【67】ゆかりの地④
花畑を抜けた先には広大な荒地が広がっていて、俺達の行手を阻むように真横に長く大きな亀裂が走っていた。
向こう岸まではおおよそ100メートルといったところだろうか、崖に近づき覗いてみたけど深すぎて底は見えない。
その亀裂の間にはどういう原理かその間には飛岩が宙を漂っており、そのうちの1つに例の女神像がたっているのが見えた。
「いやどうやって行けと」
単純に絶えず動いている飛岩を渡って行けばいいのだろうけど、うっかり足を踏み外せば奈落の底へ真っ逆さまで即死亡。
正直殺意の高さにとても驚いている。
「現実だとここが一番苦戦するだろうから最後に回すべきだったかも」
「『現実じゃ』って事はゲームだと違ったのか?」
「うん。銀英の戦闘って陣取り……縦横の線に区切られた盤の上で駒を進める感じなんだ。だから正直地形は度外視してた。今からでも戻って別の場所に行った方が……」
考え込んでるアルム少年の肩をぽんと叩く。
「アルム少年、前見てみ」
「なにが――って、えぇ……」
アルム少年の脱力した声に苦笑しながら前方に目を向ければ、そこには飛岩を渡り始めている守護者達の姿があった。
高い身体能力を利用してディアは岩から岩へ身軽に飛び移って進んでいるし、他の守護者達は1つ1つ氷と岩で橋を作りながら堅実に進んでいる。今のところディアが飛岩何個分か先行している感じだ。
皆、怖いもの知らずすぎないかね?
「えっと……オズも行く?」
「はは……冗談だろ?」
凡人にここを渡れとか勘弁してほしい。
道中、普通に魔物の襲撃もあるので、俺が行っても足を引っ張る予感しかしない。
というわけで俺達はディア達が飛岩を渡る様子を見守りつつ、周囲の警戒に徹するのだった。
「ふむ。色的に風だろうか」
ディアが鮮緑色に透き通った丸い石を遠くの森の輪郭に沈みかけた太陽にかざす。
橙の光を受けて輝くその石は、あの飛岩にたっていた女神像に埋め込まれていたものらしい。
結果として俺たちは魔物よりも先に石を入手する事ができ、巨大化した魔物との戦いは回避できた。
といっても何事もなかったわけじゃない。
石を手に入れたディア達が戻ってくる途中で鳥型の魔物の群れに鉢合わせたのだ。
しかも魔物に襲われたのはディア達だけでなく俺達の方もである。
アルム少年が俺達側に残ってくれていて助かった。俺とミュイ嬢だけじゃ多分詰んでただろうからな。
とにかくクラス2からクラス4の魔物がわんさか現れて一時はどうなることかと思った。
ひどく疲れたけど、悪いことだけではないかった。
なんとシュゼッタが第2覚醒したらしい。
何があったのかはよく知らないけど、戦いが終わった後にシュゼッタの力で埋められた裂け目を見た時は思わず2度見した。
そんなこんなで今現在——石探しと第2覚醒の旅1日目にして所持石は3つ、また第2覚醒済みの守護者は4人。
時間帯的な事もあり今日の攻略はここまでだ。
今日はこのままテネジアの森の花畑で夜を明かし、明日の早朝から残りの石を探す事になっている。
流石に夜の中での石探しはやめた方がいいだろう。視界が悪い中の戦闘は怪我のもとだ。
守護者を探す旅は結構時間がかかったけど、この分だと石探しは割と早めに終わるだろう。
順調にいけば明後日くらいには北の大陸への入り口が開かれるんじゃなかろうか。
……いよいよもって旅の終着点が見えてきた。
深夜、ぱちぱちと小さく音をたてて燃えている焚き火の前で俺は小さく息を吐く。
流石に今日は色々あって精神的に疲れた。
「オズ、疲れたなら寝ていいぞ」
「見張り中だっての。つーかお前こそ寝てろよ、病み上がりなんだから」
「む。寝溜めしたから大丈夫だ」
「あれは寝溜めとは言わないだろ……」
そんな感じで会話を交わしつつ周囲に耳をすませば、聞こえたのは焚き火の音と虫の音、それから草木が擦れる音だろうか。
たまに聞こえるいびきのような音は……おそらくカイゼスだ。近くで寝ているであろうドミニクやシュゼッタ、アルム少年の睡眠が妨害されてないといいけど。
「そういえばここは一体誰のゆかりの地なんだろうな。多分湖のような逸話がありそうだけど」
「短絡的だが、風の守護者じゃないか?」
「湖同様、風の石があったもんなー」
隣に座るディアの気配を感じながら、俺は雲1つない夜空を見上げた。
俺の心の中とは違って雲のない空には星が輝いている。
結局俺はまだ、ディアにあの事を打ち明けられずにいた。
こうして話す機会があるというのに、なんだかんだと理由をつけては先送りにしている。
いつかは——少なくとも北の大陸へ赴くまでには話しておいた方がいい予感がするんだ。
勇気がでずに頭を悩ませていたら、隣からくすくすと小さな笑い声が聞こえてきて思わずそちらを見やる。
「オズ、無理に話そうとしなくていいんだぞ?」
「ゔー……石集め、そう石集めが終わったらでいいか!?」
そう言ったら余計に苦笑され、終いには慰めるように頭を撫でてくるものだから、なんとも言えない気持ちになった。
おいこら子供扱いするんじゃない。
*
翌日、早朝と共にテネジアの森を後にして神殿へと向かう。
光が示す場所は、ここから西に向かってスルズ公国のスルズ山、メレニール共和国のシャハガ洞窟、エストルミエとルーベル王国の国境にあるシルト平原あたりにそれぞれ1カ所といったところだろう。
「あの大型の魔物が生まれた時の被害を考えるとシルト、スルズ、シャハガっつー順が妥当かねェ」
「シルト平原なぁ……」
思い浮かべたのは旅に出たばかりの俺達が魔馬車で通っただだっ広い草原だ。
あそこは年に2度両国の騎士の選抜隊で行われる合同演習地でもあるからそれなりに知っているけど、まさか神殿があるとは思わなかった。
「思い当たる所はあるか、ディア?」
「いや。ドミニクはどうだ?」
「……」
「ドミニク」
「え、……いえ、僕も思い当たりません」
ドミニクの様子に一瞬違和感を感じて声をかけようかと悩んでいたら転移が始まってしまい声をかけそびれてしまった。大丈夫だろうかと考えながら昨日と同様、部屋が光につつまれていくのを見守る。
さて、残り3カ所も死なないように気を引き締めていかないとな。




