【64】ゆかりの地①
傭兵団のリーダーことカイゼスを仲間に加え、ついに光闇炎水風地6属性の守護者がここに集った。
この後は女神の石集めと守護者達の第二覚醒を目的として、守護者ゆかりの地を巡る事になっている。
カイゼスが西の大陸のゆかりの地に心当たりがあるとの事で、まずそこに向かう予定だ。
帝国を発ったその日の夜、俺は秘密裏に宰相殿へ連絡を入れた。
実はロダに会った際、帝国を出た後1人で連絡を入れるよう言伝をこっそり聞いていたからである。
『真に目醒めた6人の守護者が集い女神が見守るゆかりの地に眠る女神の6石を全て集めた時、北の大陸への入り口が開かれる。……以上がエストルミエに伝わる伝承だ』
「北の大陸、ですか」
荒い海に激しい風という自然の障壁に守られた人の住めない荒れ果てた大地――それが一般に伝わっている北の大陸の情報だ。しっかしまさかあそこも守護者に関わる場所だったとは。
「開かれるってことは……そこに魔王がいるんですか」
『恐らくはな。だが断定は出来ない。なにせ、エストルミエの伝承は炎の守護者の弟が遺したものだからな』
「確か伝承って初代国王が残したって話だと……」
『あぁ。かつての魔王討伐で文字通り命を賭して戦い炎の守護者は命を落とし、その死を深く悲しみ己の無力さを悔いた弟が魔王復活に備えて建国した国――それがエストルミエだ。……この成り立ちは一部の王族と上層部、そして教会の長しか知らないがな』
エストルミエという国が魔王討伐への支援を惜しまない理由がようやく分かった。
かねてからの疑問が解決したのはいいんだけど、果たしてこれは一兵卒の俺が聞いてもいい話なんだろうか。
そんな考えに至り微妙な心境になっている俺を見て、宰相殿は何故かニヤリと含み笑いを浮かべた。
『一応君にも聞く資格があるからな』
「え、それってどういう――」
『いずれ分かるだろう。あぁもちろん魔王討伐を果たすまで成り立ちは他言無用だぞクローセム。それでは女神の石と第二覚醒の件、吉報を待っているぞ』
「あ、ちょ――⁉︎」
ぶつりと切られた通信に、頭を抱えたくなった。
「聞く権利、なぁ……」
ただの緩衝役に何の資格があるって言うんだろうか。
正直まったく心当たりがない。
色々考えすぎて寝不足気味な頭で迎えた翌日、俺達は帝国からさらに北の方へ進んだところにあるというゆかりの地へ向かっていた。なお移動は例の如くワイバーンの籠に乗ってである。ゆらゆらと心地よい揺れと暖かな日差しのせいで眠気を堪えるのに必死だった。
あくびを噛み殺しながら考えるのは、ゆかりの地に眠るという女神の石の事。
うちの1つはもう入手しているので残る石はあと5つなんだけど、西と南の2ヶ所以外、石のありかはおろかどこにゆかりの地があるのかさえ実は分かっていなかったりする。
「そもそもシナリオだと石として出てこないんだよ。石を探そうとしたら大型の魔物が各地に出現したって緊急連絡が入るんだ。俺達は各地に討伐へ向かう事になるんだけど、その魔物を倒すとね、石が手に入るんだ」
だから石のありかはわからない、とはアルム少年の談である。
石のありか以前に大型の魔物って何だよとか、それ絶対に石取り込まれて魔物が強化されているだろとか、気になる点が多すぎた。以前そうやって溜め込んで倒れたっていうのに懲りないなアルム少年は。
思わずジト目を向ければ、アルム少年の目が少し泳いだ。
「い、いや魔物が出現したって報告はなかったから余計な事言って混乱させたり急がせたりしたくなかったっていうか。それに万が一魔物が現れてもすぐに向かえる手段もちゃんとあるから下手な心配かけたくなくて……」
「この分じゃ他にもまだ色々抱えていそうだな。例えば……ヘルト関連の事とか」
「は、はは……」
かまをかけてみたら案の定挙動不審になっていたので、当たりだろう。
確か『ヘルトの加入時期は終盤のはず』だったっけ。
エストルミエの伝承を踏まえるとヘルトの加入時期はおそらく石集めよりも前だろう。
それなのにヘルトは一向に現れやしない。
予定調和と言っていたくせに……あいつは一体何を考えて行動しているのやら。
「しんどくないならいいけど……無理だけはするなよ」
「うん。ありがとうオズ」
アルム少年と話しているうちに、ふと眼下に石造りの建造物が見えた。
ちょうどそのタイミングでアルム少年が急に大きな声をあげるものだから驚いた。
……心臓に悪いから切実にやめてほしい。
「ここ! カイゼスここで降りて!」
「ハァ? 急になんだ――」
「ゆかりの地に行く前に女神の神殿を確認させて欲しいんだ!」
アルム少年の一声でワイバーンから降り立った俺達の目の前には、周りを石柱で囲まれた四角い建造物がある。
アルム少年が先程女神の神殿と呼んだそれは、以前南の大陸でディアと一緒に見つけたものと酷似していた。
「降りたけどよォ……確認っつったって何すンだ。なんもねェぞ、ここ」
「一応周りを見てからにした方が――うわっ、アルム!?」
「いいから全員早く入って! 入ったらわかるから!」
アルム少年に急かされながら足を踏み入れた内部は、案の定何もない四角い部屋だった。
「やっぱなんもねェな」
「いいから!」
そう言いながら皆を押し入れ、最後にアルム少年が部屋へ入ってくる。
次の瞬間、突然部屋の中央に半透明の板が浮き上がった。
その板に記されていたのは、よく見慣れたこの世界の地図。
その地図の上には光の点が6つ――南の大陸に1つ、西の大陸に1つ、中央の大陸に4つ、自身の存在を主張せんとばかりにチカチカ瞬いていた。
「この点、ちょうど今いる辺りですね。……ということは、これは各地の神殿の位置でしょうか?」
「うん、その認識で合ってる。ちゃんと稼働してるし、これなら問題なく他の神殿に転移できると思うよ」
そう言ったアルム少年に、「は⁉︎」と全員の声が重なった。
アルム少年曰く守護者6人の力を注ぐ事で各地に点在する女神の神殿に転移できるのだという。
先程魔物が現れても向かえる手段があるとかなんかと言ってたのはこの事だったのだろう。
ドミニクなんかは訝しんでいたけれど、アルム少年の自信たっぷりな発言に渋々受け入れたようだった。
「というわけで、俺の確認は終了。このままゆかりの地に向かおう」
「そうねぇ。カイゼス、ゆかりの地はここから近いのかしら?」
「おう、もう少し行ったところにあるぜ」
神殿を出ていく皆の後ろ姿を追いかけようとして……ふと、足を止めた。
今日は何も起こらなかったなと思いながら、もう一度室内を見渡す。
思えば、あの声が聞こえ始めたのはあの神殿での出来事がきっかけだった気がする。
――皆、殺してしまえ
シスルという青年のものらしき怨嗟の声が聞こえなくなったのはいつからだっただろうか。そういえば不穏な思考も帝国を出てから音沙汰がない。
結局あれらがなんだったのかわからないままだ。
あの時、まるで自分が別の何かに変質していくような感じがして、恐ろしかった。
できればもう2度と体験したくないけど……どうだろうな。
もう何も起こらないのか、それとも嵐の前の静けさなのか。
安堵と不安がないまぜになった形容し難い感情が胸の中に渦巻いていた。
「オズ」
はっと顔を上げればディアの不機嫌顔が目の前にあって、思わずのけぞった。
「どうした?」
「どうしたはこっちの台詞だ。お前が一向に神殿から出てこないと皆も心配していた」
どうやら長い事考えこんでしまったらしい。
「あーごめん。ほら、この間みたいに何かないかと思ってさ」
「……」
「まぁ結局何もなかったんだけどな。さて、置いて行かれないうちに行——おいディア?」
一歩踏み出したところでディアに腕を掴まれた。
「ここのところずっとそうだ。お前は一体何を悩んでいるんだ?」
「別になんでも——」
「言いたくないならそれでいい。だが、なんでもないと誤魔化すのだけはやめてくれ」
そんな風に思っているとは思わなかった。
少し寂しげな瞳にじっと見上げられて、言葉が喉の奥から出てこない。
「……引き止めてすまなかった。そろそろ行くか、オズ」
「あ、あぁ」
ディアに腕を引っ張られ、一歩足を踏み出す。
なんて言えばいいのか分からなくて、少し息苦しさを覚えた。
*side:H&???
「ゔぇくしっ! ゔぇー、誰かが俺の噂でもしてんのかね。――ハッ! もしやヘルたん!?」
『――――――――』
「おいこら誰が阿呆だ」
『――、――――――――――――――――――?』
「んーイレギュラーはあれど現状アルムもヘルたんも第2覚醒してるわけだしな。俺が出張る必要はないだろ」
『――、――――――――――――――――――――――――――――?』
「第一ヘルたん気絶していてモチベーションがあがらなかったっつーか、なんつーか」
『――……ッ』
「へいへいわかってるっての。んじゃ、俺もそろそろ動くわ」
『――――――?』
「あの隠居野郎を焚き付けにいくのさ。前は梨の礫だったけど、ヘルたんとルーチェでだいぶ揺さぶれたようだからもうひと押しすりゃいけると思ってな」
『――――――――――――――――』
「出来る事は全部やっときたいタチでね。散々休んでたんだ、しっかり働いてもらおうぜ」




