【57】西の大陸⑦side:D&A
前半がディア、後半がアルム視点になります。オズは今回お休み。
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side:D
――同、胞? ……ふざけるなよ。
瞬間、感じたのは激しい怒り。
夜色にベリー色――そう言ってくれたオズの言葉を踏み躙られたように感じて、心の奥底から怒りが沸々とたぎった。
殺気を飛ばしながら無言で剣を構えた俺を見て、そいつの赤い瞳が愉快そうに弧を描いた。
『ねぇ、闇の守護者。共に世界を壊す気はないカナ?』
「断るッ」
即座に返せば、魔物は『おや残念』と愉しげに目を細める。
『キミにとっては有意義な提案だと思うんだけどネ。身勝手な人間に復讐するチャンスだヨ?』
すぐに言葉が出てこなかったのは、その言葉に心惹かれる自分に気づいたからだ。
何をやっても忌み子だからと蔑まれ続けていくうちに抱いたのは失望と諦め、そして……憎しみ。
オズと出会っていなかったら、人間を見限りこいつの手を取るような未来があったかもしれない。
何も答えない俺を見て、何を思ったのか魔物は口角を吊り上げた。
『あんな奴ら、助ける価値ないでショ?』
嫌いな人間を助けるのは、オズが人間を助けようとするからだ。
俺にとってはオズが全て。オズ以外の有象無象は心底どうでも良かった。
……それなのに。
――俺たちの最終目標はなんたって魔王討伐なんだぜ? そしたらディアは世界を救った英雄だぞ。英雄を忌み子なんて呼ぶ馬鹿は流石に居ないだろ
――こんな理不尽吹き飛ばして行こうぜ。なんなら俺も全大陸駆け巡ってお前の凄さを言い広めるからさ!
昔諦めた希望をオズが拾い上げてくれたあの日、あの時から。
他ならぬオズの言葉を通して、再び信じてみようと思ったんだ。
だから、こそ。
「何を言われようとも無駄だ。貴様を相手にする暇などない!」
『……理解できないナァ』
守護者の力に皮膚を焼かれながらも魔物は平然と俺の剣を掴んでいた。
隙をついて倒せればと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
『アハッ、不意打ちなんて酷いじゃないカ~』
力を込めても剣は微動だにしない。至近距離から力をぶっ放しなんとか剣は取り戻せたものの簡単に魔物に攻撃が通った様子はなかった。
幾分か冷静さを取り戻した頭にガンガンと鳴り響く警鐘に、冷や汗が頬を流れる。
第2覚醒とやらの力をもってしても、遊ばれているだけ。全く見えてこない勝ち筋に焦燥だけが募っていく。
本当は撤退するべきだ。
だがこいつがアルム達のもとへ行ったらまずい。なにより、万が一オズのところへ行ったら。そう考えればこいつの足止めをする以外の選択肢はなかった。
『戦う気満々のとこ悪いんだケド、ボクは弱いものイジメって好きじゃないんだよネ~。だからさァ――』
次の瞬間、ぶわりと黒い霧状のものが魔物から溢れ出し、その姿を覆い隠していく。
すぐさま力を飛ばしそれを散らせど魔物の姿は既にどこにもなかった。
『キミの遊び相手を呼んであげるヨ! そ~ら皆出番だゾォ~』
バタンと勢いよく両開きの扉を押しあけ、ガシャンと金属音を響かせながら現れたのは全身鎧の帝国兵。
ざっと見た限り、その数——数十。
何の合図もなく切りかかってきたそれらの剣をできるだけ躱し、払い、また無理なものは受け止める。
だがそれを押し返そうとした瞬間、すぐに失策を悟った。
受け止めた剣が、やたらと重いのだ。
守護者として強化された俺と同等もしくはそれ以上。明らかに人間の腕力ではなかった。
鎧で誤魔化されたがどうやら中身は人ではないらしい。
震える腕でなんとか剣を弾き返せば、体勢を崩したその兵が盛大に近くの兵を巻き込みながら仰反った。
その好機に相手の喉元目掛けて剣を突き出した——ちょうどその時。
視界の端に映りこんだのは、ガシャンと大きな音を立てて地面を転がる大兜。
虚な目から赤い血を流す、鎧姿の男の姿。
つまりこいつらは――――。
目の前の男の喉元に吸い込まれようとしていた剣先に、心臓がドクンと跳ねた。
必死に軌道をずらせば、耳障りな金属音をと共に鎧の表面を剣先が掠めていく。
「……チッ」
人殺しにはならずに済んだ。……その代わり、代償は高くついたが。
えぐられた肩を押さえながら退く俺の視界に、剣を赤く染めた別の帝国兵がゆらりと立ちはだかった。
頭部を無防備に晒すあの血涙の男も、ゆらゆらと剣を構えているのが見える。
『大虐殺にならないように……その調子で、頑張ってネ?』
耳障りな魔物の嗤い声を合図に、帝国兵達が俺に殺到した。
*side:A
目の前を駆けていたディアが突然闇の中へと姿を消した。
当然、こんな展開はゲームには無かった。
城門前の広場で処刑寸前の傭兵団の仲間を6人目と共に助けに向かい、現れた魔物と帝国兵と皇帝を相手に戦う――本来はそんなシナリオだったから。
「ルーチェ、ディアの居場所はどこですッ!」
「近くにはいない! ここから、離れた場所にいる!」
「一本道だったはずだろう⁉︎」
珍しく冷静さを欠いたドミニクとシュゼッタの声を聞きながら、もう一度記憶を洗い出す。
魔王の側近相手に不確定な先入観は危険だと思うから誰にも話してはいないけど、ゲームと同じならここにいるのは瘴気を操って攻撃する魔物のはずだ。
そいつだったら転移系の魔法なんて使わなかったはず。それなら、やっぱり城の魔道具?
でも、ディアが消えたあたりを調べても魔道具が見当たらないってドミニクは頭を抱えてる。
じゃあやっぱり魔物の仕業?
ディアがいなくなった手段もわからなければ理由も居場所もわからない。
どうしよう、どうすればいい?
どうしたら――うまくいく?
「落ち着きなさいよあなた達。今は急いで炎の守護者を助けに向かいましょう」
「二手に分かれた方が……」
「私たちの中で一番強いのは誰! ディアでしょう? というか、これ以上の分散は危険よ。ほら、しっかりしなさいよドミニク。あなたまで動揺しないで」
「すみませんリュネーゼ」
「アルム、行こう」
「っ! ……うん」
皆の背中を慌てて追いかける。
結局記憶がなければ何にもできない。
こんな時兄ちゃんだったら――とまた考えそうになって慌てて頭を振った。
こんなんじゃ駄目だ。こんな弱気でいちゃ駄目だ。
ぐちゃぐちゃ考えて時間だけつぶして……何やってんだよ、オレ。
というか、オズにもあれこれ考えすぎるなって言われたじゃん。
うん、考えすぎなければいいんだ。
つまり――そう、単純に!
「この扉の向こうが牢屋のようですね。しかし鍵が――」
「ドミニク、ちょっとどいて」
「はい?」
困惑するドミニクを横に押しやると。光の力を剣に纏わせて――一閃。
「おりゃッッッ」
ドゴォンと盛大に吹き飛んだ扉を前に片手で小さくガッツポーズを作った。
「よっしゃ」
「何してるんですかアルム⁉︎」
「探すよりもこっちの方が早いだろ! ほら早く行こうドミニク!」
「は⁉︎」
炎の守護者が捕らえられていた牢屋を光の力で豪快にぶち破りながらオレは自分の手元を一瞥する。
――悩みも敵も全部力で吹き飛ばしてやる!
吹っ切れたオレの心の表れか、剣の柄には仄かに光を発する銀色の茨が巻き付いていた。




