士団の一人として、カシェルには城内の監視が任されていた。大広間の壁際に立ち、不審な動きをする者がいないか、見張らなくてはならない。しかしまだ、大広間の中には騎士団の仲間以外は誰も居らず、緊張感の保ちようもない。仲間たちも、どこか暇そうではあった。広々とした空間では、今のところは楽隊が、注意の対象だった。何もないようなところで楽隊を動かせるのも、次期国王の第二王子の成せる業だろう。良い意味か悪い意味か、それは分からないが。
(きっと後者だろうな)
そんなことを思って、カシェルはため息を吐いた。まだ、「良き日」は始まらない。
そこからさらに1時間が経った頃、城門から続々と馬車が入ってきた。そうして、大広間の中は多くの人々で賑わい、色とりどりの衣装であふれかえった。
「おい、カシェル。見ろよあそこ。いつもは引きこもってるボルトン子爵がいらっしゃっているぞ」
そう言って、カシェルの横から腕を伸ばして、カウディーリャは子爵の場所を示した。
「ディーリャ、子爵に失礼だよ」
カシェルは背後に立つカウディーリャを見上げた。カウディーリャは、かなりの長身だった。同い年だが、彼はカシェルよりも頭一つ分以上身長が高いのだ。加えて炎のような明るい赤髪で、整った顔立ちをしているからひどく目立っていた。さっきから、どこかの令嬢やご婦人たちの視線を集めてしまっている。そんなことは気にも留めていないように、カウディーリャは腕を伸ばしたまま、カシェルを見下ろして言う。
「だってさ、子爵って守銭奴で、人嫌いって噂だろ?殿下の人望ってやつかね」
「そんなことより。仕事をしようよ」
カシェルは自分の顔の横にあった友人の腕を軽く叩いて、腕を下ろさせた。そうして二人で賑やかになった大広間を警戒する。周りを見渡せば、カウディーリャの言う通り、あまり社交界の場に現れないような人々も集まっていた。先程のボルトン子爵もそうだが、何人かの人々はどちらかと言えば面倒くさそうで、形式として来ただけのようにも見えた。それもこれも、第二王子が半ば強制的に出席を要請したためであり、そのために騎士団も、全員が何らかの警護にあたることになっていた。
すると、大広間の奥の方から声が響いた。
「アバンドネル王国国王、ブトロン・レ・ユマーノ陛下。ヴィレール・レ・ユマーノ王妃。第一王子、シュスキース殿下の御成にございます!」
その声を聞いて、大広間の人々が全員礼をする。複数のゆっくりとした足音が、静寂の中でよく響く。やがて足音が止み、ブトロン王の「皆、楽にしなさい」という言葉で全員が姿勢を戻した。
中心に立つのはブトロン王で、薄い頭髪と白い髭が丸い体型に良く目立つ。今年で六十歳を過ぎる、かなり高齢の国王だった。いつもどこかのんきにニコニコとしていて、そのために頼りない印象を受ける。そのすぐ隣で、国王の身体を支えるように立つのはヴィレール王妃だった。彼女は国王よりも二十歳も年下で、国王の遠縁であると言われている。美人ではあるが、吊り目でいつも厳しいような雰囲気を漂わせているために、周囲からは恐れられていた。その二人から少し離れたところに立つのは、シュスキース殿下だ。彼は片手に杖を持ち、反対の手を従者がとって支えていた。シュスキース殿下は、目が見えない。生まれつきのものらしく、介助なしではほとんどなにもできないと言われている。そのため、第二王子が生まれた時点で、王位継承権の順位が下がった。
「シュスキース殿下、噂じゃ、王妃様に目を潰されたって話だぜ?」
突然、カウディーリャがカシェルの耳に顔を寄せて小声で囁いた。
「なんでも、成長につれてどんどん美しくなっていって、しかも綺麗な瞳の色をしていたらしい。陛下とも王妃様とも違う色でさ。それを妬んで、潰しちまったらしい」
これはヴィレール王妃が激情的な人だから生まれた噂だとされている。確かに、シュスキース殿下はとても美しい顔立ちをしている。柔らかな陽射しのような、温かみのある金色の髪で、穏やかな印象を受ける。正反対の印象持つヴィレール王妃は、いつもシュスキース殿下に対しすこし当たりがきついこともあり、まことしやかに流れている噂だった。
「そんなの、ただの噂だろ?いいから、陛下が話してるだろ」
「さて、諸君。この良き日を迎えられたこと、とても喜ばしく思っている。ついに私は退位し、我が息子であるダンモアが即位する。今日はそのための戴冠式だ。パーティーも、もちろんある。皆、心ゆくまで楽しむと良い」
「陛下!もっと威厳を持って発言してくださいな」
ヴィレール王妃はまだ何事か小言をつぶやいているようだが、ブトロン王のいつも通りの様子に、周囲の緊張が解け、クスクスという笑い声も聞こえる。
するとカウディーリャは、きょろきょろと周りを見渡して言った。
「そういえば、その第二王子サマのお姿が見えないんだけど?」
こんな感じで、ちまちま書いていこうと思います。よろしくお願いします。