【53】西の大陸③
「テメェらこの先に何のようだ?」
一触即発。
男達との睨み合いが続く中、どうやって穏便に済ませるか――そればかり考えていた。
というのもこいつら、さっきからリュネーゼやルーチェ嬢を見ても下卑た表情を浮かべるでもなく俺達を警戒するそぶりをみせることから、ただのゴロツキとは思えないのだ。
余所者の俺達への警戒も少しばかり過剰なように思うんだよな。
もしかすると、こいつらって――。
そんな思考を掻き消したのは「わーっ!?」という素っ頓狂な叫び声。
「この人達は私達の仲間ですからっ!」
「ミュイ嬢、……無事でなにより」
「はい! オズさん達も無事でよかったです!」
小道から慌てた様子で現れたのはミュイ嬢だ。
彼女がいるってことはやっぱりこいつらも守護者の関係者……なのかね。
「嬢ちゃん勝手に彷徨くなっつっただろ! つかどうしてここに」
「アルムがそろそろ来そうな気がするって言ってたので、様子見に来ました」
正解だったでしょう?とでも言いたげなドヤ顔に俺達も男達もなんとも言えない表情だ。
確かにお互い無駄な戦闘は避けられたし、緊迫感もいい感じに弛緩したから良かったと言えるんだが……ドヤ顔。ミュイ嬢ってしっかりしてるけど、案外お茶目さんだよな。
「ン”ン”……ってこたァ、あの強烈な光はお前らか」
「そ。もしかして巻き込んじまったか?」
「いや、別の場所でチビを探してたんだ。あの光のおかげで見つけられたんだが――っとここじゃなんだ。俺達の根城に案内してやる」
細道を進む男達についていけば、ふと立ち止まったのは煉瓦造りの建物の外壁の前。男がその一部を独特なリズムでノックするとガコンと壁の一部が開き、入り口が現れた。
「へぇ! 隠し扉かぁ」
「ふふっ、オズさんアルムと同じような反応してる」
「こういうのってロマン感じねぇ?」
「わかりますわかりますっ!」
「……ふっ」
「おいディア今何で笑った」
「別に?」
からかい混じりの表情を浮かべるディアを軽く小突き隠し扉の向こうに続く薄暗い階段を降りていけば、やがて窓のない薄暗い部屋にたどり着く。
「おい、連れてきたぞ」
その言葉に、部屋中の視線が俺達に向けられた。
「俺達をここに案内してよかったのか?」
「うちのチビ助けて帝国兵に喧嘩売ったんだ。そんな奴らを見捨てられる程腐っちゃねェよ」
そう言ってニィッと笑うガタイの良い強面の男は、傭兵団の副リーダーのラモックさん。
人相は悪いけど仁義に厚い御仁である。彼らはどうやらここら一帯を活動区域で活動する傭兵団らしい。
ラモックさん曰く真っ当な傭兵団とのことだが、ある日守護者の関係者だなんだと難癖をつけられ教会へ連行されかけた団員をリーダー直々に取り返しに乗り込んだ為に目をつけられたらしく。それ以降こうして追われているとの事。つーか帝国の教会もグルなのかよ。女神を信仰する奴が魔王側って世も末だな。
そういえばどうして兵士に囲まれていたのかと言えば、市場で帝国兵達に押さえつけられていた少年を見たアルム少年がいきなり飛び出していって助けたらしい。
「アルムの行動には肝を冷やされましたが、もしかすると例の勘が働いたのかもしれませんね」
彼らのリーダーは最近炎の魔法に目覚めたらしいですよ——と耳打ちしてきたのはドミニクだ。
「で、肝心のリーダーとやらは?」
「それが5日程前から消息が掴めないとの事でして……」
少し用事を済ませてくると行き先も告げずにフラッと出ていって以降音沙汰がないらしい。
そんなわけでラモックさん達はひっそり捜索中なんだとか。
カイゼスという名の橙色の髪の男、との事なのでもう確定だろう。
この傭兵団のリーダーが6人目――炎の守護者だ。……まぁ行方不明だけどな。
「とりあえずリーダー探しに参加できるよう、話をつけてきますね」
「頼んだドミニク」
ドミニクが交渉する以上、上手く話をつけてくれるだろう。
副リーダーに話しかけている姿を眺めながら俺は近くの壁に寄りかかり、ほぅと息を吐いた。
あれこれ動きまわって流石に少し疲れた。
「……オズ、ちょっといい?」
その声に視線を向ければ、神妙な面持ちで俺を見上げるアルム少年の姿。
少しバツが悪そうに見えるのは、1人で突っ走ったからなのか、それとも言いづらい話だからなのか。
「どうしたアルム少年」
「シナリオについて話しておきたい事があって」
アルム少年曰く、例の少年が兵士に囲まれているのを助けてアジトへ訪れる展開はシナリオ通りだったらしい。その言葉に俺は隣にいたディアと顔を見合わせた。
「なら市場に行ったのは——」
「いや、シナリオでは市場じゃなかったから全くの偶然。俺もテンパっちゃってドミニク達にはすごく迷惑かけちゃった」
「今はシナリオ通りに進んでるということか?」
消息不明になってる6人目の居場所もわかるのではないか。
そんな期待を内包したディアの問いに、アルム少年は申し訳なさそうに眉をはの字に下げた。
「シナリオ通りだったら本当はアジトで合流できるはずだったんだ」
「アルム、お前この場所知ってたのか?」
「ごめん知らない。ゲームだと助けてからアジトまでの道のり省略されてたから……」
「……なるほど」
シナリオ通りの展開に出会えるかと思えば、結局出会えなかった上、さらに5日前から行方不明。
上げて落とされるとはまさにこのこと。アルム少年、実は結構落ち込んでたんじゃないかこれ。
「もしも――」
そう言いかけたアルム少年はぐっと言葉を飲み込んだ。
俺達に気遣ったのかはたまた口に出すのが怖かったのか——堪えるように唇を噛みしめるアルム少年の頭をぽんぽんと軽く撫でれば蜂蜜色の瞳がこわごわと俺を見上げた。
「最悪の想定はほどほどにな、アルム少年」
「……うん。頭じゃわかってるつもりなんだけどな」
「傭兵団のリーダーだぞ? 大丈夫だって、そんな奴が簡単に――」
「大変だ!」
バン、と言葉を遮るようにすごい勢いで開け放たれた扉から血相を変えた男が飛び込んでくる。
尋常じゃないその様子に部屋内を飛び交っていた声がぴたりと止んだ。
「リーダーが捕まったッ!」
2秒程沈黙が続き——直後、部屋の空気が一気に張り詰めたものへと変わる。
「……大丈夫、ではないみたいだな。オズ」
顔を引き攣らせた俺の隣、真顔のディアがぽつりとつぶやいた。
…………まじかよ。




