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【55】西の大陸⑤

※微グロ・残酷描写注意



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 ピチャリ、天井から滴り落ちる水音が響く。

 帝都の近くに到着した俺達は傭兵団の先導で薄暗い地下水道を進んでいた。

 時折鼻につく悪臭に顔を顰めながら横を流れる水路をちらりとのぞけば、黒々とした水が流れている。

 なんとなく気になってランタンを近づけてみたら黒ではなく赤だ。

 ……悪臭に紛れて鉄のようなにおいがすると思ったら、原因はこれか。

 それが何かを想像して気が滅入りそうになった。


「処刑……ね」

「オズ?」


 怪訝な顔のディアに何でもないと誤魔化しながら、俺達の音以外聞こえない空間を進んでいく。

 地下に潜ってからそれなりに経っているのですでに俺たちの頭上には帝都の街並みが広がっているはずだ。にも関わらず地上から足音や馬車などの振動はまるで聞こえてこない。

 天井が厚いからなのか、それとも夜だからか。もしくは――。


「……感じる」


 ふいにルーチェ嬢の声が響いた。

 俺達の視線に見向きもせず、ルーチェ嬢はいつも通りの無表情で遠くの1点をじっと見つめている。

 その先に、いるのだろう、炎の守護者が。

 心なしか、全員の歩速が上がった。

 それから何度かの分かれ道を経て、ようやく地上につながる梯子が見えてくる。


「着いたぞ。ここからなら比較的目立たずに地上に出れるんだ」


 ラモックさんの言葉を聞きながら慎重に地上へ上がれば、裏道に繋がっていた。


「……あっさりといきすぎて不気味だな」

「そりゃ普通ならこうはいかねェぜ? 本来は鍵がかかっているからな」

「前もって壊していたんですか?」

「以前鍵をちょちょいとな。鍵穴と時間さえありゃァ作れるぞ」


 あっけらかんと言い放ったラモックさんの言葉にドミニクがなんとも言えない表情になった。

 気持ちはわかる。国を守る騎士としちゃ防衛上よろしく無い話だもんな。今はすごくありがたいけど。

 シンと静まり返った夜道を音も立てずに駆け、ついに帝都の中央通りまでやってきた。


「どうなっちまってんだ帝都は……?」

「なんでこんなに静かなんだよ。流石に異常だろ」


 まだ夜中ってわけではないのに人っ子1人いやしない。

 おまけに街灯の灯りは消え、通りに面した家々はカーテンをしっかり締め切っている。

 人の気配が感じられないその様相は幽霊都市を彷彿とさせた。


「俺達は一度アジトに向かうが……お前達はどうする?」


 そう聞かれて、俺達の視線が自然とルーチェ嬢に集まった。

 ルーチェ嬢は夜色に染められた城をじっとみつめている。


「城の様子を一度探ろうかと。現在どんな有様なのか把握しておきたいです。帝都(ここ)にもアジトがあるんですね」

「あぁ。そんじゃ俺達はここに残ってくれていた奴に声をかけてくる。予定通り夜明け前に城門前の広場で落ち合おう」

「ラモックさん達、気をつけてな」

「あぁ、お前らもな」

 彼らの後ろ姿が暗闇に紛れるまで見送った後、城へと向き直った。

 静寂の中その輪郭だけが浮かび上がっている様相は、妙に不気味だ。


「ルーチェ、方角は?」

「あっち」

「……やはり城ですか」


 城へ近づけば近づく程、鉄のような臭いがより強烈になっていく。

 腐臭のようなものが混じり始めたところで、城門前にたどりついた。


 かたく閉ざされた立派な城門の前にはそれなりに広い石造りの広場が広がっていた。

 その広場の中心には大人1人分程の高さの舞台が設置されており、そしてその周りに何かが積み重なっている。

 見渡してみれど、周辺に帝国兵はおろか人の姿はない。

 周囲を警戒しつつtその舞台へと近づいてみれば……先程よりも肉を腐らせたような臭いが強くなった。


――ぴちゃり。


 踏み出した足が濡れた地面を踏みしめた。そして――。 


「――ッ」


 俺達の誰かが小さな悲鳴を飲み込んだ。


「……ひどいな」

「……あぁ」


 無造作に積みあげられていた……いや、打ち捨てられたそれらは人の形をしていた。

 彼らは、『守護者あるいはその関係者』として処刑された者達だろう。

 拷問ののち、処刑……だろうか。

 首のない死体が纏う服とも呼べないボロ切れの隙間からのぞくのは、(おびた)しい傷跡。

 それは彼らの死までのむごたらしさをありありと物語っていた。


「もう少し、早くここに来れたら……この人達を助けられたのかな」

「アルム、過去は変えられないんです。その考えはやめなさい」

「わかってるよ。わかってるけど、さ……」


 アルム少年はギリと奥歯を噛み締め悔しげに俯いた。


「ところで……ねぇ、本当にこのまま朝まで待っていいのかしら?」

「ラモックさん達に無断で動くのは避けたいですが、拷問の可能性がある以上早めに救いだした方がいいでしょう。ルーチェの様子だと炎の守護者は本当に捕らえられているようですし」

「ならラモックさん達への連絡役として誰か残るか? まぁ残るなら俺だろうけど」


 状況的に俺かミュイ嬢が適任だろうけど、まさかミュイ嬢を1人で残すわけにもいかない。

 ただそうなると、当然黙っちゃいない奴がいた。


「オズが残るなら俺も残る」


 案の定これである。

 俺から離れる気はないと語気を強めて言うディアをどう説得したらいいのかと頭が痛くなった。

 城に侵入するにあたりもしも魔王の側近と戦う事になれば、守護者の中でずば抜けて強いディアの存在は欠かせないだろう。今回ばかりはディアの主張に頷くことはできない。


「……ドミニク、ラモックさんへの伝令役は引き受けたから、ディアを連れていってくれ」

「嫌だッ! 近くにいなければオズを守れないじゃないかッ!」

「守るって言ったって魔王の側近は城だろ?」

「でももし魔物や兵が潜んでいたら——」

「ディア、俺は確かにお前よか弱いけど民間人じゃないんだぞ。魔物と戦いに行くわけじゃないんだ、少しは信頼してくれよ」

「それ、は……」

「緊急事態なんだ。頼む」


 そう告げれば、ディアは苦しげな表情を浮かべると下唇をぎゅっと噛み締め黙りこんでしまった。


「えーっと、それなら私もオズさんと残っていいですか? 治癒とか浄化なら任せてください!」

「そうね。確かにミュイはオズと一緒に残った方が安心かも。ねぇアルム」

「えっと……うん。この場はオズとミュイに任せて、オレ達は城内へ向かおう」

「…………、あぁ」




 城へ向かう守護者達の後ろ姿を一瞥して俺はゆっくりと息を吐き出した。


「言い方、しくじったかなぁ」


 ディアはあれからずっと消沈気味だった。突き放しすぎたかもしれないと今更ながら罪悪感が込み上げる。

 ディアから預かった魔道具を見下ろしてまたため息をついていたらしく、大丈夫かとミュイ嬢に心配されてしまった。俺まで年下に気を使わせてどうするんだよ。情けない。


「俺達も行こうか」

「はいっ」


 小声で元気よく返事を返すミュイ嬢の存在にひっそり癒されながら、俺はもう一度広場をぐるりと見渡した。……いつまでもここにいるべきではないだろう。

 ここは処刑場なのだ、いつ魔王の側近や帝国兵がやってくるかわからない。

 それに、(むご)い死体のそばでラモックさん達を待つのは精神衛生的にも良くないはずだ。

 ミュイ嬢と2人で移動しつつ、やっぱり俺の頭の中にチラつくのは先程のディアの様子。


 ……とりあえず、これ以上ディアには心配かけないようにしないとな。


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