【閑話】ある人間モドキの顛末/side:???
未熟な感情に振り回され狂っていった、とある人間モドキのお話。
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魔王を処理する為の補助道具。あるいは制約により地上で動けない女神の為の駒。
それが女神の巫女として造られた私の役割だった。
そんな私の在り方を変えてくれたのは、あの方——光の守護者のシスル様。
――巫女って役職名だろう? 君、名前はないのかい?
そう言って彼が名前をくれたあの日から、私は『ライラ』となった。
彼は名前以外にも私に様々なものを与えてくれた。
感情というものがよく分からない私に、色々な感情を。
女神から与えられた情報では分からなかった、美しい景色を。
造られた時に女神から与えられた使命が義務感から意思へと変わったのは、彼のおかげだった。
突然魔王と戦い世界を救う使命を背負わされた事に反発する守護者が多い中、早々に受け入れたのも彼だ。
慣れない力に、魔物との連戦。彼だって大変なはずなのに、『女神の手先』として孤立した私をいつも気にかけてくれた。
――皆で世界を救おう、ライラ
彼の実直さに。
彼のひたむきさに。
彼の優しさに。
少しおっちょこちょいなところも、実は猫舌だってところも。
彼の事を知れば知るほど、紛い物の心が暖かくなる。
私はいつしか、彼に分不相応な恋心を抱いていた。
とはいえ私は魔王討伐までしか存在できない存在だ。
だからこれは叶うはずのない恋。
その事になんの不満もなかった。
私が願うのは恋の成就ではなく、彼の幸せ。
彼が笑ってくれれば、それだけで良かった。
それ、なのに。
旅が終わりに近づくにつれて、彼の表情が憂いを帯びる事が増えた。
理由はわかってる。
彼の妹。魔物と同じ色を持つ、黒髪赤目の闇の守護者。あの子のせいだ。
魔物の被害が増えるたびに、黒髪赤目のあの子もまた忌み嫌われていく。
それを見て彼は苦しそうな顔をするのだ。
辛そうな彼に紛い物の心が痛む。
それなのに、あの子は彼の横でいつもにこにこ笑っている。
彼の憂いはあの子が原因なのに。
どうして笑っていられるの。
私の身体の奥底で、得体のしれない感情がどろりと蠢くのを感じた。
それならば原因を遠ざけてしまおう。
そうすればきっと彼の苦しみもなくなるはず。
あの子に離れるように諭したけれど、あの子は困ったように笑うだけだ。
耐えきれず彼にも直談判しに言ったら私を見る目がだんだんと冷えていく。
私は彼の幸せを願っているだけなのに、どうしてわかってくれないのだろう。
どうすればいいか分からず途方に暮れていたら、ある日あの人が、その方法を教えてくれた。
——そんなの簡単だよ。妹を殺せばいいのさ
戸惑う私に、あの人はやれやれと肩をすくめた。
——じゃあずっと彼は苦しむだけだよ……巫女様はそれでいいの?
いいわけない。
そう告げればあの人は私に手を差し出して口角をつり上げた。
——大丈夫、ボクも協力してあげる。一緒に彼を救おうよ
口で言ってもダメならば、手段は選んでいられない。
彼の幸せは、私が守らねば。
人間は似たものを関連付けずにはいられない生き物だ。
黒と赤は魔王の素質を持つ者忌み子だという噂を密かに流せば、すぐさま広がっていく。
あの人の根回しのおかげで一部の守護者にあの子への疑念が定着しつつあった。
魔王を討伐する頃にはきっと、この不穏はあの子を殺す立派な大義名分へと育ってくれるだろう。
……私の忠告を聞かないあの子が悪いのだ。
そして、魔王を討伐し終えた直後——。
私の一声で、育ちきった不穏の芽があの子に牙をむいた。
恐ろしいほどあっけなく、あの子は死んだ。
炎の守護者があの子を庇って死んでしまったのは予想外だったけれど、とにかくこれで彼が苦しむ原因は取り除けた!
これで彼も幸せになるはずだ。
私も安心して消えることができる……そう思っていたのに。
「ルーチェッ!」
彼の悲痛な声が聞こえる。
「目を開けてくれ、ルーチェ……お願いだから……」
どうして。
どうして。
どうして。
どうして、辛そうな顔をするの。
どうして、笑ってくれないの。
動かないあの子を抱き起こす彼の周りに黒いモヤがまとわりつく。
瘴気だった。
なんで、彼が……瘴気を纏うの?
これでは彼が魔王みたいではないか。
理解が追いつかない私の前で、彼が黒く染まっていった。
彼が。
優しかった彼が――堕ちていく。
瘴気の中で壊れたように呪詛を吐く彼へ、たまらず手を伸ばした。
私に残された力はほんの僅か。
この力を使えば私は消えてしまうだろう。
それでも構わない、早く浄化しなければ。
彼を正気に戻さなければ——。
「――え」
私の胸を貫く、黒く染まりかけた光の剣。
信じられないという気持ちで、彼の淡い紫の瞳を見やる。
いつも優しさを湛えていたその瞳は、今や憎悪と殺意に濁っていた。
——何故?
その問いを口に出す前に、私の視界は暗転した。
*
――私を殺して、兄さんは幸せになりましたか?
彼と同じ淡い紫色の瞳に見下ろされながら、長い間受け入れたくないと拒絶してきた現実を突きつけられる。
あの時は、本当にこの方法で幸せになれると信じていた。
でも、あの子がいなくなって……彼は幸せになるどころか世界から忌むべき存在へと変わってしまった。
違う、こんな、違う。嘘。
信じたくない。
それなら私の、した事は――。
——魔王に堕ちることがライラの言う、兄さんの幸せなんですね?
シスル様、ごめんなさい。
わた、し……は……。
私は、彼に笑っていてほしかった。
ただ——幸せになって欲しかった。
こんな未来、望んでいなかった。
自分が起こした過去の過ちに今更すぎる後悔を抱きながら、私の意識は絶望と共に光の中に呑まれていった。
あぁ願わくば、消える前に……1つだけ。
ルーチェ――今代の巫女。
こんな事、私があなたに願う資格なんてないのは分かってる。
身勝手だって事もわかってる。
だけど、お願い。
私が苦しめてしまった彼を——。
彼、だけは……どうか、救って。
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[めっちゃ余談]
この数百年、ライラは幸せにしたかった人が壊れていく姿を間近で見続けてきたので、彼女にとってこれが一番辛い罰。受け止めきれずにずっと現実から目を逸らしていたけれどシスルと同じ色を纏ったルーチェが現れた事で感情爆発。その後ルーチェにボコられてようやく自分の間違いを受け入れ絶望しながら消えていった——というのが流れでした。
なお巻き込まれたシスルとルーチェ兄妹はなんというか完全にとばっちり。
妹と見た目年齢が近そうな女の子が危なっかしくてちょいちょい世話焼いてたら、『あなたを幸せにする為』とか突然言われて最愛の妹殺されるという。
ルーチェもシスルを心配させまいと元気に振る舞っていただけなのに、そのままを受け止めたライラによって『シスルの憂う様子を楽しんでる』という超解釈された挙句『不幸の原因』扱いされて殺されるのほんと不憫でしかない。
中途半端なライラを造って送り出した事からも伺える通り、この世界の創造主兼管理者である『銀の茨の女神』は結構なポンコツ女神です。そもそも有能な女神なら魔王なんて生み出さなかった。




