【79】封じられた地⑥
気づいたら暗闇の中。
祠を開けて……それから、どうなった?
ディア達は無事に北の大陸に向かったのだろうか。
というか、ここはどこだ?
俺はどうなった?
そう思った瞬間、全身に痛みを感じて息が詰まった。
まるで脳から内臓まで身体のいたるところをぐちゃぐちゃにかき回されるような感覚に吐き気が込み上げてくる。
痛い。痛い。痛い。
なんだ、これ。
何が。
何が、おき、て――。
理解できないまま、俺は意識を失った。
気づけば、また暗闇の中。
先程感じたはずの痛みを思い出して、身体が震える。
ここから逃げ出さなければ。
でも、どうやって?
ここがどこかもわからないのに。
何も見えない暗闇の中を慎重に進むけど、何もない。
そのうちまた、かき混ぜられるような痛みを感じて立っていられなくなった。
痛い。痛い。痛い。
それしか考えられないまま――また俺の意識が暗転した。
その後も、何度も、何度も、何度も、何度も暗闇で目覚めて。
そしてまたあの痛みに襲われて。
ずっとその繰り返し。
もう何度繰り返しただろう。そして、あと何度繰り返すのだろう。
また痛みに襲われながら、意識を手放した。
目を開けると、俺は祠の前に立っていた。
先程までの暗闇ではない見慣れた光景に、深く吐き出した息が震えた。
あの痛みがなんだったのかはわからない。
自分の身体を恐る恐る見下ろしてみたけど、別段異変は見当たらなかった。
震える体を叱咤して祠を後にする。
今は一刻も早くレントルの町へ戻りたかった。
皆を送り出した時点で俺の役目はもう終わっている。
後はミュイ嬢や母さん達と一緒に皆の帰りを待つだけだ。
きっと母さんは俺が帰るまで心配してそうだ……なんて考えていたら急に視界が暗転した。
気づくと俺はレントルの町の自分の部屋の中に立っていた。
どうやってここまで帰ってきたのか覚えていない。
そのまま部屋を出て、ゆっくりと1階へ降りていったけど室内には誰もいない。
そのまま玄関を通り過ぎ、町中を進んでいく。
誰もいないなんてありえない。
明らかに、異常事態だ。
なんとなく町の入り口を目指して進んでいたら……俺の視界にノイズが走る。
そうしてまた、暗転。
ハッと我に返れば、町の入り口に立っていた。
そのまま周囲を見渡して――頭が真っ白になる。
あたり一面、血と肉片の海だった。
「……は?」
一歩後ろにさがれば、ぐちゃりと柔らかいものを踏んだ感覚に背筋が凍る。
振り返って、そこにあったのは――。
「え、……アン、リ?」
顔が半分以上ぐちゃぐちゃにつぶれた妹の姿だった。
妹だけじゃない、周囲に転がっているのは、母さんを始めとした町の人達。
その中にはミュイ嬢の姿もあった。
なんだ、これ。
訳がわからない。
何が起きた?
——何知らないフリをしているんだよ。お前が殺したんだろ
頭の中で、ひどく冷めた俺の声が響く。
——認めろ。お前が殺したんだ
「——ッ!」
気づくと俺は、自分の部屋のベッドにいた。
どうやら先程のあれは夢だったらしい。
「大丈夫、夢だ。あれは、夢。……本当に、夢だよな?」
それにしてもやけにリアルな夢だった。
不安に駆られて足早に1階へ降りたけどやっぱり誰もいない。
たまらず玄関を扉を押しあけ、無我夢中で走る。
町の中もあの夢同様、誰も見当たらない。
一瞬視界にノイズが走り、ハッと我に返った時には俺はまた町の入り口に立っていた。
「なん、で……だよ」
そして周囲には大量の死体の山。
門の上には俺の家族の首が綺麗に並べられていて、まるで小雨のようにそこからぽたぽたと血が滴り落ちていた。
嘘だ。
なんなんだよ、これ。
ふと右手を見下ろせば、真っ赤に染まった剣。
いや、剣だけじゃない。
よく見れば俺の手も足も真っ赤に染まっていた。
夢、だよな?
夢なら早く醒めてくれ――。
――現実から目をそすらな
また、あの声が聞こえた。
嘘だ、俺は——。
目を開ければ、また俺の部屋のベッドの中。そして最後は必ず町の入り口で、血溜まりの中に立っている。
何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返す。
あの痛みのように繰り返す。
家族の、知人の、仲間のつぶれた姿を見せられるよりも、痛みの方が正直何倍もマシだった。
知人の血や肉片を浴び続けて気が狂いそうだ。
俺が殺したと嘲笑う声を聞きながら、遠くなる意識に身を委ねて次の目覚めを待った。
*
ふわり、ふわり、ゆら、ゆら。
まるでゆりかごのように、たゆたう。
心地よい揺れだ。
何もかもを忘れて、ずっと身を預けていたくなる。
『——ッ! …………』
ふと、誰かに呼ばれたような気がして目を開けた。
「?」
目を開けたはずなのに、視界は黒一色で先程と変わり映えがない。
周りを見渡してみても変わらずだ。
ここは一体どこだろう。
――ここは器の深層だよ
そんな事を考えていたら急にどこからか声が聞こえて、ひどく驚いた。
——随分と早い目覚めだね、オズワルト
オズワルトって……俺の事だろうか。
というか、この声は一体……?
そんな俺の疑問に答えるように、またどこからか声が響いた。
――私はとある男の魂の断片さ
断片?
——そう。でも、その話はまた今度にしようか。君が幼い頃からここにいるから断片だけは君に癒着してしまったみたいなんだよね
……?
何を言っているのか意味がわからない。
——今は分からなくてもいいよ、オズワルト。さぁ、迎えがくるまでもう一眠りしてしまおうか。君が壊れてしまったらあの子が悲しむ
ふわり、ゆら、ゆら。
心地よい揺れに、また瞼が落ちていく。
——おやすみ、オズワルト
優しげな声を聞きながら、俺は意識を手放した。




