【85】それからの話①
ぱちりと。
目が覚めた。
「……、……?」
どこからか差し込む光を少し眩しく思いながら、ぼんやりとした頭で考える。
身じろぎすればサラリと布が擦れる音がして、そこでようやく自分がベッドに寝かされている事に気づいた。
よくよく見れば部屋の内装にも見覚えがある。
レントルの町の自室だった。
……はて。この光景、どこかで見たような?
思い出そうとすれば、何故かドクンと心臓が嫌な音を立てるものだから、慌てて考えるのをやめた。
なんなんだ、一体。
「オズ」
はたと我に返り声をたどるように視線を向ければ、光の中で少し泣きそうに微笑むディアがいた。
夜色の髪に光が反射しキラキラと輝いている様はすごく綺麗で見惚れていたら、呆れ顔のディアに頬を引っ張られてしまった。
地味にいひゃい。
「無視するな、ねぼすけめ」
「や、ディアが綺麗でつい……」
「お前の口は相変わらずだな」
「どういう意味だよ。つーかなんで俺、寝て…………ディア?」
やけに重く感じる身体をゆっくり起こしたところで、ディアが抱きついてきて困惑した。
ディアらしくないというか、どういう状況だこれ?
「よかった。……本当に、よかった」
「え?」
そうしてその状態のまま、ディアは俺の知らない事の顛末を話してくれた。
「よく生きてたな俺。下手すりゃ死んでもおかしくな――」
「やめてくれ。お前のいないもしもなんて考えたくもない」
「ご、ごめん」
「それで、本当になんともないんだな? お前の魂を痛めつけたとヴィシャスが言っていたんだ。事実お前は7日ずっと眠り続けていたし……生きた心地がしなかった」
「7日!?」
「皆も、ずっと心配している」
通りで身体が動かないわけだ。
しっかし、魂を痛めつけたとか魔王に乗っ取られていたとか言われても全く覚えがない。俺の記憶は祠を開いたあたりで途切れているのだ。
実感がないと言えばもう1つ。
「俺の前世がヘルト? いや馬鹿な……だって、あいつ目の前にいただろ」
「なんでもお前の魂はずっと欠けていたらしい。その一部があのヘルトだったそうだ」
「なんだそれ!? 俺本当よく生きてたな⁉︎」
心当たりはないかとじっと見つめられる中、そういえばと思い出したのはあの超断片的な記憶。
あれって結局そういうオチかよ!
「あー……この際ぶっちゃけるとな、お前と出会った時にゲームのあらすじを思い出したんだよな。主人公の光の守護者が仲間集めて魔王を倒すってざっくりとしたものだけど」
「ん? という事は俺達守護者の顔くらいは知っていたのか?」
「知らん」
「ざっくりにも程があるだろ。なるほどな、今はどうだ?」
「あー今? ……あれ?」
そう言われて、俺は今まで思い出せなかったシナリオが頭の中に存在している事に気づいた。
え、今更?
もう終わっているんだけど、魔王討伐。
俺の微妙な表情で察したのだろう、俺に抱きついたままディアは神妙な面持ちで「やはりか」と呟いた。
「ヘルトとの融合が終わったんだろう、あいつの記憶はあるか? 例えばアルムの前世についてとか」
「え? いや、あるのはゲームの記憶だけだな」
「そう、か」
一瞬ディアの表情に後悔のようなものが浮かんだかと思えば、声をかけるままなく再び俺の胸元へ顔を埋めて動かなくなる。
「大丈夫かディア」
「後で、話を聞いて欲しい」
「分かった」
夜色の髪を梳かすように撫で続けていれば、ややあってディアがもぞもぞと顔をあげた。
「オズ」
「なんだ?」
「…………もう少し、このままで」
「はは、りょーかい」
その後はまぁ、色々あった。
母さんとミュイ嬢が号泣し始めたり、守護者の皆にもみくちゃにされながら起きるのが遅いと怒られたり。……その時アルム少年が少し寂しげだったのは、きっと俺にヘルトを重ねていたのかもしれない。
なんにせよ魔王討伐の任を終えたのだ。
長いようで短かったこの旅もとうとう終わりだ。この後一度皆でエストルミエに向かう事になっているけど、それが済めば各々自分の居場所に帰り、いつもの日々に戻るのだろう。
そう、同じ日々に。
「……同じ、か」
*
魔王が消え、平和が戻ってきてから半年程。
すっかり季節は冬だ。
各地でお祝いモードだったのも徐々に落ち着き気味だ。まぁまだ街中で魔王討伐セールとか見るけどな。商売根性逞しいことで。
魔王はいなくなっとはいえ、魔物はいなくなったわけではない。
与えられた休暇を過ごした後、ディアはエストルミエの騎士として復帰しまた魔物を屠る日々を送っている。
一方の俺はといえば、瘴気の後遺症で未だに休職中だ。とはいえだいぶ良くなってきているので、このままいけば春前には復帰できるだろう。
そう、復帰できるんだけど……俺は未だに悩み続けている。
本当にこのまま騎士に戻っていいのだろうかって。
騎士を目指したきっかけは、町を守る騎士に憧れたから。
その夢を叶えてから新たに1つ——親友の持つ髪と瞳の色に対する偏見を変えたいという目標を持った。
ディアへの偏見を俺がどうにかできたのは副都くらいしか思い浮かばないけれど、それも俺がどうこうする前に魔王討伐でだいぶ改善されたと思う。
ディアと共に街中を歩いても、以前のように忌避するような人はいない。むしろ英雄だなんだと誉めそやされ子供からは憧れの眼差しを向けられ、ディアの方が困惑していたくらいだ。
騎士業も俺がいなくても班員と円滑な人間関係を築けているみたいだし、……ディアはもう孤独じゃない。
ディアに対する全ての偏見がなくなったわけじゃないのは百も承知だけど、ある意味新しい目標の方も叶ったと考えていいんじゃないだろうか。
じゃあ次の目標はどうしようか……なんてぼんやり考え、ふと気づいた。
確かにディアに対する偏見は変わった。だけどそれはこの世界に根付いた忌み子文化が根本的に解決したわけじゃない。
黒髪や赤目を持って生まれた者は魔物と同じ色を持つ忌み子として扱われ続けるだろう。
ゲーム軸のディアの姿が脳裏をよぎった。
本当にこのままで……いいのかだろうか?
*
「俺、騎士を辞めようと思う」
その日の夜、仕事から帰ってきたディアに一言、そう告げた。
「………………そうか」
何かを考えるような長い沈黙の後、ディアは感情の読めない表情で一言返してくるのみ。
なんとなく気まずさを感じてそれとなくディアの表情を浮かべるも、どうしたと言わんばかりに首を傾げるのみ。
今まで散々それこそ雛を守る親鳥のごとく俺を危険から遠ざけようと口出ししてきたディアを知っているだけに、なんだか肩透かしを喰らった気分だった。
「えっと、理由言った方がいいか?」
「いやいい。お前の夢なら応援する」
「お、おう? そっか、ありがと」
理由さえ聞こうとしないのは流石に予想外で困惑したけどその事をわざわざ尋ねるのはどうかと思って、結局ありきたりな言葉を返すだけにとどめた。
これもきっと『俺離れ』が進んでいる証拠なんだろう。その事実が嬉しくもあり、……寂しくもあった。
思えばいつも隣にディアがいたもんな。このそっけなさには俺の方が慣れるまで時間がかかりそうだ。
そんな風に考えながら迎えた、翌日。
この日から俺はディアに避けられるようになった。
……マジか。




