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【50】南の大陸(20)


 あれからほどなくして俺達は少し開けた場所に辿り着いた。

 そこにぽつんと立っていたのは年季の入った小さな木造の家。

 付近には手作り感満載な物干し場があり、男物らしい洗濯物が風にそよいでいた。

 ここが深い森の中じゃなければ、ごくありふれた光景である。


「見てみろオズ」


 そう言ってディアが示したのはその家の扉。

 よく見れば、扉の横に手のひらサイズの四角い箱が設置されていた。

 あれは確かは人の来訪を知らせる魔道具だったはずだ。以前王城の裏門にも同じようなものがあった事を覚えている。そう、城につけられるようなものだ。決して安いものではない。

 こんな森深くの古めかしい家に、高価な魔道具。


「もしかして目的地かね?」

「尋ねてみればわかる事だ」

「だな」


 扉に近づき横の魔道具に手を翳せば、少しして扉の向こうからかすかな足音が聞こえた。


「誰だ」


 扉越しに聞こえた低い声は俺達に対する警戒が滲んでいた。

 そりゃそうだろう。

 なんたってここは深い森の中。

 そんなところにいる人間なんて警戒して当然だ。


「突然お邪魔して申し訳ありません、俺はオズワルトと申します。こちらはガバラさんのご自宅でしょうか?」

「…………」

「ネルゼさんの紹介で魔道具の修理を依頼したいのですが」


 カチャリと音がして、指3本分程開かれた扉から新緑色の髪と茶色の瞳の神経質そうな男性が顔を覗かせた。


「早くそれを言え」


 その顔に俺は思わず息を飲む。

 目尻等の小皺が年齢を感じさせるもののその男性――ガバラさんは随分と整った顔立ちをしていた。


「ネルゼから話は聞いている。通信用の魔道具の修理だったか? ……おい?」

「…………、……い”っ!?」

「あぁそれで間違いない」

「そ、そうか。……ところでお前の連れは――」

「心配無用だ。またいつもの悪癖が出ただけだ」


 ディアの容赦無い肘打ちにしゃがみこんで悶絶する俺の頭上でそんな会話が交わされている。

 いいじゃん別に少し見惚れるくらい!

 恨みがましい気持ちでディアを見上げたら、文句あるかとばかりに冷ややかな視線が返ってきて思わず目を逸らした。そしたらため息をつかれた……解せぬ。

 そんな俺達のやりとりに毒気を抜かれたのか、ガバラさんは苦笑を滲ませながら俺達を家の中へと迎え入れてくれた。


「汚い部屋だが目を瞑ってくれ。なにせ客なんて滅多に来ないからな」


 本人が言うだけあって、通された部屋は俺にはよくわからない何かの部品でひどくごちゃついていた。


「もしかして、これ全部魔道具関係ですか?」

「あぁ」


 その光景に呆気に取られている間にガバラさんは机の上にあった試作品らしきものを丁寧に避けると、工具片手に「見せてみろ」と軽く机を叩く。


「これなんですけど」


 魔道具を手渡せば、それを見下ろすガバラさんの切長の瞳が僅かに細められた。


「随分と懐かしいものがでてきたな」


 その表情は何故だか少し寂しげにも見える。

 何か思い出が詰まった物なんだろうか。


「陣が少し欠けているだけだ。この程度ならすぐに直せるだろう」

「本当ですか! ありがとうございます」


 視界を彷徨かれるのは邪魔だと言われ、「少し裏手で待ってろ」と俺達は有無を言わさず家から追い出された。


「修理の目処が立ってよかった。後はシュゼッタ達と合流できればいいんだけど」

「シュゼッタがいるんだ、そのうち着くのを待てばいい。それよりも、だ。壁画の部屋での事を話してもらうぞ」


 裏手にあった切り株に腰をおろして息をつけば、ディアにじっと見つめられ降参とばかりに両手を上げる。


「ちゃんと話すさ、ええとまずは――」




「なるほど、光と闇の守護者を名乗る兄妹の記録か。あの建物に条件付きで起動する魔道具が埋め込まれていたのかもしれないな」

「部屋の中には何もなかったぜ? こう言っちゃなんだけど、ただの夢って可能性は?」

「壁の中まで見たわけではないだろう。それにあの建物が女神の神殿だと仮定した場合ただの夢とは考え難い気がする。いずれにせよ夢だと片付けるには時期尚早だろう」


 ディアの言葉を聞きながら、もう1つの可能性を考える。

 俺が見たものが記()でも夢でもなかった場合。

 もしもあれが、断片的なゲームの記憶と同様に俺の中に眠っていた記()なのだとしたら。


 バチンと頬を叩いて、あちこち飛び火しかけた思考を遮った。

 やめだやめ。前世の記憶を2こも3こも持っているとか俺は何者だって話だわ。

 流石にこれはない。

 ディアが驚いた表情でこっちを見ていたけど、あえて気づかないふりをした。


「まぁいいや、とりあえず宰相殿にでも過去の守護者についてそれとなく聞いてみるか」

「そうだな」

「……? ところでディア、なんか声が聞こえないか」

「シュゼッタ達が着いたのだろう。先程から守護者の気配が近づいていたからな」

「お前気づいていたなら言えよ! ほら行くぞディア」

「わざわざ行かなくてもここで待てば……おい待て置いていくな!」


 背後でわぁわぁ言ってるディアを放置して表にまわればちょうど木々の間からシュゼッタ達が現れたところだった。

 合流できた事を喜んでいれば、魔道具を抱えたガバラさんが家から出てきた。


「おいお前ら、少しは静かに――」


 不意に言葉が途切れる。

 息を飲む音に、訝しみながら振り返れば、そこには呆然と立ち尽くしているガバラさんの姿があった。


「――ん、で………………が」

「ガバラさん?」


 硬直していたのは一瞬で、ハッと我に返ったガバラさんは何事もなかったように俺達に近づき魔道具を手渡した。


「これで直ったはずだ。その辺で試して見ろ」

「ありがとうございます。あ、そうだ彼らは――」

「そいつらの事は後でいい。起動するぞ」

「あっ!? ちょ――」


 止める間もなく電源を入れられた魔道具は、慌てる俺をよそにスムーズに起動する。


『遅かったじゃないか、クローセム』

 

 そうして、顰めっ面の宰相殿を映し出した。

 不意打ちに思わず顔が引き攣りかける。せめて心の準備はさせてほしかった。

 ちなみにガバラさんはもう用は済んだとばかりに軽く手を振り家の中へ戻ってしまっている。


『さぁ、報告を』

「承知しました」


 久々の威圧に冷や汗を流しながらこれまでの事を報告すれば、宰相殿の顔がどんどん険しさを帯びていく。


『5人目と襲撃の件は承知した。ヘルトと名乗る第3勢力については今後も十分警戒するように』

「はっ」

『こちらも進展があった。まず例の魔道具についてだが、冬に野営地襲撃事件があった森――あの場所にも魔道具が設置されていた。ルーベル王国でも同様に見つかっている。それらはすでに破壊したが、この分だと他にも仕掛けられている可能性が高い。引き続き捜索にあたっている』


 聞く限り、魔王陣営が魔道具を設置した可能性が高そうだ。

 ゲームだとヘルトが設置していたというから、例の自称ヘルトが設置した可能性もないわけじゃない。

 けど、魔物からシュゼッタの故郷を守るような奴がわざわざあの魔道具を設置するとは思えなかった。


『既に他国へも連絡は済ませたから被害は最小限に食い止められるだろう。他国といえば6人目について少々厄介なことになった』


 西の大陸の大国――ガルゲン帝国が反守護者を掲げる組織の後ろ盾についたらしい。

 皇帝直々に守護者の討伐を宣言したそうだ。


 守護者と思わしき者及びその人物を擁する者は見つけ次第――死罪。


『6人目の所在は依然として掴めていない。だが、それとは別に皇帝の背後に魔王の側近がいる可能性が浮上した』


  理不尽さに言葉を失う俺達をよそに宰相殿は苦虫を噛み潰したような顔で深いため息をついた。


『私の手の者が掴んだ情報だが、皇帝のそばにフードを被ったモノがいたらしい。一見すると人間のようだが、フードの下は黒い体に赤い目だったそうだ。言葉を交わしていたという報告も受けているし、我々と同程度の知能を有していると考えていいだろう』


 対話可能な人型の魔物なんて聞いた事がなかった。

 心当たりがありそうなのはアルム少年だけど、今ここにいないから聞きようがない。


『だからこそ判断に悩んでいたんだが――先程特異体の話を聞いて確信に至った。魔王が創造したとすれば辻褄は合う』


 宰相殿は一度言葉を切ると、表情を引き締めひどく真剣な眼差しで俺達を見た。


『アレがいるとなると国では手に負えん。故に、お前達には至急西の大陸へ向かってもらいたい。そして6人目を見つけ出しガルゲン帝国の魔物を討つのだ』


 宰相殿の通信が終わり、俺達の間には重苦しい空気が漂っている。

 ……いよいよきな臭い話になってきた。


「人型の魔物、ね。……忌み子差別が激化しないといいのだけど」


 リュネーゼが険しい表情で呟いた。

 忌み子……か。

 ふと、またあの声が耳を掠めたような聞こえたような気がしてぐっと拳を握った。


――……し………………え


 ……気のせい、だよな?


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