【68】ゆかりの地⑤
「どこだここ?」
神殿から出てみれば、草原……ではなく石壁に覆われた薄暗い通路が続いていた。
何かの遺跡だろうか?
アルム少年の力を光源に、かすかに風が流れてくる方向へ慎重に進んでいく。
「間違いなくシルト平原を選択したはずだが」
「まぁとにかく広いから知らないところも——っと、行き止まりか?」
「天井を見てみろ、扉だ。……見てこよう」
壁にとりつけられていた古い梯子をギシギシ言わせながら登ると、ディアは天井の扉を慎重に押し開けた。
ゆっくりと開かれる扉の隙間から差し込む日差しに目をすがめ扉の向こうを伺えば、今度こそ見覚えのある光景――太陽に照らされたのどかな草原が視界に飛び込んでくる。
どうやらシルト平原の神殿は地下に埋まっていたらしい。
これじゃあ気づかなかったわけだと、扉の上の切り株を半笑い気味に見下ろした。
膝丈ほどある草の中に切り株が紛れていたとして、それを誰が掘り返すだろうか。
こうして今の今までうまいこと人の目を欺いてきた事がその答えだろう。
気を取り直してその後早速石探しが始まったわけだけど、手分けしてしばらく探し回っても女神像は見つからなかった。
見晴らしのいい草原でうっかり女神像を見逃すわけがない。
「扉の件もある。何かに擬態している可能性はないか?」
「あり得るかも。あとは、見えなくなってる可能性とか」
「つーか、神殿が埋まってたんなら、像も埋まってんじゃねェの?」
そんな罰当たりな話があるのかと思いつつもシュゼッタに地面を探ってもらえば本当に地中から像が出てくるものだから、乾いた笑いしかでなかった。
いや、嘘だろ。誰だよ暫定女神像を埋めた奴。女神に恨みでもあったのだろうか。……もしかして、魔王一派か?
「これで4つ目か。魔物に奪われる前に見つけられて良かった」
得意げにニヤつくカイゼスを尻目に、掘り起こした女神像から炎を閉じ込めたような緋色の石を取り出してルーチェ嬢に渡す。
「えぇ。ですが見つけたのはシュゼッタだというのに……あの傭兵、ドヤ顔晒して腹立たしいですね」
「ま、まぁ……」
その後は想定通りというかなんというか、見つけ出した余韻に浸るまもなく地面から飛び出てきた魔物との戦闘が始まった。
廃坑で苦戦した奴を彷彿とさせるような岩蛇型の魔物。
俺には苦い思い出しかない奴だけど、第2覚醒した守護者の敵ではなかった。
どこから飛び出てくるかわからない事が脅威だったのに、シュゼッタに地面を固められて飛び出す場所を制限された魔物はただのカモである。一定の場所から次から次へと飛び出てくる魔物をリュネーゼとディアが事務的に処理してはルーチェが無表情で浄化するという流れ作業。なんというか、シュールな光景だった。
的当てみたいになってるけど……こいつら確かクラス4だよな?
「アルム少年は参加しなくていいのか?」
「オレいる? 完全に過剰戦力でしょ」
一体どれほどの数がいたのか……50を数えたあたりで数えるのをやめてしまったからわからないけど、とにかく地盤沈下が心配になるくらい魔物がいたのはたしかだった。
「流石に数が多くて疲れたわ」
「お疲れリュネーゼ」
「ありがと。……なんか、あなたのそばにディアがいないのは変な感じね」
「なんだよそれ」
くすりと笑いながらからかい混じりのリュネーゼに、俺も苦笑いを返す。
南の大陸以降確かにだいたい隣にはいたけど……なんて思いながら離れたところにいるディアを一瞥した。
ディアは今、アルム少年達の輪の中にいる。
ディアの『向き合いたい』宣言からこの1週間、ディアは皆との交流をちゃんと有言実行していた。
「これからのことを考えると、オズ以外に目を向けようとするのはいい事かもしれないけど……あなたは大丈夫?」
「大丈夫。ただまぁ、……子の親離れを見守るのってこういう気持ちなのかなってな」
そう言ったらリュネーゼからは「あなたねぇ」と呆れられてしまった。
嬉しくもあるけどやっぱり寂しくもある……なんて、小っ恥ずかしい本音を悟られるのは御免だ。
それから少しリュネーゼと談笑しているとふいに軽く腕を引っ張られる。
「どうした——ディア?」
「……」
振り返れば、さっきまでアルム少年達と話していたはずのディアが居たので驚いた。
微妙に眉を顰めてへの字口。先程までは普通だったはずなのに、今はどう見ても拗ねているようにしか見えない表情である。
この短時間で何かあったのやら、俺の困惑を悟ったのだろうディアはぐっと眉間の皺を深めて口をもごつかせた。
「……協力すると、言っただろう」
「え? あー、言ったな」
「隣にいてくれないと、困る」
「——おぅ」
……どうやら、寂しがるのはまだ早かったらしい。
その事に少しほっとしたのは内緒だ。
*
無事シルト平原での用事を終え次に向かったのは、ちょうどテネジアの森の左隣——スルズ公国に中央に聳え立つスルズ山あたりを示す場所だ。
本日2つ目の神殿にたどり着き外に出て早々、むせかえる様な熱気にすぐさまひき返したくなった。
どうやらここはスルズ山の内部らしいと、赤褐色の岩肌を撫でながら思考する。
スルズ山一体は炎の属性に傾いている土地らしく、そのせいでやたらと暑いのだ。
この暑さの中でも相変わらず元気にいがみあうドミニクとカイゼスを放置しつつ、石探しだ。
この暑さだ、長居するのはよくないだろう。
速攻で石を見つけて次に行きたいところだけど——さて。
汗だくになりながら岩に覆われた道を進んでいると、どこか遠くでバリバリと何かが砕けるような音が聞こえた。
次の瞬間不自然に揺れる洞窟内に、俺達は無言で顔を見合わせた。
「……急ごう、皆」
音と振動を頼りに震源へ向かえば、ぽっかりと開けた空間にたどり着いた。
そしてその中央あたり、地面を突き破るように生えていたのは眩く光る岩の手。
妙に明るいと感じたのは、この手が原因だったらしい。
「アルム少年、ここで手に入る石はもしかして」
「うん、光の石だよ」
どうやら今回は間に合わなかったらしい。
「それじゃあ、奪還開始といこうか!」
地面をこじ開けようとする光の手を前に俺達は武器を構えた。




