【49】南の大陸(19)
突如現れた見知らぬ2人に咄嗟に身構えたけど、よく見ればその姿は透けていた。
思い切って青年に手を伸ばしてみるも、俺の手は空気を掴んだだけだった。
触れることはできない……となれば、もしかしてこれ、映像記録の魔道具とかだったりするんだろうか?
しかしこの2人は誰なんだろう。
そんなことを考えながら眺めていれば、シスル兄さんと呼ばれていた青年の口から聞き覚えのある名前が飛び出したもんだからぎょっとしてしまった。
『ここへわざわざ呼び出して一体どうしたんだい? 私の可愛いルーチェ』
ルーチェと呼ばれたお嬢さんを凝視する。
配色や服装が違うけど、それ以外――頭の高いところで結われた長いツインテールや顔の造形をよくよく見れば俺達が知っている彼女と瓜二つだった。
シスル青年の方にも既視感を覚えたのはおそらく配色のせいだろう。
月光を彷彿とさせる銀色の髪に淡い紫の瞳は、まさしく巫女のルーチェ嬢と同じものだった。
なんなんだ、これ。
混乱する俺を置き去りにして、2人は会話を続けていく。
『空間を記録する魔道具を借りたので一緒に使いましょう!』
『あれはまだ未完成と言っていなかったかい?』
『まだ改良の余地があるから未完成なんですって。短時間なら記録できるって話ですし、魔王との決戦が近いから兄さんとの思い出を残したいって粘ったら渋々貸してくれました!』
『ふふ、後でお礼を言わないとね。それで、ルーチェは何をしたいんだい?』
『それはですね――』
ルーチェお嬢さんが俺の方――正確には魔道具の方だなのだろう――を向いた。
見れば見るほど、ルーチェ嬢にそっくりだ。彼女はこんなに表情豊かではないけど。
『あーあー……ごほん、えー私はルーチェ、闇の守護者です。隣にいるのはとっても強くて格好よくて頼りになる光の守護者のシスル兄さんです。』
少しはにかみながら青年を見上げるルーチェお嬢さんとそんな彼女へ愛おしげに目尻を下げて微笑むシスル青年、仲睦まじい兄妹だ。
だけど今はそれどころじゃない。彼女の口からもたらされた新たな情報に俺は愕然としていた。
このお嬢さんが……闇の守護者?
『えっと、私達守護者はこれから魔王討伐に向かいます。きっと今まで以上に厳しい戦いになると思ってます。だけど、絶対魔王を倒してこの世界を救ってみせます。この記録を見てる未来の私達が皆笑顔でいられるよう頑張ります、以上っ! さんも何か一言をお願いします!』
『そうだな……魔王と魔物を一掃して可愛い妹をとやかくいう連中を黙らせてみせよう。大体私の愛しい夜色の女神が魔物の色と同じだななんて言う連中は目が腐ってるよね。こんな綺麗な夜色の髪のどこに禍々しさがあるのやら。あるなら神秘さだろう? ルーチェの瞳だってそうだ。朝露のついたベリーのようにキラキラと輝く瞳のどこが魔物の目だと言うんだか。そうだ、魔王を討伐した後は私直々に腐った連中を調きょ――』
『わーーーーーッ待って兄さんこれあとで皆と見返す予定なんですよ!?』
『なにかまずかったかい?』
『わぁ……驚く程無自覚だった』
それからしばらくはシスル青年の妹語りとそれに苦笑するルーチェお嬢さんの姿が映し出されていたけれど、途中でぷつんと途切れてしまった。
シンと静まり返った空間で1人、考える。
巫女のルーチェ嬢と闇の守護者のルーチェお嬢さん。
同じ姿をした2人。
果たしてこんな偶然はあるのだろうか。
彼らは結局どうなったのだろう。
考えれば考える程、疑問ばかりが増えていく。
――ドウシテ、ヤサシイアノコガ
立ち尽くす俺の耳にふと声が聞こえた。
まだ続きがあったのかと周囲を見渡してみるも、それらしきものは見当たらない。
――ゼッタイニユルサナイ
その声はおそらくシスル青年のものだろう。
しかし、そこに妹を語っていた時みたいな穏やかさはなかった。
悲しみを、怒りを、憎悪を、絶望を――あらゆる負の感情をドロドロに煮詰めたような、そんな声だった。
――コンナセカイナンテコワレテシマエバイイ
ぐわんぐわんと仄暗い囁きが頭の中でこだまする。
――ミンナ、…………………………
肩を揺らされて我に返れば、視界いっぱいに映るディアの顰めっ面に思わずのけぞった。
「……オズ、大丈夫か?」
「いや近い近い急に現れるなよつーかお前どこ行ってた!?」
「お前こそ何を言ってるんだ? 俺はずっと隣に居ただろうが」
ディアによれば、ここに入ってから俺はずっと壁画を凝視していたらしい。
声をかけても俺は生返事で、おかしいと思い肩を揺らしたのだという。
あれから結構時間が経っていたとか思いきや、数分程度しか経っていなくてひどく驚いた。
じゃああれは一体なんだったんだ?
未練がましく部屋を調べてみたけど、結局何もわからず終い。
魔道具だって見当たらなかった。
「寄り道は終いだ。そろそろ先に進もうオズ」
「……了解」
消化不良のような感情を飲み込んで、俺達はその建物を後にする。
――…………………………え
ふと、声が聞こえた気がして振り返る。
振り返ってみても、森の中にぽつんと遺跡のような建物が存在しているだけだ。
誰の姿も見当たらない。
「オズ?」
「……あぁごめん、今行く」
俺は早足でディアを追いかけた。




