【72】レントルの町①
俺ん家の愛猫ロクシェンティーヌにゴロゴロひっつかれながら森を抜ければ、懐かしい景色が広がっていた。
何年ぶりの帰省になるだろう。久々に町を歩けば、懐かしい見知った顔に声をかけられて自然と頬が緩んだ。
「ところでオズ、どこに向かってるんだ?」
「北の大陸への入り口に心当たりがありそうな人のとこかな」
歩き続ける事少々、道の向こうに見えて来た懐かしい屋根に肩の力が抜ける。
いきなり帰ってきたんだ、驚くだろうか。
それとも——。
「は? なんでいるの!?」
屋敷と呼ぶには少し小さめな古めかしい家に到着して早々、聞こえてきた素っ頓狂な声に視線を向けた。
「よっ、アンリ」
ちょうど家の裏手側からジョウロ片手に現れたのは、薄茶色のワンピース姿の妹——アンリ。
あんぐりと口を開けたまま固まっていた彼女に軽く片手を上げれば、ジョウロをその辺にぶん投げひどく驚いた様子でバタバタとこちらに駆けてきた。
「もしかしてクビになった!? あ、おかえりオズ兄!」
「誰がクビだ。ジョウロは投げるな。ただいま、アンリ」
アンリ・クローセム。俺の妹で、レントルの町の次期町長と言われている彼女はもう18歳だというのに相変わらずガサツだ。兄としてはお淑やかとは言わずとも少しは落ち着いて欲しい今日この頃。
興奮する妹の声がどうやら家の中にまでよく響いたようで、呼び鈴も押してないのにバタンと勢いよく扉が開いた。現れたのは俺と同じ髪色と瞳の女性——母さんだ。
「アンリ? 一体どうし——あら?」
「ただいま母さん」
「おかえりなさい、オズワルト。あなたこんな時にどうし——」
驚きと困惑とがないまぜになった表情の母さんは、俺の後ろにいる守護者一行に気づくと、顔をこわばらせた。
「……」
「母さん?」
「なんでもないわ。さ、お客様をお迎えしないとね。オズワルト、応接室に案内してくれるかしら?」
「わかった」
お茶とお茶請けの準備をしにいったのだろう、ぱたぱたと慌ただしく部屋の中に戻る母さんの後ろ姿を見送りながら首を傾げる。母さんの笑みが少しぎこちなく感じたのは、どうしてだろう。
「ようこそお越しくださいました。レントルの町で町長を勤めていますオーレリア・クローセムです。エストルミエの上層部から話はおおかた聞いています。早速ですが北の大陸への行き方についてご説明いたしましょう」
興味津々のアンリを自室に追い返した後、母さんは町長然とした態度でそう前置きしてから、魔王討伐に関わるこれからについて話し始めた。
「あの地は女神によって封印されていますから、直接行く方法はありません。ですので、来るべき日の為にクローセムの一族は代々あの地へ繋がる転移門を守り続けてきました」
そんな話は初耳だった。驚いて固まる俺に微苦笑した母さんはさっとその表情を引き締めると、ルーチェ嬢を見やる。
「歴代町長が受け継ぐ口伝では、転移門は2重で守られているとされています。1つ目の鍵は女神の巫女と石が揃う事。そして、2つ目の鍵は、クローセムの血です」
母さん曰く、クローセムの一族は先代の守護者に連なる人物の末裔らしい。
その人の名はオーシス・クローセム。
彼は、先代の炎の守護者の従者であったという。
「炎の守護者亡き後、彼は生き残った他の守護者を通じて主の意思を受け継ぎ、転移門を管理する役目を請け負いました。それがこの町の成り立ちです」
母さんの説明を聞きながらぼんやりと考えるのは、このなんとも数奇な巡り合わせ。
先代守護者の従者の末裔である俺もまた形は違えど守護者一行に同行しているのだから、偶然って面白い。
……まぁ半分くらいは意図的なものを感じるけどな。
「門は、森を超えたところにある海岸にあります。案内役は私が」
「待った母さん。父さんは今いないんだよな? 護衛はどうする気だよ」
「私も護身用に弓は使えるわよ?」
「最近魔物が増えてるって話だろ? あの祠なら知ってるし、俺が行くよ」
「でも――」
「これでも一応騎士だしさ。最近クラス3くらいなら相手どれるようになったんだぜ?」
俺の提案に母さんは反対だったみたいだけど、全く意見を曲げる気が無い俺を見て渋々ながら折れてくれた。
その後も話し合いは進んでいき、今日はこのままレントルの町で休息をとり、明日の早朝北の大陸へ向かう事になった。
話し合いが終わった後、部屋に残った俺とディアとアルム少年は茶菓子片手にゲームのシナリオについての情報整理を行なっていた。のんびり話ができるのはきっとこれが最後の機会になるだろうから。
それもあらかた終わり、ただの雑談の場と化した今の俺達の話題は俺の実家についてだった。
「はぁ……クローセムってどっかで聞いた事あるような気がしたんだけどまさかこうくるとは。というかオーシス・クローセムなんてゲームに出てこなかったんだけど? 何その裏設定。情報過多すぎて頭が痛いんだけど……」
何とも言えない顔でぼやくアルム少年の空のカップにお茶を注いでやりつつ、茶請けのベリークッキーを1枚かじる。なんでも、ゲームでは『転移門の封印の解き方』と『2つの鍵』についての説明しかなかったそうだ。
「ここまでがっつり実家が関わっているのに何で俺は出てこなかったのかねぇ。母さんとやアンリは出てきたんだろ?」
「アルムが忘れている可能性はないのか?」
「や、流石に引っかかりくらいは感じると思うよ」
「いっそ存在してなかったとか? なーんて……おいディア睨むなって冗談だろ」
「たとえお前でもその冗談だけは駄目だ」
「……ごめんて」
「はぁ、この話はやめだ。それよりも宰相殿への連絡はいいのか?」
「やっべ忘れてた」
大慌てで魔道具を取り出し始める俺にディアは呆れ顔でため息をついているし、アルム少年も苦笑いだ。
このくらいいいじゃだろ、……色々ありすぎて忘れていたんだよ。
そんなわけでこの雑談会はお開きとなった。
「じゃあオレ、ミュイのところに行ってくるよ」
「また後でな。ディアは……先に俺の部屋に行っててくれるか? 部屋は母さんに聞けばわかるだろうから」
「わかった」
ディアが部屋から出て行き、1人になった事を確認してから魔道具を起動させる。
『遅かったなクローセム』
「え、えぇと……」
『まぁいい。その様子では無事レントルにたどり着いたようだからな』
「やはりご存知でしたか」
『まぁな』
その後、石を無事集めた事、そして明日北の大陸へ向かう事を告げれば、静かにお役御免を言い渡された。
『門を解放した後は、レントルの町で待機するように。ここまでご苦労だった、クローセム』
「はっ。ありがとうございます」
『それはそうと、アルベルトとオーレリアは息災か?』
「母さ――母は元気です。父はまだ会えていませんが多分元気だと思います。真冬でも薄着で剣を振り回しているような人ですから」
『あぁそうだったな』
どうやら宰相殿は父さんを知っているらしい。
40を過ぎても未だわんぱく小僧みたいな父さんと対極にいるような宰相殿が一体どこでどうやって知り合ったのか、まったく想像できない。
「母ならば呼んでこれますが如何いたしますか?」
『いや、いい。お前を同行させた事で色々と小言をくらいそうだからな』
「小言!? 宰相殿と両親は一体どういう——」
『魔王討伐を果たした後にでも両親に聞くと良い。とにかく、今日はしっかりと休め』
「はい」
そう言われてしまえばそれ以上聞けるわけもなく、その後一言二言言葉を交わして通信を切った。
本当に、両親とどういう関係なんだろう。……まぁ十中八九父さんが原因な気がするけど。
魔道具を片付けた俺は、応接室を出てキッチンに寄った。
少し長くなりそうだから、何か飲み物でも持っていこうか。




