【65】ゆかりの地②
神殿からゆかりの地へは徒歩で向かう為、ワイバーンとはここでお別れだ。
そういえば別れ際、キュンキュン鳴いてくるワイバーンを撫でていたらカイゼスが「おいその鳴き声……」と顔を引き攣らせていたけど、一体なんだったんだろう。
そんな事もありつつカイゼスの案内のもと、俺達が辿り着いたのは枯れ果てた木々に囲まれた小さな廃村。
木造の家屋はかろうじて原型を止めているが、屋根や壁の木材の一部が腐敗し崩壊していた。
おそらく手入れする人間がいなくなってからもう何年も放置されているのだろう。
「ここは女神信者の糞ジジィが住んでた村だ。見ての通りもう誰も住んじゃいねェがな。ゆかりの地はこの先のだぜ」
朽ちかけた家々の間を勝手知ったる様子でズンズンと進んでいくカイゼスを追いかけ、たどりついたのはそこそこの大きさの湖だ。ひんやりとした空気の中周囲を枯木に取り囲まれたそこは、周りの物悲しさとは打って変わって太陽の光を反射してきらきらと美しく輝いている。
「昔、日照りに困った村人の為に水の守護者が拵えた湖なんだとよ」
「それでこんなに綺麗なのか」
湖を覗き込めば、底の岩肌まではっきり見える。
「じゃあさっそく石を探そうか」
「探すも何も、あからさまに怪しい所なんざあの像しかねェだろ」
カイゼスが顎をしゃくって見せた湖の真ん中に、茨を纏い胸元で腕を組み祈りを捧げる女性の石像がぽつんと石像が立っていた。
茨とくれば思い当たるのは第2覚醒した守護者の力。
となれば、あの像は女神像である可能性が高そうだ。
「そんなあからさまなところに隠しますかね」
「お貴族サマは捻くれた考えしかできなくて嫌になるぜ」
「は?」
「坊ちゃんは風の守護者ってヤツなんだろ? なら、すまし顔で突っ立ってねェでぱぱっと空飛んで見てこいよ」
「無茶言わないでください。というか、誰がすまし顔ですって?」
「なーんだ使えねぇなァ」
「――ッ」
つまらなそうにため息をついたカイゼスに、ドミニクの頬が引き攣った。
何かと人をおちょくる発言が多いカイゼスは生真面目なドミニクと非常に相性が悪い。
ギスギスした空気に気まずさを感じて他の面々を見渡せば、ディアとシュゼッタが一緒に水面をつついている光景が目に入ってきて思わず二度見した。……何やっているんだろう、あいつら。
「ディアは、どうすれば渡れると思う?」
「そうだな、土で湖を埋めるのはどうだろうか?」
「それは、えっと……難しいと思う」
「む、そうか。ならばカイゼスが炎で水を蒸発させるというのはどうだ?」
どうやらあの女神像への行き方を彼らなりに考えているらしかった。……行動は謎だけど。
「おや、ディアの案いいですね。有能な傭兵殿なら湖を蒸発させるくらい簡単でしょう?」
「お前も無茶振りしてんじゃねェよふざけんな」
「ふん、貴方も使えないですね」
「ア?」
こっちはこっちでドミニクとカイゼスがまたバチバチ火花を散らしているし……まじで大丈夫かこの旅。
ハラハラ見守っていたら、疲れた表情のリュネーゼと目があい、一緒にため息を吐いた。
大人達がこんな状態の中でさっきからアルム少年達の姿が見えないと思っていたら、どうやら湖の周りをぐるりと見てきてくれたらしい。めぼしいものは見つからなかったらしいから、やっぱりあの女神像に何かある可能性が高そうだった。
「もういっそ泳ぐか」
「……お前泳げるのかよ」
「……、オズ」
ディアの隣にしゃがんで水に触れる。
あれからディアと気まずいままなのはなんか嫌だった。
「さっきは悪かったな、ディア」
「……いや。俺こそ図々しかった」
「あー、違う。お前にそんな事言わせたかったわけじゃない。お前がどうこうじゃなくて、単に悩みを誰かに話すのが苦手なんだよ」
自分の事になるとどう伝えればいいのか分からなくなる。そうなった心あたりはやっぱり幼少期の事だろう。
苦しい、辛い、と吐露した時の両親の青ざめた顔が結構トラウマになっているんだろうな。
「支離滅裂な事言ってお前を失望させたりするかもしれないけど――」
「お前は俺を舐めすぎだ。そんな事は絶対にないから安心しろ」
食い気味な否定に思わず苦笑する。
「ならさ……後で聞いてくれ」
「ん、分かった」
嬉しそうに頬を緩ませるディアに気恥ずかしさを感じて、誤魔化すように湖を覗き込んだ。
「……?」
一瞬、湖の底が動いたような気がしてじっと目を凝らしてみる。
相変わらず岩底が見えるだけで、特に何もいない。
「どうしたオズ?」
「いや、なんか湖の底が動いたような気がして……」
やっぱり気のせいだろうか。
そう結論づけた俺の横で、ディアは急に立ち上がると俺の腕を掴んで一歩下がった。
驚いてディアを見上げれば、険しい表情で湖を凝視していた。
「ディア?」
「底が迫り上がってる」
「は?」
「皆湖から離れろッ!」
ディアの声で俺達が湖から離れたすぐ後に、激しい水飛沫と共に水面を割り現れたのは黒黒とした肌に岩を貼り付けた蛇型の大きな魔物。武器を構えた俺達の目の前で、そいつは大きく口を開けると女神像を丸ごとバクリと飲み込んだ。
「!?」
次の瞬間、メキメキと魔物が巨大化していく光景に思わず顔が引き攣った。同時に思い浮かんだのはアルム少年のあの言葉。
――その魔物を倒すとね、石が手に入るんだ
図らずも俺達はシナリオに出てくる大型の魔物誕生の瞬間に立ち会ってしまったらしい。
湖でしかも蛇型の魔物との戦闘とくればリュネーゼと出会った時の事を彷彿とさせた。けれどあの時とは桁が違う。魔物の身体の大きさだけでなく魔物が放つ水球やブレスの威力。掠めただけで簡単に砕け散った木を見て、あれがもし人間だったらと肝が冷えた。
加えて皮膚も強化されたらしくて、第2覚醒済みのディアとアルム少年の攻撃でさえあまり効いていない。
体感で2時間程経っただろうか、魔物は多少疲れが見え始めているものの今も元気に暴れ回っている。ただでさえ岩が魔物の表皮に張り付いていて厄介だというのに、表皮まで頑丈とか最悪だ。
こんなのが各地に放たれようものなら魔王云々の前に世界が崩壊する。
「オズは絶対前に出てくれるなよ」
「……あぁ。気をつけろよディア」
「ん。――シュゼッタ足場を頼む!」
「わかった!」
ディアの足元が隆起し、その勢いで宙を舞う。不安定な胴体へ器用に着地を決めると確実に表皮を切り付けているようだけど、魔物はどこ吹く風だ。魔物が水中に潜り始めたのに気づき、胴体を蹴り地上へ戻ってきたディアだったけど、その表情はやはり険しい。
「あれは無理だ、外皮が硬すぎる。アルムはどうだ」
「外側からは皆無理だと思うよ」
ディアの言葉にアルム少年は真面目な顔で首を横に振った。
そうか、アルム少年はゲームでこいつと戦った経験があるんだったな。
「つまり俺かお前のどちらかが内部から攻撃すればいい、と?」
「オレ達じゃ高濃度の瘴気と胃液に対応できないから。あとこれ、実は第2覚醒のイベントでもあるんだよね」
誰の、とは言わずともわかった。脳裏に思い浮かべるのは――リュネーゼ。
かつて、彼女が魔物に飲み込まれた時も、自身を水の膜で覆って守っていたはずだ。
「お前はまたそういう――」
「だって知ってたら危機感覚えないでしょ。第2覚醒は中途半端な気持ちでできるもんじゃないからかえって危ないよ。オレの記憶だって絶対ではないんだし」
「そんな悠長な事を言ってる場合ではないと思うが」
アルム少年の慎重さは大切な事ではあるけど、ディアの言う通りこのまま戦い続けると本気で死人が出かねない。
戦い通しで疲れているのは魔物だけでなく俺達もだ。カイゼスなんかは先程ブレスが掠って腕の皮膚がえぐれ骨がむぎだしになっていた。まぁ本人はその事を気にするでもなく、リュネーゼに治癒魔法を施されるやいなや大斧をぶん回しながら嬉々としてまた魔物に喧嘩を売りにいっているけど。
おかげでこうして話ができるからありがたくはあるけど……いい加減どうにかするべきだろう。
「じゃあオズ、リュネーゼに提案してきてくれる? あいつはオレ達が引きつけておくから」
「あぁ、わかった……怪我するなよ」
魔物に接近していくアルム少年とディアを横目で見送りながら、リュネーゼへの元へと駆ける。
正直、いくら適任とは言え魔物の腹の中に行ってくれなんて……一体どうやって説得しようか。
そんな風に悩みつつも、カイゼスの補助に奔走していたリュネーゼに案を伝えればあっさり頷かれて拍子抜けしてしまった。
「なぁに、オズ。私が怖気付くとでも思ったのかしら?」
戦闘中なのにだいぶ間抜けな顔を晒しているであろう俺を見て、リュネーゼが艶やかに笑う。
その表情からは不安や恐れは感じとれなかった。
「幸い魔物の中なら経験あるもの。あの時の雪辱、晴らしてやろうじゃない」




