【63】西の大陸(12)
「その、いつから気づいていたんだ」
「ドミニクがお前の様子どうだって尋ねてきた時だな」
「ほぼ最初からじゃないか」
もぞもぞと起きあがろうとするディアを支えてやる。
動作がぎこちないのは3日間眠ったままだったからだろう。むしろそれだけ眠った後で動けるのは流石守護者といったところか。
クッションを背もたれにして上半身を起こしたディアの横に腰掛けてまじまじと見やれば少し気怠さの残るベリーの瞳が揺れた後すっとそらされた。
「ほーん? やましいことでもあるわけ? ……例えば1人で突っ走った挙句魔物と狂化状態の帝国兵と戦って死にかけたとか」
「ゔ」
「それで迷惑かけてどんな顔して会えばいいのかわからないから寝たふりって?」
「その通りだが今日のオズは意地悪だな!?」
「どれだけ心配したと思ってるんだ馬鹿。生きた心地がしなかったんだからな。このくらいの意趣返しなんてかわいいもんだろ」
そう言って水を注いだコップを手渡してれば、しゅんとした態度で受け取るものだから、やけに素直だなと首を傾げた。
「もっと自分を大事にしてくれよ」
「……すまなかった」
ついでとばかりに夜色の髪をわしゃりとかき乱せばディアの表情が緩む。
「夕方顔出すっていってたし、それまでに心の準備はできそうか?」
「あぁ、ちゃんと謝る。それでなんだが……オズ」
改まった口調に目を瞬かせた俺を鮮やかなベリー色が真っ直ぐ貫いた。
「あいつらと向き合いたい。その為に、力を貸して欲しい」
正直、驚いた。
ディアの言葉に。
「情けない話だが、魔物に言われて気付いたんだ。オズのおかげで人を信じてみようと思ったはずなのに、今の今まであいつらを信じようともしなかったなと。今回なんてそのせいでオズを――いや、オズ達を振り回した挙句死にかけて迷惑をかけた。それで、何をやっているんだろうと目が覚めた……というか。こんな俺を受け入れてくれているあいつらには変な意地張ってないでいい加減歩み寄るべきじゃないかと思ったんだ」
変わりたい――ディアはそう言った。
「本当は自分でなんとかすべきなんだろうが、情けない事にどうすればいいのかよく分からなくて」
「……、俺でよければいくらでも協力するぜ」
「ありがとう」
はにかむように笑うディアを前に、動揺を必死に押し隠して表情取り繕う。
何故ならディアの決意を踏み躙るような言葉が、口をついて出そうになったから。
――そんな事をしても、無駄なのに。どうせまた裏切られる
違う。そんな事思っていない。
なんなんだよ、これ。
自分が理解できなくて、恐ろしかった。
*
それからさらに3日程。エストルミエの使者が到着したとの連絡を受けディアと共に彼らの居る応接室へと向かう。
そこにいたのは第2騎士団の制服を着た騎士と……もう1人。
「やほー班長と副班長。元気そうでなにより――あたっ」
「職務中だ」
使者とは思えない口調の軽さで隣の騎士から後頭部を引っ叩かれたのは俺達もよく見知った人物であった。
「クソ真面目だなぁ、人払いしてるんだからいいじゃんねぇ~」
そう言って反省した様子もなくヘラヘラと笑う小柄な青年――ロダに、隣の騎士は疲れた顔でため息をつく。班長代理のロダが何でここにいるのだろうか。
「ロダも使者なのか?」
「まっさかー。班長達元気でやってるか様子見ついでに補佐にねじ込んでもらったんだよね~」
「お前のツテってどうなってるんだ?」
「えへっヒミツ~。あ、どうしても知りたいって言うなら教えてあげてもいいけど?」
「嫌な予感がするからやめとくわ」
「ちぇー」
その後報告書を手渡しながら少しだけ話をして別れたけど、久しぶりに懐かしい顔に会えてなんだか心が軽くなった。
「いやーしっかしさっきのロダの表情は見ものだったな」
「違う間違えたんだ! こう……よろしく頼む的な事を言うつもりだったんだ俺は」
「だからってお前、『帰ったら覚悟しておけ』はないだろ。宣戦布告じゃねぇか」
「ぐう……」
不本意そうにへの字口で拗ねるディアを宥めながら苦笑した。
あれからディアは変わろうと頑張っている。時々こんな風にから回っているけど。
少しずつでいい、俺以外にも目を向けてくれれば。
そうすれば、俺がいなくなったとしても……大丈夫だろうか。
そんな風に考えてしまうのは、制御不能な感情がたびたび湧き上がってくるからだ。
せっかく声が聞こえなくなったのに……今度はこれだ。
これがなんなのかわからない。
だけど、ひどく胸騒ぎがするんだ。
――あんな醜い生き物なんかに歩み寄る必要なんてない。期待したところですぐに後悔するぞ
違う、違う、違う。
ふざけるな。そんな事思っていない。
まるで俺が2つに分かれたみたいだった。
「オズ? 突然黙り込んでどうした」
「あー……気でも抜けたかね。なんか、ぼーっとしてたわ」
「最近多くないか? なにか悩み事か? それか体調でも——」
「隙あり」
俺の顔を心配そうに覗き込もうとしてきたディアの額を指で軽く弾く。
「オズ、人が真面目に心配しているというのにまったく……」
「はは、ごめんて」
不服そうなディアを置き去りにしつつ、歩調を少し速めた。
「ありがとな。でも……大丈夫だから」
――ホントウニ?
今、ディアに顔を見られたくなかった。




