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【86】それからの話②(終)


 もうすぐ春がやってくる。

 魔王討伐に旅立った日から1年。

 図らずも同じ季節にエストルミエを旅立つ事になりそうだ。


 退職についてだけど、上司に退職の相談をしに行ったらあれよあれよと宰相殿や王様に呼び出されて話し合いの場を設けられる事になるとは思わなかった。

 魔王討伐の旅に同行したとはいえ俺自身は英雄でもなんともないし、今や国の英雄となったディアは他の騎士達とも意思疎通がとれていると聞くし簡単に許可が下りると思っていたんだけどな。

 上司にも言った内容を説明すれば、「お前らしいな」と生あたたかい眼差しを向けられ大変気まずい思いはしたけれど、無事退職の許可が降りた。

 本当はもう少し早く辞められると思っていたんだけど、俺の見通しが甘かったと言わざるを得ない。季節が1つ過ぎるとは思わなかった。


「……これでよし、と」


 そんなわけで、俺はあと3日で退寮予定の部屋の片付けを行っている。

 エストルミエにはしばらく戻らない予定だし、本当に大切な物以外ほとんど処分した。

 すっかり片付いて寂しくなった自室をぼんやりと眺めながら、ため息をこぼす。


「このままじゃ駄目だよなぁ……」


 考えるのは、ディアの事。

 あれからずっとディアに避けられたまま、碌に話し合いもできていない。

 何度も話しかけたけど何かと理由をつけて逃げるのだ。どうしようもない。

 というか未だなんでディアに避けられたのかイマイチ分かっていない。

 俺が勝手に退職を決めた事に怒っているのだろうか?

 でも一番初めに話したし、それに対してあいつは「そうか」の一言だけだった。

 何か気に食わないならあの時言ってくれればよかったのに。

 第一今生の別れってわけじゃない。

 また無意識にはぁとため息が口から溢れた。最近ため息が癖になっている気がする。


「後は――っと、携帯食と挨拶だな」


 持っていけないけど大切なものは実家に送ったし、旅支度もほとんど済ませているからそれ以外にやる事はない。

 メモを見ながら脳内で今日の予定をまとめていると、突然勢いよく部屋の扉が開くもんだから叫びそうになった。


「誰だ——って、ディア?」


 開け放たれた扉の向こうに立っていたのは騎士服姿のディアだ。

 こちらをじっと見下ろす仏頂面からは何を考えているのか読み取れなくて、困惑する。


「おま、仕事は」

「辞めた」

「……………………は?」

「本日付で退職したんだ」

「なん、嘘だろ!?」


 思わずそう叫んだ俺にディアは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らすと、愕然とする俺の目の前を横切り自室の扉を勢いよく開け放った。


「冗談ではないからな」


 その言葉通りディアの部屋の中は今すぐ退去すると言っても信じてしまえる程綺麗に片付けられていた。

 確かにここ最近のディアは、仕事以外じゃ部屋に引きこもる時間が多かったような気がしたけど……いつのまに。

 展開が早過ぎて、頭がついていけない。

 部屋の片隅にちょこんとまとめられた旅支度に視線をやりながら、混乱する頭が叩きしたのは『暴走』という2文字。


「ディア、まさか一方的に退職届叩きつけてきたわけじゃないよな?」

「お前は俺の事をなんだと思ってるんだ。ちゃんと手続きを踏んだに決まっているだろう」

「なんだ、よかっ――いやいやよくねぇよ何やってんのお前!? そんなホイホイ辞められる立場じゃないだろ!」

「許可は割と簡単に降りたぞ。魔物が弱体化している今、上は俺をエストルミエに縛り付けておくよりも恩を売る方がいいと判断したんだろう。……まぁ色々と条件はつけられたがな」

「ほんと、何やってんだよお前」


 ようやくディアの望んだ生活が送れるっていうのに。

 俺を避け始めたと思えば、突然仕事を辞めてきて。

 俺には、ディアが何を考えているのか分からなかった。


「お前の目標は俺への差別を――引いては黒髪と赤目への偏見を無くす事だろう?」

「……」


 ディアにバラしたのは上司か上層部――まぁ宰相殿だろうな。

 口止めしていたわけではなかったけど、余計な事をと思わずには言われなかった。

 多分それが顔に出たんだろう、ディアは眉を顰めると俺に近づきいきなり胸ぐらを掴んできた。


「おい――」


 爛々と輝くベリー色の瞳に気圧されて、それ以上何も言えなくなる。


「お前1人でどうするつもりだ? 以前、お前は副都で俺の認識を変えてみせたな。それを世界中でやるつもりか? 副都の時みたいにうまくいく保証なんてないし、第一時間が足りないぞ」

「……そんな事は言われなくても分かってる」

「なら何故俺を巻き込まない! 俺自らが『英雄』として魔物を叩っ斬って回るなりした方が手っ取り早く認識を変えられる方法だと分からないお前でもあるまい。親友だろ、なんで頼ってくれなかった!」

「ようやく居場所ができたお前を俺のエゴに巻き込んで利用しろって? できるわけないだろ」


 なのに、巻き込めとか、頼られたかったとか。

 ……なんでそんなに悲しそうな顔するんだよ。


 黙り込む俺に何を思ったのか、ディアは苦笑を1つこぼすと俺の額に自らのそれをコツンと軽くぶつけてきた。

 至近距離から浴びせられる鮮やかなベリー色から、何故か目が離せない。


「エゴだろうが我儘だろうが俺はオズの役に立ちたい。頼られたい。オズになら利用されたって構わない」

「それは構えよ……。あのな、せっかく苦労して掴み取った居場所を捨てる事になるんだぞ」

「確かに今まで望んでいたものだ。だが——オズがいない居場所なら、要らない。必要ない。この半年でよくわかった」


 そう言ってのけたディアに、俺は思わず息を飲み込んだ。


 これが冗談じゃないって事は仕事を辞めてきた時点で嫌でも理解してしまう。

 あんなに望んでいた居場所を要らないってなんだと頭抱えたくなる一方で、そんな居場所を放り投げてまで俺を選んでくれた事に嬉しさを感じている俺がいるのも事実だった。後者は非常に認めたくないんだけどな。


「だが、オズが俺と居たくないというなら潔く諦める」

「お前なぁ。そんな風に思っているわけないって確信しているだろ」

「まぁな」

「随分とまぁしたたかになったよな。……ディア、一緒に来てくれるか? いや、一緒に来てほしい」


 そう告げれば、ディアは心底嬉しそうに女神のような顔を綻ばせた。


「これからもオズにふりかかる危険は俺が全て払ってみせるから安心して——どうしたオズ」

「ごめん、お前の笑顔に見惚れてた」

「……ンン”ッ。お前は本当に俺の顔が好きだな」

「心外な。人柄だって好きだぞ」

「もう黙れこの天然たらし」

「なんで!?」


 余談だけど俺についてくるなって言われたらどうするのか尋ねたら、変装して影からひっそりついていくつもりだったと悪びれる様子もなく返してきたのには少々頭が痛くなった。それってスト……いや、何も言うまい。




 そうして、3日後の早朝。

 奇しくもあの日と同じ穏やかな日差しの中、俺とディアはエストルミエを後にした。


「結果も目的も分からない旅なんてなんかドキドキするな」

「お前にとっては魔王討伐も同じようなものだったのだろう?」

「でもほら、一応『あ、ゲームの世界に転生したっぽいな』くらいはわかってたし」

『差し詰め『ゲームの世界に転生したっぽい俺の話』といったところかな?』

「いやラノベのタイトルかよ」

「らのべ? というかオズ、今誰と話して――」

「——え?」


 旅立って早々早速波乱の予感がするのは、さておき。

 かくして、俺とディアの差別撲滅の旅が幕を開けた。

 道中俺に住み着く誰かさん(・・・・)が出張ってきたり、レントルの町から俺を追いかけてきたローシェが強制的に仲間に加わったり、とある理由からガバラさんが仲間になったりするんだけど、それはまた別の話という事で。



 ゲームの世界に転生したっぽい俺の話はこれにて閉幕。

 めでたしめでたし……なのか?






[おまけ:エンディング後の世界の話]

◆旅のメンバー紹介◆


オズワルト(23歳)

 黒髪赤目の差別をなくすべく立ち上がった元エストルミエ王国の騎士で現冒険者。魔銃使い兼魔獣ローシェ使い。よく親友のディアにタラシ野郎と罵られてるが無自覚。全く関係ないけど魔王討伐後の星降夜もディアと一緒に過ごした模様。なおプレゼントはピアス(色は前回のマフラーに合わせて灰色)。……お前そういうところだぞ。


ディア(22歳)

 オズの親友。オズが差別を無くそうと思い至ったきっかけ。オズの旅に同行する為、エストルミエでの地位とかもろもろぶん投げてきた。友情が重い。ローシェ合流後はしょっちゅうローシェとオズの隣争奪戦を繰り広げている。(オズ「あっという間に打ち解けたなぁ」)


シスル

 正確にはシスルの魂の欠片。魔王討伐終盤あたりの記憶を有している。オズの中に根付いてしまったものの、本当は表に出てくる気はなかった。偏見や差別を無くしたいと言うオズの思いに共鳴し、力になりたいと表に出て来た。意外としたたか。ちなみに完全に浄化されているので無害。


ロクシェンティーヌ(ローシェ)

 魔獣『猛猫(ワイルドキャット)』の雌。オズが幼少時代に拾って来た野生に戻れなくさせた元野良動物。現ご主人様への愛に生きる魔獣。オズが14歳で上京して以降、オズに頼まれて仕方なく家族の用心棒をしていたが、この度意識の無いオズを見て「愛しのご主人様はあたしが守る!」と決意しレントルの町を飛び出した。ディアの事は自分の後輩兼好敵手(ライバル)だと思っている。


ガバラ

 どこか影のある美形中年エルフ。本編中で匂わされていたヘルトに引き摺り出されたどこぞの引きこもり。あるいは焚き付けられた隠居野郎。

 本編には出てこなかったが、実はもう魔王が現れる事がないよう瘴気を浄化する魔道具を作るべく各地を巡っていた。その旅の途中でオズ達と遭遇。一緒に行動する気は微塵もなかったけれど、オズの中にシスルの欠片がいると知って同行を決めた。魔道具オタク。多分ドミニクと魔道具トーク始めたら三日三晩語り明かしそう。






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ここまでお読みいただきましてありがとうございます!


この後は2章までの登場人物紹介とゲーム転生の真相とかいう裏事情、前守護者達の人物紹介等などを投稿予定です。後は本編には関わらなかった番外編も更新予定なので、もしよろしければお付き合いいただけると嬉しいです。


手始めに活動報告で性癖だったり設定っぽいのだったりコンビ愛だったりを語っていますのでぜひ。


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