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【62】西の大陸(11)


 窓際に置かれた小さなテーブルに書きかけの書類を投げ出して、うんと伸びをする。

 差し込む朝日に目を細めながらガラスの向こうを見下ろせば、徐々に色彩を取り戻しつつある帝都の街並みが一望できた。

 あれから3日。

 惨状が広がっていた広場も従来の石畳の色を取り戻し、ちらほら屋台が並んでいるのが見える。

 ちょうどあの場所で魔物との戦いが起きたなんて思えない程平和な光景だった。


――コンコン


 小気味のいいノック音が聞こえて、意識が思考の海から現実へと引き戻される。

 返事をすれば、静かに開かれた扉からドミニクが心配そうな顔をのぞかせた。


「失礼しますよ。オズ、ディアの様子はどうですか?」

「……まだ眠ってるな」

「そう、ですか」


 宛てがわれた客室のベッドで目を閉じたままのディアを見やる。治癒魔法で怪我自体はすっかり治っているが、その顔色は未だ青白い。あれだけの血を失ったのだから当然だろう。

 未だ手に残る血濡れた服の感触や冷たい肌の温度を頭の片隅に追いやりながら、ドミニクを部屋に迎え入れた。


「オズは……あぁ、報告書ですか」

「そ。使者が来る前に報告書を仕上げないとだからな。書き方忘れかけてて焦ったわ。ドミニクは?」

「書き終わりましたよ」

「流石」


 帝国への増援としてエストルミエとルーベル両国の騎士が近日中に帝都を訪れることになっており、その際に報告書を渡すよう宰相殿から命じられている。

 帝国の城中で詳細を語るのは憚られたのでもののついでとばかりにこの様な形となった。


「なんだかんだこの旅ももう2ヶ月――いえ、まだ2ヶ月と言うべきなのか……」

「本当にな。そういや、アルム少年達はどうしてる?」

「皆思い思いに過ごしていますよ。えぇそれはもう存分に」

「なんか問題でもあったのか?」


 部屋付きのメイド――彼女は皇后付きのメイドだそうだ――が静かに置いていった紅茶に手を伸ばしながら、ドミニクははぁと溜息をつく。


「問題、ではないのですが……皆とにかく自由すぎるといいますか。リュネーゼとルーチェはいつのまにか皇女殿下方と意気投合して休憩時にお茶をご一緒してますし、アルムとシュゼッタは騎士の訓練や任務に参加して鍛錬、あぁミュイも治癒魔法師達の中に混じって研鑽をつむとかなんとか」

「皆積極的だなぁ」


 ため息をつきながら愚痴り続けるドミニクに苦笑を返しつつ俺はカップに口をつけた。


 俺達が戦線離脱した後のアルム少年側の話になるが、劣勢を悟った魔物が皇帝を魔物めいた化け物へ変化させたらしい。

 城を破壊しながら暴れる化け物を鎮めて元に戻そうと試みたものの浄化魔法でも戻せず最期まで化け物姿のまま朽ちていったのだという。狂化状態の帝国兵達——その中には鎧を着せられた一般市民や傭兵団員もいたらしいけど——もまた手遅れの者がいたり、精神を壊した者がいたりと全員救えたわけではなかった。

 諸悪の根源である魔物はどうなったかといえば、皇帝を化け物に変えた直後にアルム少年と炎の守護者――カイゼスの力で早々に消し飛ばされたらしい。消える間際に「もっと面白くなりそうだ」とゲラゲラ笑いながら不穏な言葉を遺して逝ったそうで、最期まで気味の悪い奴だったとはドミニクの談だ。


 この騒動で帝国は皇帝を始め第1から第3皇子を失い、残ったのは皇帝の指示で軟禁されていた皇后と2人の皇女、そして彼女達に逃されていたという第4皇子だけだという。

 守護者狩りの被害者だけでなく帝国側にも多大な被害を出したこの事件はなかなかに後味の悪い結末になった。


「僕達は一応国賓扱いなんですよ。あれこれ動かれると警護とか大変じゃないですか……」

「職業病かよ」


 帝国の現状だけど、皇帝の死後解放された皇后達は今もまだ国内だけでなく各国への対応に追われている状況だ。軟禁された挙句夫や息子の死を悼む間もなく真摯に行動する彼女達に対し市民達も同情的らしく、皇族全体の権威はなんとか失墜せずに済んでいるのは不幸中の幸いだったと言えよう。下手すれば国が荒れた。

 加えて、西の大陸には帝国を虎視眈々と狙う野心的な国が多い。

 帝国はその国々の牽制として故皇帝が掲げた反守護者思想の撤回と守護者支援を行う声明を即座にだした。

 加えて守護者一行を国賓として扱う事でエストルミエ王国といった守護者関係の国を強引に巻き込み、周辺諸国への牽制としたのだ。以上、俺たちが城でもてなされている理由である。


「街へ降りるとかならともかく騎士団や皇族の近くだったらよくないか?」

「確かに街へとか言い出されるよりかはいいでしょう。ですが、貴族や皇族相手に無礼を働かないかひやひやするんです! ああぁ最低限の礼儀作法を教えておくべきでした」

「あいつらなら大丈夫だろ。……暴走しない限り」

「不吉な事言うのやめてくれませんかオズ」

「つーかお前、本気で愚痴だけ言いにきたのかよ」

「おっと失礼、本当は炎の守護者に関する話題を持ってきたんです。彼にに魔王討伐の任が帝国より正式に下りました」


 さらっと告げられた内容に紅茶を飲む手が止まる。


「任って傭兵団は帝国の兵じゃないだろ?」

「第4皇子を守った功績として、今後は皇后陛下のお抱えになるようですよ」

「随分と強引に見えないか?」

「まぁ元から繋がっていたようですからねぇ」

「ユース少年、いやユースティス殿下か」


 ユース少年ことユースティス・ウィルベル・ガルゲン。まさかの第4皇子その人である。

 なんでも、雲行きの怪しさに危機感を覚えた皇后が唯一の未成年でお披露目の済んでいないユースティス殿下だけでも逃がそうと画策。その隠伏先として白羽の矢が立ったのが皇后付きの侍女の幼馴染であるカイゼスがリーダーを務める傭兵団だった。

 ちなみにラモックさんも知らなかったようで、正体を聞いた際は顔面蒼白で固まっていたらしい。

 そりゃそうだろう。面倒を見るように頼まれた子供が実は皇子だったとか心臓に悪すぎる。

 ……ラモックさんに心底同情するわ。

 余談だが、皇后的には末っ子ゆえ甘やかしすぎたユースティス殿下の性格矯正もかねていたとのこと。

 さすが帝国。いくら知り合いの傭兵団とはいえ皇子を放り込むとかやる事が豪快すぎる。


 その後出発の日程等を伝え聞いたりしていればあっという間に時間が過ぎていった。


「それではまた後で。オズも少しは休んでくださいね」

「ドミニクお前もな」


 夕方に様子を見にくると言って去っていくドミニクの後ろ姿を見送った後、ふぅと息を吐き出し報告書を手に取る。

 おかしな点はないか内容を見返しながら、一言。


「寝たふりは感心しないぞディア」


 布の擦れる音がしてベッドに視線を向ければ、鼻先まで布団に潜りながら気まずげな表情を浮かべるディアと目が合った。


「おはようさん、ディア」

「……お、おはようオズ」


 ったく、なにやってんだか。


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