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【54】西の大陸④


 帝国兵の話を聞いたという男によれば、6人目は帝都で捕縛され城の牢へ投獄されたとの事だった。


「その場で殺されなかったのは不幸中の幸いでしょうか。……そもそもその話が罠である可能性もありますが……」


 他の傭兵達に介抱されるその男を見やるドミニクの視線は懐疑的だ。

 話自体が嘘の可能性、あの男自体が帝国のスパイである可能性——とまぁ考え始めれば疑いは尽きない。


「処刑は明日なんでしょう? どのちらにせよ迷っている暇はないんじゃないかしら」

「もう少し情報を集めたいところですが……やむ終えませんか」


 とはいえ帝国まではどんなに馬をかっ飛ばしても10日程は最低でもかかるはずだ。

 到底明日の処刑なんかには間に合わない。

 移動の算段をたてるべくラモックさん達に声をかけようとして、ふと視界の端で動く何かに気づいた。

 何気なく視線を向け——。


「ディアッ!」

「なん——了解」


 俺の声に即座に床を蹴ったディアは、今しがたこの部屋からこっそり出ようとしていた少年との距離を一気に詰めるとその首根を遠慮なく掴んだ。ホッと安堵する俺の耳に、離せだなんだと喚く少年の声が聞こえる。その騒ぎに俺達へと傭兵達の剣呑な視線が突き刺さったのは一瞬で、すぐに申し訳なさそうなものへと変わった。


「おいユース、お前いい加減にしろッ!」

「うっせえよッリーダー助けに行こうとして何が悪いッ!」

「今日もさんざん迷惑かけといて何ほざいんだお前は! ここで留守番に決まってんだろッ!」

「はあ!? なんでだよッ!!」

「お前に何かあったら……リーダーにもあの方にも申し訳が立たねェ」

「——ッ」


 ラモックさんの言葉に悔しげな顔でユース少年は押し黙った。


「……帝都へ向かう。今から呼ぶ奴はついてこい」




 それから、10人程仲間を引き連れたラモックさん達とともに俺達もアジトの地下から続く抜け道を進んでいた。なんでも傭兵団がもしもの為に秘匿する脱出用の抜け道らしい。


「俺らのゴタゴタに付き合わせちまって悪ィな」

「いえ僕達も帝都に用事がありますから。むしろ得体の知れない僕らを同行させてもいいんですか?」


 ドミニクのあけすけな問いかけに、先導していたラモックさんは苦笑顔だ。


「目的は分からんが、敵が一緒ならそれでいい。しかも俺らより強いなら引き入れない手はねェだろ?」


 あの短時間で俺達を見極め作戦に引き入れる柔軟さと豪胆さ。

 腕っ節が強そうな奴らを制してラモックさんが副リーダーをやっている理由が垣間見えた気がした。

 そうこうしているうちに狭く細い抜け道を抜け地上にでた。

 無事に街の外に出たようで、背後に街の外壁が見える。

 この後は別の抜け道を進む傭兵団の選抜メンバーと合流し、彼らが所有する移動手段で一気に王都へと向かう手筈となっていた。でもって、その移動手段というのが――。



「こいつらなら夜には帝都につけるはずだ」

「すごい……初めて見た」

「大きい、な」


 シュゼッタとアルム少年が唖然と見上げるのは2頭の魔獣――飛竜(ワイバーン)である。

 魔獣とは動物が魔物の死骸を一定量とりこんで変化した生き物の事だ。『魔』とついているけど魔物と違って瘴気もなく、言うなれば少々特殊な進化をしてしまっただけのれっきとした生き物である。魔物の性質を引き継いでいる為か、強靭な肉体を持つものの荒っぽい性格のものが多いけど。

 ちなみにこのワイバーンは、羽根トカゲという種が魔物を取り込み変化した姿と言われている。閑話休題。


 ワイバーンの大きさは2階建ての一軒家程。

 そんなワイバーンの背中に鞍が取り付けられ、その足には人間を運ぶ為の籠が固定されていた。

 ラモックさんは俺達が籠の中に収まるのを確認すると、慣れた様子で颯爽とワイバーンに跨り合図を送る。

 内臓が押し上げられるようななんとも言えない浮遊感を感じたかと思えば、ぶわりと強風に顔を殴られすかさず顔を覆った。


「……っと。これでどうですか?」


 その声と共に風圧が消えた。

 恐る恐る腕を退ければ、眼下に小さくなった街とはるか向こうに広がる大地と森が視界に飛び込んでくる。


「あら、珍しく気がきくじゃないドミニク」

「どういう意味ですかリュネーゼ」


 どうやら、風の守護者の力を使ったらしい。

 掌の上で風を踊らせるドミニクを一瞥した後、ミュイ嬢達を見やれば束の間の空旅に不安を忘れ遠くの景色に目を輝かせていた。

 そうして空を進むこと数時間。

 時刻は夜。太陽はすでに向かって左側の地平線に沈んでいる。


「……でさぁ」


 俺はカゴの端にちょこんと積まれた麻袋を見下ろした。


「どうするんだ、あれ」


 麻袋はまるで子供1人入っていそうな程大きかった。


「どうもこうも着いたら引き渡せばいいだろう」


 ディアの言葉に麻袋がびくりと震えた。

 ユース少年が忍び込んでいる事に気づいたのは飛び立ってからしばらく経った後の事だった。

 この籠に乗っているのは俺達だけだから、当然ラモックさん達はまだこの事を知らない。

 ユース少年も思い切った事するよなぁ。無謀というか猛進というか。

 侵入前にユース少年を渡されて頭を抱えるラモックさんの姿が想像できて、思わず苦笑いが浮かんだ。


「どうしたんだオズ?」

「いや猛進っぷりといえば……初めて会った時のアルム少年もそうだったなぁ、と」

「オレ!?」

「ほら、ディアによく突っかかっていただろ? なぁディア」

「……そういえばそうだったような」

「おい当事者」

「あの時は心底どうでもよかったからな」

「あら、アルムにも反抗期があったなんて」

「そ。あの時はどうなる事かと思ったけど今じゃこんなに可愛くなって……」

「なんだよ可愛いって! あ”ーやめよう!? この話!」

「やーいアルム、顔真っ赤じゃない」

「……自業、自得」

「お前達までなんだよもー!?」


 ミュイ嬢とルーチェ嬢の言葉にがっくりと肩を落とし恥ずかしそうに唸るアルム少年の表情からは、いくばくか不安の色が薄れているように見える。

 安否のわからない6人目、帝国に潜む魔王の側近。不安にならないはずがない。

 先程までのアルム少年はまた思い詰めたような顔をしていたから、心配だったんだ。

 これで少しでも不安が紛れてくれればいいんだけどな、なんて思いながら目の前に迫った帝都を見据えた。


 いよいよ、だ。


 この後は暗がりに紛れてワイバーンで外壁に接近した後、地下水道から帝都内へと侵入を試みる。

 アルム少年の不安が移ったのか、キリキリと痛み始めた胃をそっと手で覆った。

 何事もなく済めばいいけど……なんて考えていたら、ぶにっと軽く右頬をつねられた。


「おいディア、」


 驚いて右を向けば、真っ直ぐ俺を見つめる青色の瞳とかち合った。

 続けようとした言葉を喉の奥に置き去りにしたまま、いつか見た強い意志の宿る瞳に見入っていた。


「オズ、大丈夫だ。何かあろうとも俺が切り開いてみせる」


 聞き慣れたテノールが紡ぐ言葉に、胸の奥底で渦巻いていた不安が少し薄らいだような気がした。

 ディアが言うなら大丈夫だって思える。

 根拠なんてないはずなのに、不思議だよな。


「……頼もしい限りだよ」

「ふっ、そうだろう?」


 不敵に笑うディアに苦笑しながら、俺はそっと目を閉じた。


――……して…………え




 ……かすかに聞こえたあの声を振り払うように。


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