【81】封じられた地⑧side:A
『嫌になっちゃうナもーッ!』
ディアから遅れる事少々、オレもまたヴィシャスとの距離を詰めていく。
奇怪な黒い杖から放たれる瘴気の弾丸を躱しあるいは切り伏せながら接近していけば、進路を妨害するように目の前に魔物が現れて襲いかかってきた。
それを光の剣で両断したところで、崩れ落ちる魔物の背後からオレへと向けられた杖の先端に気づき無理やり横へ飛ぶ。
直後、オレの腕を掠めていった黒い光線にドッと心臓が激しく音を立てた。
さらに次弾を打ち出そうとするヴィシャスに気づきヒヤリとさせられたけど、不意打ちで突き出されたハルバートのおかげで助かった。あのまま打ち出されていたらと思うとゾッとする。
現役守護者6人の攻撃を捌いてかつ隙をみて攻撃に転じる様はさすが元守護者といったところか。
とはいえやはり後衛。
本来壁役がいてこそ真価を発揮できるポジションだ。
一応瘴気から魔物を生み出して壁役を拵えてはいるけれど、量産速度も魔物の耐久性もライラの触手ほどではない。そもそもヴィシャスの攻撃で一番厄介なのは人間を狂化させ、傀儡とする事だ。
裏を返すとそれさえなければライラ程厄介な相手じゃなかった。
そんなわけで、ヴィシャスに余裕があったのは最初だけ。
守護者6人を相手に魔物の生産が追いつかなくなっていったヴィシャスはだんだんと追い詰められていった。
一番の功労者は当然ディアだろう。
今までの鬱憤を晴らすが如く華麗なるヒットアンドヒット。防御をかなぐり捨てた怒涛の攻め。
おかげでヴィシャスは途中から守りに転じて攻撃どころではなくなっていたから、ある意味攻撃は最大の防御を地でいく戦い方だったと言える。絶対真似できないし、したくもないけど。
最期はリュネーゼの水球に閉じ込められた状態で全方位から打ち出された闇の剣に原型がなくなるまでズタズタに貫かれて消滅という、エグい幕引きだった。
『あ~ア、残念! ここで終わりかァ』
今際の際までヴィシャスはずっとニタニタと嗤っていた。
あいつは自分の死すらただの娯楽だったのかもしれない。
そうして今度こそ、ルーチェの浄化の光に誘われてヴィシャスは塵と化していった。
「……後は魔王ですね」
「ルーチェ達、大丈夫かしら」
どちらも女神の力を持っているとはいえ、たった2人で向かったんだ。
心配にならないわけがない。なにより、一番の懸念事項はオズだ。
もうあれから数時間。普通の魔物ならいざしらず魔王に乗っ取られているオズの身体は大丈夫だろうか。
帝国で見た、皇帝の異形化が一瞬脳裏をよぎり、慌てて首を振った。
兄ちゃんもルーチェが頑張っているんだ、オレが不安がってどうする。
怪我を治し終え、階段を登ろうとしたその時――。
頭上から大きな破壊音が聞こえたかと思うと、建物全体がぐわんと揺れた。
「行こうっ!」
一気に階段を駆け上がった先、曇天の空の下いたるところが崩壊した屋上。
「ルーチェッ!」
目の前でうつ伏せに倒れる彼女に駆け寄りながら前方を見やれば、黒くドス黒い瘴気が吹き荒れるその中心には頭を抑えてうずくまるオズの姿があった。
「……オズは」
「無事送り込めました。後は彼次第です」
送り込めたって——何を?
ひどく真剣な顔でオズを見つめるルーチェを見て胸騒ぎがした。
……そういえば兄ちゃんの姿がどこにもない。
「……オズさんから魔王を引き剥がすには、内部から女神の浄化の力を使うしかありません」
誰が、どうやって?
そんなの——ここに兄ちゃんがいないのが答えだろう。
「そんな事、簡単にできるの?」
「普通はできませんが、彼の場合は元の場所に戻るだけですから」
元の場所って事は……つまり。
まさかという気持ちと、やっぱりという気持ちが入り混じって頭がぐらぐらする。
「……あなた宛に伝言を預かってます。『ハピエンよろしく』だそうです」
「はは、他にもっと言う事あるだろ兄ちゃん」
もうあの姿の兄ちゃんには会えないんだなって事はなんとなく分かった。
もしかすると兄ちゃんが前世の名前を名乗らなかったのは、いずれ自分が消えてしまう事を分かっていたから?
なんでそういう事、隠すかなぁ兄ちゃん。
せめて……オレには教えてくれたっていいじゃん。兄ちゃんのバカ。
だけどすごく兄ちゃんらしくて……こんな時だけど少し笑ってしまった。
「兄ちゃんの伝言、ちゃんと叶えないとな」
「えぇ」
「ルーチェ、オズはどうなってる?」
「おそらく魔王も抵抗しているのでしょう。分離はまだみたいですね」
「このまま様子見、かな。……ディア」
「——わかっているッ!」
牽制するように名前を呼べば、ディアはぐっと拳を握りしめ唇を噛んだ。
本当ならすぐにでも駆け寄りたいんだろう。
誰もが息を呑んで見守る中、ついにオズの身体からどす黒いモヤが吹き出した。
そのモヤが完全に上空へと抜けた途端、オズの身体が力を失い地面に崩れ落ちる。
「オズッ!」
たまらずディアが飛び出したのを横目で見ながら、オレは上空で蠢くソレを睨みつけながら剣を構えた。
おぞましい気配に、冷や汗が頬を伝う。
気付けば剣を持つ手が震えていた。
動けない。迂闊に動けば……潰される。
目の前でモヤが青年の姿を形取るのを見上げながら、深く息を吐き出した。
あれが……魔王。
黒い肌に黒い髪、そして血のように赤い瞳。
配色こそ魔物だけど、その面立ちはどこかルーチェと似通っていた。
「……兄さん」
感情を押し殺したようなルーチェの呟きを聞きながら、汗で滑る剣の柄を握り直す。
この戦いに勝たなきゃいけない。
殺さなきゃ、オレ達が死ぬだけだ。
そう、殺すのだ、魔王を。……ルーチェの兄だった存在を。
今更迷うな。余計な事を考えるな。
「……勝つよ、皆」
頭を振って魔王を睨みつける。
そうして、ついに。
最終戦が始まった。




