【9】騎士時代-副都④side:D(後半)
あれから俺の隣には当たり前のようにオズがいるようなった。講義後にオズと菓子を食べながら取り留めのない話をする事が俺の新たな日課だ。
俺の隣にオズがいる、そう思うだけで俺に悪意を向けてくる奴らなんてどうでもいいと思える。
オズが俺の色を綺麗だ好きだと言うたびに、俺の中で燻っていた仄暗い感情が浄化されていく。
それが丁度、養成学校に入学してから1年くらいの事だった。
気づけばいつの間にかオズの友人も加わり、残りの2年は騒々しくも満ち足りた日々だったと思う。
この時俺は、この関係がずっと続くと信じて疑わなかった。
だけど卒業し騎士となった俺はまた独りになった。
王都の養成学校を卒業した者の大半はそのまま王都の騎士として配属する事になる。
だからオズも王都の騎士になるとばかり思っていたのだが、違ったらしい。
それとなく上官に尋ねてみれば、オズは魔銃の使い手故に副都への配属となったと告げられ動揺してしまった。オズからは何も聞いていない。
あれだけ俺の隣に居座っていたくせに……どうして。
もしかするとオズの友人達に聞けば、連絡先がわかるかもしれない。
オズの友人達のうち1人は自身の国へ帰ったらしく、王都で騎士となったのは現在二人。
そのどちらかに聞けば――そう思ったが、結局聞けなかった。
もし二人が知っていたら、それはオズが俺には意図的に知らせなかったという事に他ならない。
事実を知るのがひどく恐ろしかった。
元々二人とはオズが居たから繋がっていたようなものだ。俺から会いに行けば養成学校時代のよしみで普通に接してくれるだろうが、わざわざ俺に会いに来る程仲良くはない。それに加え配属先が違うので顔を合わせる機会もない。会おうとしなければ疎遠になるのは当たり前だった。
俺は一体何のために騎士になったのだろう。
騎士となってすでに魔物もいくらか殺した。それでも俺は『忌み子』のままだった。
相変わらず俺の周りには悪意が溢れている。
オズの嘘つき。魔物を見ればわかるって言ってたのに、誰もが俺の色彩を魔物色と言う。
魔物を殺しても、誰かを救っても。俺は誰かの英雄にはなれない。逆に怖がられる始末だ。
ひとりにも慣れつつあった俺の耳に、聞き覚えのある噂が聞こえてきて思わず笑ってしまった。
幼い頃に憧れたあの本の騎士が、どんどん遠く、色褪せていく。
もうどうすればいいか分からなかった。
何故俺だけ。恨み、憎しみが積み上がっていく。
オズが居なくなってから息苦しくて仕方がない。ひとりの過ごし方だってもう思い出せない。でもそれを認めるわけにはいかなかった。認めてしまえば、自分の中で何かが壊れてしまいそうだったから。
感情を殺して淡々と仕事をこなしていく。仕事に没頭すれば大分気が紛れた。問題は非番の日だ。
何がしていないと気が狂いそうだったから、最近は人気のない時間を狙い外へ繰り出していた。朝特有のひんやりとした空気の中、街中を歩く。
頻度は少なくなったものの、未だにオズを探す癖は直らない。
言ったそばからオズのような後ろ姿を見つけて目で追ってしまう。
もういい加減、やめてしまいたいのに。
どれだけ自分は未練がましいのだろうか。そう自嘲しながらも目の前を歩く人物から目が離せない。今までで一番オズに似ていたからだ。ミルクティー色の髪も髪型もオズそのもので……まさか、と息を呑んだ。
いや、そんなわけが、でも。
久々に口にした名前は、緊張もあってひどく掠れて情けないものになってしまった。
振り向いたオズの表情が驚きから歓喜に変わっていくのをぼんやりと見つめながら、衝撃と、それからじわりと伝わるオズの温度に何故だか泣きたくなった。
*
「おはよ、ディア」
「ん。……おはよう、オズ」
優しく細められたオズの灰色の瞳に、頬が緩む。
どうやらあのまま数時間寝てしまったらしい。
ぼんやりと頭で時計を見れば、丁度昼を回った所だった。
「先程はすまなかった」
「気にすんなって。むしろ俺も嬉しかったっていうか……お節介じゃなくてホッとしたというか」
「そんな事——」
あるはずない、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
どの口が言うのか。
言葉に出さなければ相手には伝わらない。
それなのに俺は怖がって、伝えることを怠った。現に今、オズを不安にさせてしまっている。
オズとの関係をずっと続けていきたいなら待っているだけじゃ駄目だ。
今度こそ掴んで離さないように。
臆病な心を奮い立たせ、俺は初めて自分から手を伸ばした。