【82】封じられた地⑨side:A
周囲に漂う瘴気から打ち出された串刺しや瘴気の刃、その他ライラが使っていた触手や光線等、魔王の攻撃技はゲームと同じようだ。
だからといっても余裕なんてなくて、致命傷を食らわないように防ぐのが精一杯。
一度少し無茶をして強引に近づいた時なんて、即席の瘴気の壁に阻まれ接近できず逆に壁から打ち出された大量の槍に怪我を負う始末だ。
今まで戦ってきた魔物とは明らかに別格。
攻撃が届かない相手にどうやって勝てばいいんだと、正直軽い絶望さえ抱いた。
「……アルム、一度引くべきかもしれませんね」
黒い光線の軌道を風の力で逸らして、ドミニクが険しい顔で呟く。
素早く周囲に視線をやれば、これまでの戦いで屋上は見るも無惨な様相を呈していた。
所々床が崩れ初めているし、このまま戦い続けるのは危険だろう。
「オレの力をぶつけるから、その隙に」
「わかりました」
タイミングを見計らって魔王へと練り上げた光の力を打ち出せば、魔王の前に迫り上がってきた壁にぶつかって盛大に光を撒き散らした。
その光を合図に、オレ達は階段へと駆ける。
とにかく今は、城の外を目指すのみだ。
時折天井からぱらぱらと砂のようなものが降ってくる城内を階下へ目指す。
「ディア、オズの様子は?」
「……呼吸は安定している」
ディアに抱き抱えられた意識のないオズを見やる。
顔色はあまり良くないけど苦しんでいる様子は見られない。
ヴィシャスの言葉が気がかりだけど……大丈夫だよな?
「そういえばヘルトはどうしたのよ」
「彼は自分の役目を果たしに行っているので問題ありません」
「役目? まぁ無事ならいいけど」
ルーチェとリュネーゼの会話を聞きながら、これじゃダメだと頭を振る。
こんな時、うじうじ悩むオレを励ましてくれる兄ちゃんはもういないんだ。
しっかりしろオレ!
暗い気持ちじゃ、到底ハッピーエンドなんて成し遂げられないだろ!
気持ちを入れ替えるようにバチンと頬を叩いたら隣を走るディアに怪訝な顔を向けられた。
「自虐か?」
「気合だよッ!」
走る。走る。
進路上の魔物を屠りながら、とにかく走る。
無駄に城の中、崩れ落ちている道を迂回しながら走っていく。
行きとは違う道を進んでいけば、ようやく2階へ向かう階段が見えてきた。
壁が崩れてだいぶ見通しがよくなった階段を降りる途中、ドンと建物が震えたかと思えば上層が跡形もなく消し飛んだ。
一歩遅ければ俺達も巻き込まれていただろう。背後に迫る死の気配に背筋が凍った。
今のが建物にとって致命傷になったんだろう。
いよいよあちこちからピシピシと嫌な音が聞こえて、本格的にまずいと顔を引き攣らせた。
頼む、外に出るまで待ってくれッ!
焦燥を抑えながら2階の床へ足を下ろそうとした——次の瞬間。
「伏せろッ」
鋭さを帯びたカイゼスの声に咄嗟に身を低くすれば、頭上を風切り音と共に何かが通り過ぎていった。
それが何だったのかを理解するよりも早く、強風をもろに食らったオレの身体が宙に投げ出される。
「え」
ぐるんと視界が回った。
浮遊感の直後、重力に引かれて落ちていくオレの身体に部わりと冷や汗が吹き出す。
どうしよう。
どうすればいい。
どんどん地面が近づいていく中、真っ白になりかけたオレの頭の中はそればかりで解決策がまるで浮かばない。
うまく回らない頭でなんとか受け身を取ろうと身構えたその時、何かが身体に巻き付きつきぴたりと落下が止まった。
「アルムっ大丈夫ですか」
「な、なんとか」
どうやらさっきのあれはドミニクの力らしい。
そのままゆっくりと降ろされ、地面に足が触れた途端、情けなくも身体から力が抜けて尻餅をついた。
ドッドッと激しく鳴り響く心臓自分の生を噛み締めながら、紐なしバンジーは2度としたくないと強く思った。
「……ありがと」
「いえ」
横に降り立ったドミニクに手を貸してもらいながら、よろよろと起き上がる。
先程まで居た黒い城はまったく原型をとどめておらず、瓦礫の山と化していた。
その瓦礫の上からふわりふわりと降りてくるのは、黒いモヤを纏った――魔王。
「……あ」
そういえば魔王から一定距離を取ると発動するフィールド全体攻撃があったっけ。
……思い出すの、今更すぎるけど。
魔王を中心に夥しい数の槍が量産され空を覆い尽くしていくのを見て、オレは失策を悟った。
……あれ、躱せるの?
魔王に攻撃を当てて攻撃自体を妨害する?
それとも相殺を狙うべき?
何が正解か分からない。
ゲームみたいに選択肢はないし、やり直しはできない。おまけに考える時間もない。
ないない尽くしだけど、行動しなければゲームオーバー待ったなしなのは容易に分かる。
現実でのゲームオーバーは——死だ。
考えろ。選べ。
行動しろ。
早く。早く。はやく——。
急いで光の膜を展開し終えたところで、槍の雨が降った。
雨なんて可愛いもんじゃない、土砂降りだ。
バチバチと音を立てながら俺の頭上を覆う光の膜がすごい勢いで削れていく。
懸命に補強しながら耐えていれば、やがて雨の終わりが見えてくる。
その事に安堵しかけた——刹那。
「——ぁ」
足元に蠢く黒いモヤに気づいた。
モヤの中から顔を覗かせたのは黒光りする槍の先端。
待って、これ。
防げな――




