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【80】封じられた地⑦side:A


 ルーチェの後に続いて、石造りの螺旋階段をひたすら駆け上がる。

 彼女曰く、魔王の気配は城の最上階にあるらしかった。


「ルーチェちゃん、さっきのあれはなんだ?」


 兄ちゃんの言う『あれ』とは、ルーチェが触手を殲滅したあの閃光の事だろう。

 そこの声音に僅かに滲んだ期待の色に気づいたのか、ルーチェは苦笑いを浮かべた。


「女神の巫女の切り札ですね。ただ、使えてもあと2発くらいなので期待はしないでください」

「なるほど、女神の巫女もそんな感じか」

「はい」


 意味深長に濁された言葉が気になって兄ちゃんの顔をじっと見ていたら、揶揄い気味に「転ぶぞ」と背中を叩かれただけ。……どうやら言う気はないらしい。

 オレには相談しろと言うくせに、兄ちゃんの秘密主義は相変わらずだ。前世の弟としては、少しくらい相談して欲しいと寂しく思う。

 秘密主義といえば、ルーチェもそうだ。

 何かを聞こうにも、今はそれどころではないと言われてしまえば黙るしかない。

 結局ルーチェの事情に誰も触れられぬまま、3階までたどり着いてしまった。


 四方から滲み出るように現れる魔物を屠りつつ、部屋を通り抜ける。4階へ至る外階段に足をかけつつぐるりと景色を見渡せば、果てしなく続く砂と瓦礫が一望できた。遠くにうっすらと白い霧のようなものが見えた。

 もしかすると、この大陸を封印する女神の封印だろうか。

 そんな事を考えていたら、ふいにルーチェが足を止めた。


「……この先忙しくなりそうなので今のうちに言っておきます」


 銀色の髪を靡かせながらルーチェが睨みつけるのは階段の向こう。

 最上階まではまだ1階層あるはずだけど、やっぱりシナリオ通り何かいるのかもしれない。


「私とそちらの彼が魔王を分離させるまで、魔王に対して守護者の力は絶対に使用しないでください」

「えっと、オズの魂を傷つけちゃうからだっけ」

「そうです。オズさんを救う為にも、それだけは必ず守ってください」

「……お前達なら、本当にオズを救えるんだな?」

「絶対――とは言い切れませんが、女神の巫女の名にかけて最善を尽くします。2代続けて守護者が魔王堕ちとか洒落になりませんから」


 ルーチェの言葉に、ディアはぐっと悔しそうにうめいた。

 遠回しにオズを救えなければ堕ちると言われたようなもんだけど、反論がないのは本人にもその自覚があるからだろう。ディアは色んな葛藤を飲み込んだような声音で一言、「頼む」とだけ、呟いた。


「おう! 俺に任せとけディアたん!」

「……ルーチェはともかくこんなふざけた奴も必要なのか? オズに悪影響がないか不安なんだが」

「一応彼が作戦の基幹なんです。ですが……私も少し不安になってきました」

「ひどくねぇ?」


 シリアスクラッシャーな兄ちゃんの()()()で幾分か落ち着いた空気のまま、オレ達は外階段を登り切る。そうしてたどり着いたのは吹き曝しの長い廊下。左右には黒い石柱が規則的に並んでいるだけで壁はないから、ここからも外の景色がよく見えた。

 前方奥には階段も見えるので、それを上がっていけばきっと魔王のいる最上階へと至れるはずだ。

 だからこそ向こうも、素通りさせてはくれないらしい。


『あらら、巫女様は負けちゃったカ』


 魔物を率いて待ち構えていたのは帝国で戦った人型の魔物――ヴィシャス。

 やっぱりここで現れたか。


『せめてもうちょっとだけ時間稼ぎして欲しかったんだけどナ~』

「ヴィシャス……いえ、お前はゴーシュですか」


 ルーチェの言葉にピタリと動きを止めたヴィシャスは、直後腹を抱えてゲラゲラと笑い始めた。


『ほんとのホントにルーチェちゃん? え〜久しぶりィ、前会った時は違ったよネ? いつからだロ? 女神サマもえっぐい事するなァ』

「……お前がそれを言うんですか」

『アヒャッ、そっかー流石に気づくカ』


 二人の会話を聞きながら、嫌な予想が頭をよぎる。

 ルーチェが知っているって事はまさか、ライラ同様こいつも先代に関係する人物じゃ――。

 そんな思考を見透かしたように、オレを見たヴィシャスの三日月状に目を細めて笑った。


『改めましてボクはゴーシュ。元地の守護者サ。まぁ今は魔物のヴィシャスだけどネ!』


 先代地の守護者――ゴーシュ。

 光の守護者に続いて堕ちた守護者がいる事に言葉が出てこなかった。


『君達も大変だよネ、勝手に守護者の力を与えてきて魔王討伐なんて使命を背負わされてサァ』

「なん、で……魔物になんか」

『魔物になったのは成り行きかナ。でもこの身体、結構便利だヨ? おかげで寿命から解放されたし、人間攫って実験しても『魔物』だからで納得されちゃうし。後はそうだなぁ――』

「そんな話はどうでもういい。さっさとそこを通せ」


 まだまだ続きそうだった話をぶった斬ると、ディアは剣を片手に不機嫌顔のヴィシャスに斬りかかっていく。

 それを瘴気の壁で受け止めながらヴィシャスは愉快そうにニィと口角を吊り上げた。


『ねぇ、やっぱりこっちに寝返らない? 返答次第では――』

「今度こそ叩っ斬ってやる!」

『いやぁ熱烈だナ~』


 ディアを追いかけようとと一歩足を踏み出して――やめた。

 ヴィシャスがここにいるって事は、あいつがやるべき調整は終わっているとみていいだろう。

 時間稼ぎ云々言っていたのでオズの魂はまだ無事なんだろうけど、猶予はほとんどないはずだ。

 それなら今すべきことは何か。

 密かにルーチェを見、心得たとばかりに小さく頷き返してくれた彼女に安堵して、今度こそ足を踏み出した。


 上階へ向かっても、オズと魔王を分離しない限り守護者がいても何もできない。

 それなら先にルーチェと兄ちゃんを送り出した方がいいはずだ。

 ゲームにはもちろんこんな展開なんてないから事態がどう転ぶかは分からない。でも、それでいい。


 周囲を見渡せば、いつの間にかあたりは霧で包まれ、あちこちに岩が生えていた。攻撃に見立ててさりげなく2人をフォローしてくれたんだろう。その気遣いがなんともリュネーゼとシュゼッタらしい。

 だったらオレも――と、ディアが身を引いたタイミングでヴィシャスに突っ込んで剣を振り下ろした。ヴィシャスの身体を覆う瘴気の障壁が守護者の力と相殺しあってバチバチと激しい音を立てる。

 そのまま剣に力を込めれば、やがてピシリと音を立てて障壁がかけた。

 その瞬間左右から気配を感じて身をひけば、オレのいたところを何本もの黒い槍が撃ち抜いた。


『あらら、外しちゃっタ――っておや? ルーチェちゃんたら上にいったの? そっかぁ残念だナ』


 ようやくルーチェ達がいない事に気づいたらしい。

 それなのに焦りもせずニヤついてるヴィシャスに違和感を感じて思わず顔を顰めた。


「残念そうには見えないけど?」

『欲を言えば器にちゃんと定着させた後、シスル君の見た目に改造したかったんだよネ。その方が色々盛り上がっただろうシ? それなのさァ、何度も悪夢を見せても苦痛を与えてもなかなか壊れてくれないんだよあの器の魂。未完成な作品(魔王)をお披露目しちゃってごめんネ』


 ヴィシャスの話の途中からオレの真横に強烈な殺気を感じて、正直話が頭に入ってこなかった。

 誰のものかなんて確認するまでもないけど念のため、と恐る恐る横目で伺えば、底知れない怒りに瞳を爛々とさせたディアの凶悪な顔を直視してしまい、見てしまった事を少し後悔してしまった。


「……そうか。貴様はオズに危害を加えたのか……ふふっ、そうか」


 ドスの効いた声でつぶやいたディアの周囲に大量の剣が作られていく。


「ディ、ディア……その、落ち着――」

「大丈夫だ。堕ちはしない」


 違う、そうじゃない。いやその心配もあるんだけど……というかそんな様子で大丈夫だと言われても安心できない。

 こんな時ディアを落ち着かせる事ができるオズはいないし、いい感じに場を緩ませる兄ちゃんも不在。

 そんな状況でキレたディアをオレごときがどうにかできるだろうか――いや無理。


 結局オレは何も言えないまま、目の前でディアとヴィシャスの戦いの火蓋が切られるのを見守る事しか出来なかった。


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