【66】ゆかりの地③
ディアとアルム少年が魔物を十分に引きつけたところで、カイゼスの斧が魔物の後頭部めがけて振り下ろされる。
ダメージはほとんどないにせよ煩わしい攻撃に怒り狂った魔物が口を開けた瞬間、1人分の通り道だけを残して口内をこじ開けるように大量の闇の剣が出現し魔物の口まで岩の橋が架けられた。
「リュネーゼ!」
「任せなさいッ」
リュネーゼが自身の体に膜状の力を纏わせながら地面を蹴る。
追い風に背を押されるようにして軽快な身のこなしで岩の橋を駆け上がると、ピシピシと亀裂を走らせる剣の林をを通り抜け喉の奥へと消えていった。その姿をちょうど見送ったところでバキンと剣が砕け魔物の口が閉ざされる。
これ以降、俺達が出来るのはリュネーゼの無事と成功を祈りながら魔物の気を引く事だけだ。
信じて魔物と戦い続けていると、ある時突然魔物の動きがおかしくなり威圧が弱まった。
魔物から離れた位置で銃を構える俺ですら気づいたのだから、至近距離にいるディア達も当然気づいたのだろう。
今まで防衛に徹していたアルム少年が魔物に肉薄したかと思えば、その剣であっさりと魔物の表皮を切り裂いた。
明らかに魔物は弱体化していた。
魔物は怯んだのかその巨体で器用に後退り、湖の中に潜ろうとしたみたいだけど——もう遅い。
胴体に岩の固定具をつけられ、どこにも移動できないまま守護者達の一斉攻撃を受けた。
魔物もがむしゃらに水球やブレスを撒き散らして応戦していたけれど、先程よりも威力がガタ落ちしたそれらは守護者達にとって何の脅威もない。なんというか見てて少し可哀想になる戦いだった。
最終的に魔物は闇の剣に尻尾を縫い止められ、ブレスを吐き出そうと開いた口を風の力で拘束された挙句、炎を纏った大斧で胴体を分断され地に沈んだ。
黒い血液をドロドロと流し虫の息となった魔物へトドメを刺すように頭部が弾け飛ぶ。
「私だってやればできるでしょう?」
黒い肉片を盛大に撒き散らして魔物の内部から現れたのはリュネーゼ。
ひどく疲れた様子ながら、銀の茨が巻き付いた腕で青い石を軽く掲げるその表情はとても晴れやかなだった。
ルーチェ嬢の掌に鎮座する深い海の色をした丸い石をミュイ嬢と共にまじまじと見る。
「水の守護者のゆかりの地に青色の女神の石……なんか関係ありそうですね!」
「そういやネルゼさんから渡されたのは黄褐色だったな。もしかするとあそこは地の守護者のゆかりの地なのかもしれないな」
キラキラと太陽の光を反射させながら手のひらに沈んでいく石を呑気に見守る俺達をよそに、守護者勢は休憩中だ。
「おいこれを後4回も繰り返せってか? ……冗談キツイぜ」
地面にだらしなく寝そべりながらそう呟いたのはカイゼス。
守護者の力を使いながら何時間もぶっ続けで戦ったのもあって、前衛の守護者達は結構体力を消耗した様子だ。
体力お化けなディアでさえ木に寄りかかって身体を休めている。
「おや、随分と楽しんでいたように見えましたけど?」
「あァ? 血は滾ったが1度で十分だ。……つーかよォ、今までよく何も起きなかったなァ。下手すりゃどこかしら国が滅んでンぞ」
「偶然で済ますには不自然でしょうね。今までは何らかの理由で魔物が近づけなくなっていたのではないでしょうか」
「それが最近解き放たれたってかァ」
「えぇ。おそらく鍵は守護者全員が揃う事かと。推測の域は出ませんが、他の可能性としては――」
「アーアー別に理由は聞いてねェから、坊ちゃん」
「その呼び名不愉快なんですけど」
「はーァ? お貴族坊ちゃんだろ」
相変わらず相性が悪い2人に誰もが苦笑を浮かべる中、アルム少年がゆっくりと立ち上がった。
「……まだ元気みたいだし、次行こうか」
他の地域にいつまた大型の魔物が現れてもおかしくない。
無理は禁物だけどなるべく早めに次の目的地へ向かった方がいいだろう。
可能なら魔物よりも先に石を見つけ出したいところだ。
そうして俺達は湖を後にした。
*
女神の神殿に戻ってきた俺達は、宙に浮かぶ半透明の地図をまじまじと見やる。
早速次の地へ——と言いたいところだったけど、肝心の移動方法が分からず戸惑っていたりする。
「カーソルで場所を選んで――ってそもそもコントローラーないじゃん!」
「こんとろーらー? 何言ってるんだアルム。普通にこの地図に触ればいいのではないのか?」
ディアが首を傾げながら人差し指で発光する点をトンとつつけば、点の色が変わった。
瞬間、守護者6人の前に手のひら程の透明の玉が現れる。
「……なんだこれ?」
「ナイスディア。皆、これに触って守護者の力を込めて!」
「ないす……?」
アルム少年の言葉に、皆は困惑しながら各自の目の前に浮かぶ玉へと手を伸ばした。
「――うおッ、一気に力が吸い取られてらァ」
「あら、ほんとね」
しばらくすれば、透明だった玉はそれぞれの属性を表すように6つの色へと染まる。
6つの球が一際強い光を放つとそのまま地図へと吸い込まれていき――部屋全体が眩い光に包まれた。
やがて光が収まった後、そこにあったのは先程と変わらない部屋の中。
「本当に転移したのか?」
「オレ、外見てくる」
「アルムまってよー私も行くっ!」
いの一番に外へ駆け出ていくアルム少年とミュイ嬢を追いかけ外へと出れば、甘い香りが鼻を掠めた。
「……すごいな」
視界いっぱいに広がっているのは、あたたかな日差しが降り注ぐ一面の花畑だ。
唖然としていれば、後ろからドミニクとディアの会話が聞こえて後ろを振り返る。
「……ディア、貴方どの場所に触れました?」
「一番東側の点——おそらくテネジアの森あたりだ」
「それを聞いて安心しました。どこかの国の薬園だったらどうしようかと思いました」
「薬園?」
「ええ! 図鑑でしかお目にかかれないような希少な植物があちこちに生えてるんですよ! 例えばこの植物は根に幻惑作用がありますし、この花の蜜はかなり強力な媚薬作用があるんです。どちらも効力が強いので国で管理されていてなかなかお目にかかれるものでは——あっ! あれは瘴気の浄化作用のある花ですね! あっちは——」
目を輝かせながら喋り続けるドミニクを尻目に俺とディアは周囲を見渡した。
中央の大陸の最東端あたりに広がる大森林——テネジアの森。
どこかの国に属すことなく開拓されずに残っているこの森は、何故か人が入れないという話だ。
なんでも森に入って進もうとしてもいつの間にか外に出ているらしい。
ちなみに魔法も同様で、森へ打ち出したはずの魔法が自分へ返ってきて大怪我しそうになったという冒険者の話は割と有名である。まさかこんな所にゆかりの地があるとは思わなかった。
「ほらドミニク、さっさと石を探すわよー」
「あぁっ待ってくださいリュネーゼ! あとあの花だけ採取させてください!」
「後にしなさい!」
俺達の横を、リュネーゼにずるずる引きずられながらドミニクが通り過ぎていく。
魔物、魔道具ときてどうやら植物オタクでもあったらしい。
そんな2人の後ろには、ゲラゲラ笑うカイゼスと苦笑いするシュゼッタの姿が。
「俺達も行くか——ってオズはさっきから何しているんだ」
「何って……ほらできたぞ」
今しがたこさえた小ぶりの花冠をひょいとディアの頭に乗せてみる。
足元に咲き乱れる花々を見ていたら、なんだか久しぶりに作りたくなったのだ。
「流石ディア。花冠似合うなぁ」
「複雑なんだが……。というかおい、まさか幻覚とか媚薬作用の花で作ってないだろうな」
「阿呆、流石に使わねぇよ。これだよこれ」
ディアに見せたのは、先程ドミニクが言っていた瘴気の浄化作用のある花。
フリルのような銀色の花弁が夜色の髪にとてもよく映えるんだ。
「お前の髪と合わさって、あの時の星降夜みたいだな」
「…………。気を抜きすぎだこのタラシ野郎」
「タラシってどこが」
「自分で考えろ馬鹿っ!」
怒っているかのようにズンズンと花畑を進むディアの後ろ姿に思わず笑ってしまった。
髪の間から見え隠れするディアの耳がほんのり赤いので、多分照れてるだけだろう。
今更だけどディアって結構恥ずかしがり屋だよな。
そのままディアを眺めてゆっくりと後を追いかけていたら、ふいにディアがくるりと俺を振り返った。
「オズ、早く」
「へいへい」
俺を待つディアのジト目を浴びながら考える。
また次の星降夜も王都で見れるだろうか。
そうあれたら、……いいな。
そう思いながら、足早にディアの元へと駆けた。




