【56】西の大陸⑥
軽い残酷描写注意
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あれから既に1時間程が経過した。
すっかり夜もふけ、頭上には欠けた月が昇っている。広場につながる大通りまで戻ってきた俺とミュイ嬢は、道端に無造作に置かれていた木箱の影へ身を潜めながらラモックさん達を待っていた。
あたりは相変わらず不気味な程に静まり返っていて聞こえるのは風の音か家が軋む音くらい。人のたてる音は一切聞こえてこなかった。
「うーん、ラモックさん達もまだ来そうにないですし……暇ですね、オズさん」
「アジトの場所知ってたら向かえたんだけどなぁ。仮眠取っててもいいぞミュイ嬢」
「こんな時に寝れませんってば。私は繊細な女の子なんですよ?」
「はいはい悪かったよ。……そういやミュイ嬢」
「どうしました?」
「気を遣わせて悪かったな」
本当はアルム達と行きたかっただろうにと思っていれば、ミュイ嬢は少し困ったように微笑みながら緩く首を横に振った。
「いいえ、もともと残るつもりだったんです。私はアルムの力になりたいのであって足手纏いになりたいわけじゃないんですから……ってなんか急にこんな事言ってごめんなさい」
「そんなことないさ。その気持ち、俺もわかるし」
「オズさんは魔物と戦えるじゃないですか。私なんて攻撃魔法とかはからっきしですよ? だから足引っ張ってないかとか、隣に居てもいいのかなってここ最近特に考えちゃうんですよね。……こう言う話、守護者の皆にはあまり言えなくて。話せてちょっとスッキリしました」
「俺で良かったらいつでも聞くから、ミュイ嬢もあんまり抱えこまないようにな」
「……えへへ、ありがとうございますオズさん」
それからしばらく小声で話していると、広場に人影が見えてすぐさま息を潜めた。別の道からきたのだろう、離れているので輪郭しかわからないけど身長的に女性か少年だろうか。
ミュイ嬢と静観していれば、やけに挙動不審なその人影はだんだんと中央へと近づいていった。住民なのかは分からないが、今ここで下手に声をあげられても困る。
「……ミュイ嬢はここに居てくれ」
「わ、わかりました。無茶はしないでくださいね」
不安そうなミュイ嬢に頷き返し、俺は木箱の影を飛び出した。
足音を殺し人影に近づいていく途中ふと思い出したのは——人型の魔物の存在。
今更ながら頭からすっぽ抜けてた自分の阿呆っぷりに冷や汗が止まらない。
目の前のそれが魔物でない事を祈りつつ慎重に歩を進めれば、明瞭となったその姿は見知ったもので安堵の息を吐いた。
「――ッ」
「……っと、ユース少年大丈夫オズワルトだ。敵じゃないから暴れるな」
暴れようとするユース少年の口を塞ぎながらそう囁けばぴたりと動きが止める。
ぎこちなく見上げるユース少年はよく見たら涙目で、いくらこれ以上舞台に近づけさせない為とはいえ可哀想な事をしてしまった。
「突然ごめんな。だけどここはまずいから……とりあえず、黙ってついてきてくれるか?」
ユース少年が頷いのを確認してから、ずいぶんと冷たい彼の手を引いて木箱の影に導いた。
「オズさんおかえりなさい。鮮やかな手口でした」
「なぁ、それ……褒め言葉なんだよな? まぁいいや、それでユース少年。ラモックさん達はどうした? まさか勝手に抜け出したりは……してないよな?」
そう言えば少年はうっと言葉を詰まらせると目を泳がせていた。
また勝手に抜け出してきたのだろう。散々怒られてたのに懲りないなぁ、この子も。
「じっとしてられなかったなら丁度いい、俺達をアジトへ案内してくれないか? ラモックさんに伝えたい事があるんだ」
「なっ、だから俺はリーダーのところに——」
「前から思ってたけどさ、ユースはどうやって助けるつもりなの?」
「どうって、」
「魔物を倒せるの? 帝国兵を出し抜けるの? 何か作戦があるの?」
「……それ、は」
冷や水を浴びせるようなミュイ嬢の問いかけに、ユース少年はたちまち表情をこわばらせ黙り込む。
先程の勢いはどこへやらすっかり意気消沈してしまった少年に、ミュイ嬢は視線を合わせた。
「ユースがリーダーさんを助けたい気持ちもすごく心配してるって気持ちもすごく伝わったよ。だけどね、ユースに何かあったら同じようにそのリーダーさんもラモックさんも心配するって事は忘れないで」
「……、……」
「それに今ね、私達のすっごく強くて頼りになる仲間が今リーダーさんを助けに行ってるの。ねっ、オズさん」
「おぅ、そうだな」
その言葉にユース少年は眉を寄せぐっと唇を噛み締めたまま城を見上げる。そして何かを振り切るようにぎゅっと目を瞑ってから俺達を見た。
「…………わかった。アジトまで案内する」
それから俺達はユース少年の案内で傭兵団のアジトへと向かう。
「はぁ」
「どうしたユース少年」
「……あいつの説教長いんだよ」
「自業自得でしょ。ほらさっさと歩く!」
「うっせえ——いだっ!?」
もう1つの大通りから細道に入り、更に左右に曲がる事3度程。
「ほら、着いたぞ。ここが……………………は?」
無茶な力で捻じ曲がった扉、廊下の向こうに点々と続く血痕。
たどり着いた先に広がっていた光景に俺達はしばし言葉を失った。
「……は? う、そ…………なに……だって、みん、な……」
顔面蒼白でふらふらと中に入ろうとしたユース少年の首根っこをつかんでミュイ嬢に押し付けると、腰のホルスターから銃を引き抜き慎重に扉の向こうを覗きこむ。
ほのかに鉄のにおいが漂う廊下の奥に耳をすませば、ぐじゅりと何かをひき潰すような音が聞こえた。
「……ミュイ嬢、ユース少年連れてその辺に隠れててもらっていいか。……何かいる」
「え、オズさん……何する気ですか」
「少し様子見てくる。生存者がいるかもしれないし、放ってはおけないだろ。……無理そうなら即座に離脱するからさ。ミュイ嬢、ユース少年を頼んでいいか」
そう告げれば、ミュイ嬢は数秒考える素振りを見せてから、硬い表情で頷いた。
ミュイ嬢がユース少年を連れ離れたのを確認した後、慎重に気配を探りながら廊下を進んでいく。
部屋の前で銃のグリップを握りなおしてから意を決して部屋に足を踏み入れれば、むせかえるような血のにおいにドクリと心拍数が跳ね上がった。
――グシャリ、グジュリ
貪り食われる細長いものは何か。
周囲に転がっている塊は何か。
それらの正体に気づいた瞬間、俺の中で何かがキレる音がした。
部屋の奥で未だ耳障りな音を発するソレへ静かに標準を合わせる。
びちゃ、と俺の靴がたてた音にソレはぴくりと動きを止めるとゆっくりと振り返った。
暗闇の中でもギラギラと輝く血のように赤い瞳が俺を捉える。
「……死ねよ。クソ野郎」
ぶるりと震えた魔物へ怒りと殺意を込めて――俺は、引き金を引いた。
*side:D
「……?」
「どうした、ドミニク」
「いえ、なんでもありません。ところでルーチェ、炎の守護者の気配はどうですか」
「ものすごく、近い。…………ん、ここだ」
ルーチェの感知能力を頼りに不気味なほどに静かな石造りの廊下を駆け、たどり着いたのは金属でできた重厚な扉。
「何もなさすぎて不自然すぎるな」
「……罠じゃなければいいのだけど」
警戒するリュネーゼやシュゼッタを尻目に俺はさっさと扉を押し開ける。
蝶番を軋ませながら扉を開けた向こうには狭い廊下が闇の中へ真っ直ぐ伸びていた。
周囲に何の気配もないのだからまごつくだけ時間の無駄だろう。
咎める声が聞こえたが、今の俺にはそれを気にかける余裕なんてなかった。
こうしてる間にオズに何かあったら――。
早くオズのもとに帰りたい。一刻も早く無事を確認したかった。
はやく、はやく、はやく。
感情に急かされるまま暗い廊下を駆け抜ける。視界が一瞬闇色に染まったかと思えば、次の瞬間視界に広がったのは、白を基調にまとめられた荘厳な大広間。
部屋の調度品といい、正面に鎮座する玉座といいおそらく王国の謁見の間のような場所なのだろう。
――本当にここに炎の守護者がいるのだろうか?
そんな疑問と共に振り返れば、そこにあったのは締め切られた両開きの扉。扉の大きさからして、俺が通ってきたはずの廊下に繋がっているとは思えなかった。
一緒に行動していたはずの守護者の姿も見当たらない。気配を辿れば、ここではない遠くの方から感じた。
――ならば何故、俺はここにいる?
ふと前方に別の気配を感じて身構える。
『ようこそ人の世の忌み子――否、我らと同じ色を宿す同胞よ』
禍々しい黒の肌に長い黒髪。そして、血のように赤い瞳。
人の形をした魔物が、玉座に腰掛けニタリと嗤った。




