【58】西の大陸⑧
呆然と立ち尽くすユース少年をそっと見やる。
魔物を倒した後、銃声を聞きつけてユース少年とミュイ嬢が部屋に駆け込んできて……それからずっとこの状態だ。
生存者がいないか部屋の中を隈なく探したけど結局見つかっていない。
「なんで、だよ」
「……ユース君」
冷たくなった傭兵団の仲間を前に声を震わせた少年の姿はひどく頼りないものだった。
職業柄、魔物に家族や友人を殺された人達を何人も見てきたけれど、未だこういう時になんて声をかければいいのかわからない。
俯くユース少年の付き添いをミュイ嬢に頼んでから、もう一度死の気配が漂う室内を見渡し思考する。
俺が気になっている事は主に3つ。
1つ目は先程倒した魔物についてだ。
目の前で禍々しい黒の水溜りと化してるそれは、南の大陸で出会った個体よりも随分と小さな特異体だった。
逃げる事も視野に入れて、赤い目を打ち抜けば、室内に黒い粘液を撒き散らしながら弾け飛んだ挙句動かなくなった。
魔王が造った魔物とは思えない程あっけない幕引きに、正直困惑しかない。
こんなやつに傭兵団員達が負けるとは思えなかった。
それを踏まえて2つ目、傭兵団員達の死因についてだ。
死体を検分したところ、いずれも心臓付近に剣で突き刺されたような傷がいくつもあった。
おそらくこれが傭兵団員達の死因と考えていいだろう。つまり先程の魔物はただの隠蔽工作の可能性が高い。
戦いがあったにしてはやけに綺麗なままの部屋を見るに、犯人は傭兵団員達の気づかないうちに犯行に及んだのだろう。そんな事ができるのは――。
そして3つ目。
ラモックさんをはじめ何人か見当たらない人がいるという事。
魔物に喰われた可能性もあるし、俺達と入れ違いで外にいる可能性もないわけではない。けど、その見当たらない中に犯人がいるという可能性も考えなくてはいけないだろう。
何にせよ早急にここを出た方がいいのは確かだ。こんな袋小路で犯人と鉢合わせなんて最悪すぎる。
「ミュイ嬢、一旦ここから離れるぞ」
少し強めの口調でそう言えば、ミュイ嬢は困惑しつつも素直に頷いた。対して噛み付いてきたのはユース少年だ。
「こいつらをこのまま置いてけっていうのか!?」
「あぁ。ここで敵を迎え撃つには分が悪い」
「犯人なんて、さっきの魔物だろ?」
「おそらく違う。敵は――」
「オズさんッ!」
ミュイ嬢の悲鳴じみた声に咄嗟に振り向き身を引けば、鈍い輝き俺の鼻先を掠めていく。
「……あぁもう最悪だな!」
俺達の行手に立ちはだかるのは黒鉄の全身鎧を纏った帝国兵だ。
抜剣したままゆらり、カシャリと鎧を打ち鳴らして距離を縮めてくる様子にミュイ嬢が小さな悲鳴を漏らした。
魔銃使いとしては一番戦いたくない状況かつ相手である。
この状態でミュイ嬢とユース少年を守りながら戦うのは正直きつい。
部屋の入り口はこの帝国兵が入ってきた1箇所だけ。つまりこいつの真後ろ。
出入り口になりそうな窓もない。
「……ミュイ嬢、俺がこいつを引きつけるから逃げてもらってもいいか」
「や、やってみます」
帝国兵が剣を構えたように見えた――瞬間。
床を蹴り、鎧をまとっているとは思えない程の素早さで一気に距離を詰めてきた帝国兵を銃身でなんとかそらす。
まともに受け止めたわけでもないのに、それだけでグリップを握る手が痺れた。
引き受ける、だなんて軽々しく言えるような存在じゃないのは今の一手でよくわかった。
「走れッ!」
弾かれたようにミュイ嬢が走り出す。そのすぐ後ろ、ミュイ嬢に手を引っ張られるようにしてユース少年がこちらを気にしながらも駆けていった。
そんな2人に帝国兵の意識が向けられそうになるたび、すかさず手元や関節を狙って魔弾を撃ち込めば鬱陶しいとばかりに剣で薙ぎ払われた。
黒光りする鎧越しに2人が入り口へたどり着いたのが見えてホッとしたのも束の間、苛立ちの乗った剣撃にそれどころではなくなった。
なんとか隙を作って入り口へ向かいたい俺の思いとは裏腹に、追い詰められていったのは部屋の隅。
振り下ろされた剣に避けようとして――コツンと背中が壁に当たった。
「やべッ――」
眼前に迫った命の危機に銃を投げ、予備の剣を引き抜いたのはもはや無意識だった。
真っ二つになる前になんとか剣を滑り込ませる事には成功したものの、薙ぐように振り抜かれた強烈な一撃に吹っ飛ばされ思い切り壁に打ち付けられた。
息が詰まり、視界に火花が散る。
チカチカと点滅する視界に剣を突き出す帝国兵の姿を捉え、なんとか転がって避けた。
もう1つの銃を引き抜いて視界部分に打ち込んでみたけど痛みのせいか銃口がブレ兜を少し凹ませただけだった。
「ええぃこのッ」
帝国兵が剣を振り上げようとした瞬間、ゴインと鈍い打撃音が鳴り響く。
帝国兵の脳天目掛けて振り下ろされたのはミュイ嬢の杖。ほんの一瞬、帝国兵が動きを止めた。
「わああああああああああっ」
そんな帝国兵へユース少年が叫びながら小柄な体で勢いよく体当たりを喰らわせる。
当然反動でひっくり返っていたけど、そのおかげで帝国兵も少し体勢を崩し隙が生まれた。
「オズさんッ」
ミュイ嬢からぶん投げて寄越されたのは、俺が投げ捨てた魔銃。
剣を手放しよく馴染んだそれを手の中に収めると同時に、あたたかい気配が俺を包み痛みを癒していく。
しっかり動くようになった身体で帝国兵に標準を合わせ、俺は銃の引き金を引いた。
顎下から撃ち抜くように魔弾が被弾し弾かれた大兜がガランと床を打つ音が響く。
無防備に晒された頭部へとさらに銃の引き金を引こうとして――すんでのところで指を止めた。
ユース少年が息を呑む音が聞こえる。
「なん、で」
絞り出すように紡がれた掠れ声を聞きながら、俺は帝国兵を——否、帝国兵の格好をしたラモックさんを仰ぎ見た。




