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【70】ゆかりの地⑥


「リュネーゼ、こんな時間にどうした?」

「なんだか寝付けなくて。そしたら窓の外にしょぼくれ背中が見えたものだから気になっちゃってねぇ」


 そう言ってリュネーゼはドミニクの方を見た。

 彼女もまた、ドミニクの異変に気づいていたのだろう。なんだかんだ2人は仲がいいようだから。


「オズ達はどうするの? あの子に喝でも入れてくる思っているのだけど」

「それなら俺たちは退散するさ」

「あらそう? それじゃあ2人とも、また明日」

「あぁ。ほどほどにな」

「わかってるわ」


 ドミニクに向かって歩いていく彼女をディアと2人で見送った。

 ほどほどにとは言ったけど、人に寄り添うのがうまい彼女ならきっと変に拗れる事はないだろう。

 2人が話始めたのを横目に、俺達は静かにその場を後にした。


 部屋に戻り、布団に横になってみればだんだん眠気が戻ってくる。

 この分ならドミニクが戻ってくる前にもうひと眠りできるだろう。


「……オズ」


 名を呼ばれて横を向けばちょうどもぞもぞと隣の布団から顔を覗かせるディアと目があった。

 なんとなくその頭を撫でてやれば、その表情が少し緩む。


「どうした?」

「ドミニク、……元気になるといいな」


 そう告げるディアの瞳はとろんとしていてなんだか眠そうだ。心なしか口調も幼い。


「きっとなるさ。ほら、眠いなら寝ようぜ、ディア」

「ん。……おやすみ、おず」

「あぁ、おやすみ」


 寝入ってしまったディアの少し乱れた髪を軽く整えてから、目を閉じた。


 きっと明日で石が全部揃うだろう。

 そしたら……?


 日に日に迫る魔王との戦いを前に不安が込み上げてくる。

 どんな戦いが待ち受けているのだろう。

 果たして……全員生き残れるだろうか。

 そんな事を考えながら眠りに落ちたせいか、夢の中で再びあの声が聞こえたような、気がした。





 翌日、からりと晴れた空のもと、俺達はネルゼさん達に見送られて最後のゆかりの地へと向かった。

 6つ目の神殿のありかはメレニール共和国のシャハガ洞窟あたり。

 位置で言うと、スルズ公国の左下、エストルミエの右隣だ。


 転移を済ませて神殿内から外に出れば肌を突き刺すような寒さに全員すぐに防寒着を着込んだ。

 さすが、常冬(とこふゆ)の洞窟と呼ばれるだけのことはある。

 ちなみに年中氷点下という環境からそんな名称がついたとはドミニクの談だ。

 ドミニクといえばすっかりいつもの調子を取り戻したようで、カイゼスに揶揄われては律儀に噛み付いていた。

 あの夜リュネーゼとどんな話をしたのかは分からないけど、とにかく元気になってなによりである。


 白い息を吐きながら周りを見渡した俺は、氷で覆われた青白い洞窟内に群生する大なり小なりの透明な結晶に目を奪われた。先端の尖った六角柱の宝石のような結晶はすべて氷でできているというから驚きである。

 中には植物や小動物を内包したものまで見受けられ、生き生きとした姿で動きを止めたそれらは恐ろしくもあり美しくもあった。


「いやーすごいなここ。石も氷の中に埋まっていたりするのかね――ってシュゼッタ大丈夫か?」


 青白い顔でカチカチ歯を鳴らしながら震えていたので俺のマフラーを貸したけど……大丈夫だろうか。

 シュゼッタ程でないにせよディア達も結構寒そうなので、さっさと石を見つけて戻る方が良さそうだ。


 早速6つ目の石探しを開始した俺達は、襲いかかってくる魔物を屠りながら一本道を進んでいく。右に左にうねってはいるけど迷わなくて済んでなによりだ。しばらく洞窟を突き進んでいくと、途中から結晶の中に乳白に染まったものがちらほらと混じるようになった。


「……おい、奥に何か居やがンな」


 ピリピリと肌を刺激するこの感覚は、殺気だろうか。

 各自武器を手にかけ進めば道が開け、円柱状に吹き抜けた空間へとたどり着いた。

 壁に沿ってゆるやかな螺旋を描いて上下に続く道はどこまで続いているのか分からない。

 吹き抜け側に壁はなく、うっかり足を踏み外せば命はないだろう。

 そして――。


 俺たちの真正面——縦にひたすら長いその吹き抜けに、()()()はいた。


 異彩を放つ、極彩色の巨大な繭。

 ドクリ、ドクリ、と繭の表面が脈打つのはもうすぐ羽化が近いからなのかもしれない。

 先程から感じている殺気の源はこいつだ。

 張り詰めた空気の中、誰かがごくりと喉を鳴らす。


「こいつは羽化する終わらせた方がいいな。やべェにおいがする」

「……そうだね」


 カイゼスとアルム少年の手から眩い光と炎が放たれ、空間を照らしながら巨大な繭を襲った。

 激しくのたうつ繭から何故だか目が離せない。


「……かわいそうに」

「オズ?」


 何故、魔物だというだけで()()はこんな思いをしなければいけないんだろう。

 何故——。


 ディアに肩を揺すられて、ハッとした。魔物は敵なのだから屠るのは当たり前だ。

 それなのに……何を考えているんだろう、俺は。


 火力が上がるたび繭の動きが激しくなっていき、繭を支えていた糸が壁から剥がれ落ちていく。

 炎と光の中でしばらくもがき苦しんでいた繭は、やがてくたりと動かなくなった。

 天井から垂れ下がる糸に吊られてぷらぷらと力なく揺れる()()の表面は焼け焦げ、先程の鮮やかさは見る影もない。


「動き出す前に対処できて良かったです」

「そうね。後は、6つ目の石探しかしら?」


 ふわり。


「待て」


 ふわり、と——目の前で糸が解ける。

 ほつれた糸がふわりふわりと奈落へ落ちていく。


「——まだだ」


 いつの間にか天井の糸も解けているのに、彩色を失った繭は何故か宙に浮かんだままだった。


「終わっていないッ!」


 もう一度アルム少年達が力を放つも、それはただ糸を燃やしただけに過ぎなかった。


「おいおいおい……嘘だろ」


 ふわり、はらり。

 まるで花弁がおちていくように、糸の束が落ちていく。

 繭の中心から今、花開くように広げられたのは極彩色の巨大な蛾の羽だ。

 はらり、最後の糸が奈落へ落ちていき——(あらわ)になったのは漆黒の身体。

 禍々しさと神聖さ。その両方を感じる色を見れば、すでに石が取り込まれていることなど容易に想像できた。

 たった今羽化を遂げた極彩色の蛾の羽を持つ巨大な蜘蛛型の魔物は、鮮血のように赤い8つの目をぎょろりと動かし俺達を射抜く。浴びせられた強烈な殺気に銃を握る手が震えた。


 そして——6つ目の石を巡る戦いが、始まった。


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