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【61】西の大陸⑩side:D&O


 どこか遠くでオズの声が聞こえたような気がして、重い瞼を持ち上げた。

 狂化状態の帝国兵と乱戦になって、それから。……それ、から?

 肌撫でる冷たい風とざらりとした木の感触を感じて起きあがろうと身じろぎすれば、目の醒めるような激しい痛みに思わず呻き声が漏れた。

 その痛みにぼやけた頭がだんだんと覚醒していく。

 状況を把握しようとなんとか顔を動かせば、目線より少しばかり低いところに人の頭が蠢いているのが見えた。

 そんな時、耳に届いたのは夜の空気を震わす威圧混じりの低い男の声。


「我が国を乱そうとする者には――死を」


 次の声の後、一斉に向けられた色とりどりの虚な瞳に得体のしれないものを感じて背筋に寒気が走った。

 同時に、現状を把握する。


――処刑


 余興(この)の為だけに俺は生かされたのだと気づいて、自嘲してしまった。


 オズを困らせて、他の奴らを振り回して、挙句このザマか。

 あまりの愚かさに目も当てられない。

 幾多の虚な瞳も俺を嘲笑しているような気さえして、何故か笑いが込み上げてきた。

 嫌われて当然だ、こんな俺なんて。忌み子以前の問題だ。

 こんな奴、死んだ方が――


「ディアッ!」


 突然の、強風。

 そして、オズの声。

 今度ははっきりと聞こえたその声に、起き上がろうと歯を食いしばりながらもがく。

 皮膚が引き裂かれるような痛みに冷や汗が止まらない。

 だが、そんな事より近くにオズがいる事の方が大事だった。

 

——守らないと。


 俺の頭を埋め尽くすのはオズが死ぬかもしれないという恐怖だった。

 なんとしてでも、オズを逃さないと。

 そんな俺の内心とは裏腹に、血の気の足りない身体はぐらりと傾ぐ。

 だが、俺の身体が冷たい床に打ちつけられる事はなかった。

 支えるように回された腕に、思考が止まる。

 その隙に俺の身体がぐっと引き寄せられ、力強く抱き締められた。


「ディア」


 吐息混じりに囁かれた自分の名前に、込み上げるのは安堵。

 あぁ、オズがいる。


「俺の首に腕回せ」


 力を振り絞って言われた通りに手を回した次の瞬間——感じたのは吹き荒れる風と、浮遊感。

 遠くの方で爆発音が聞こえた気がしたが意識を向ける余裕などなく、オズにしがみついているので精一杯だった。



*side:O



 助走なしで離陸するという荒技をやってのけたワイバーンは今も順調に高度を上げている。

 その足にしがみつきながら腕の中のディアを一瞥した俺は、深く安堵のため息をついた。

 空へ飛び立つ瞬間、ドス黒いモヤの塊みたいなものが俺たち目掛けて飛んできた時は正直生きた心地がしなかった。

 あれがなにかはわからないけど、喰らっていたらまずいかった事だけはわかる。

 相殺するように光の斬撃が飛んでこなかったらと考えるとゾッとした。

 そんな事を考えつつ眼下に目を凝らせば、帝国兵達と戦うアルム少年達の姿が見えた。

 広場の方も舞台(処刑台)を中心にキラキラと優しい光が舞いおりちょっとした幻想的な光景が広がっている。

 見てる限り戦況は優勢みたいなので俺達はこのまま離脱でいいだろう。

 というか、参戦しても足を引っ張る未来しか見えない。


「……あれ? もしかして俺がでしゃばらなくてもディアは助かったんじゃ?」


 今更な事に気づいて頭を抱える俺をよそに、ワイバーンは少し滑空を続けてから、ゆるやかに高度を落としていく。

 そして、ふわりという表現が似合うくらい滑らかに最初の大通りへと降り立った。


「……無茶に付き合ってくれてありがとな。お前は気遣い屋の別嬪竜だよ」

「キュイッ」

「オズさんワイバーンを口説いてないで早くディアさんを診せてください!」

「頼むミュイ!」


 しんどそうに俺に寄りかかるディアに、淡い光が降り注いでいく。

 先程から荒い息を繰り返すディアの顔はひどく青白い。


「うぐぐ……なんでだろ、なんかディアさん治癒魔法効きづらいんですけど」

「効き辛いってどういう事だ?」

「……ぅ……」

「おいディアッ」


 ふと、瞳が若干濁って見えるのが気になり、ディアの顔をまじまじと覗き込んだ。

 気のせいかと思ったものの、やっぱりどことなく虚なそれに嫌な予感が脳裏を掠める。


「……ミュイ嬢、一度浄化魔法を頼めるか」

「え? は、はい。わかりました」


 ミュイ嬢の杖から放たれた魔法がディアに降り注いでいく。

 その光景を見守っていると――急にディアが意識を失って驚いた。


「オオオオズさんどどどどうしましょう!?」

「おっ、落ち着けミュイ嬢。……大丈夫、呼吸も安定してる。おそらく瘴気が減って気絶したんだろうな」

「瘴気って……まさか」


 多分、狂化状態一歩手前くらいだったのだろう。

 守護者を狂化できる程の瘴気、か。

 ふと思い浮かんだのは先ほどのドス黒いモヤの塊。

 あんなものを放つ奴と戦ってるであろうアルム少年達が心配になった。


「念の為、ルーチェにも浄化魔法をかけてもらってください。濃いものだったら完全に浄化できたか自信ないので……」


――……して……まえ


 ミュイ嬢の声に被せるように、ふとまたあの声が耳を掠めたような気がした。


「あ、あぁ」

「それじゃあまた治癒魔法かけますね」


――…………してしまえ


 キィンと耳鳴りがして、今度ははっきりとあの声が聞こえた。やっぱり気のせいじゃない。

 だんだんとはっきり聞き取れるようになってきたその声がひどく耳障りで無性に腹が立った。

 今はそれどころじゃないんだ、やめてくれ。

 そんな俺の願いを嘲笑うように、耳鳴りがひどくなっていく。


――……ろしてしまえ


 うるさい、やめてくれ。


「ふぅ、傷も塞がりましたしこれで——オズさん? あの、大丈夫で――」


――皆、こ


「うるさいッ! 黙れ!」


 とたんに声がぴたりと止む。


「ひゃい……ご、ごめんなさい」


 ハッと顔を上げれば、杖を握りしめ首をすくめるミュイ嬢の姿が目に飛び込んできて血の気が引いた。


「ごめん、わるかったミュイ嬢。ミュイ嬢に対してじゃないんだ。あ、あー……えっと、なにか用だったか?」

「えーっと、その、あの……ディアさんに、治癒魔法かけ終わりました」

「そう、か。ごめん、ありがとう」

「は、はい」

「おいお前ら、城の方がすごい事に――何かあったのか?」

「なんでもないです! それでお城がどうしました!?」

「あれを見てみろ」


 ラモックさんの声に城の方角を見やれば、建物の向こうに爆発や閃光が見えた。

 そして——轟音。

 どうやら随分と激しい戦闘が行われているらしかった。


「……あの様子じゃ私達は近づかない方が良さそうですね」

「そうだな」


 そんな会話を交わしつつ俺達は戦いの行方を固唾を飲んで見守った。



 ……それにしても、あの声。

 殺してしまえ、だなんて。

 あの時から、俺はどうしてしまったんだろう。


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